コロナ禍のカナダ帰国|紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第46回
機体がフワッと持ち上がった。「ご搭乗のみなさま、この度はエアカナダをお選びくださり誠にありがとうございます。」いつもより感情のこもった機長の声。グラウンドでは整備員たちが並んで飛行機に手を振っていた。私の手、見えただろうか。その光景に感動を覚えた直後の機長の爽やかな声だった。新聞ではなく何やら怪しげな白いビニール袋が配られる。なんじゃ、これは?どピンクのゴム手袋、マスク、消毒液、お手拭き、飲み水、クラッカー、イヤホン、アイマスク、ソックスとCOVID-19の情報カード。さもありなん。
搭乗までの道のり
羽田からトロント行きの直行便をネットで探していた。希望の8月末は信じられない高値。9月初旬出発便で17万円が出たところで即座に申し込んだ。ところが出発の2日前、オンラインでチェックインをしようとしたらエアカナダが9月の直行便をキャンセルするという非常事態になっていた。エアカナダは私のスペースを同日成田発のバンクーバー経由便に移してはいたものの発券はできないという。
ネットの発券会社の営業開始時間に合わせて日本時間の夜10時に電話をかける。1時間待たされて途切れ、次の電話では発券に100ドルかかると米国のスタッフに言われ、また途切れる。チャットで繋がるかもと電話待ちチャット待ちの両方で待機。どちらが先に応答するか。待たされることさらに1時間。電話にでてきたのはインドのスタッフだった。どうにか発券してもらえたが届いたEチケットを見ると案の定100ドルが加算されていた。それを取り戻すのにまた1時間。気が付いた時には窓から光が差しこみ始めていた。こんなことがまだできる気力と体力がある自分に驚きながらベッドに潜る。送られてきた「サービス向上のためのアンケート」は無視。
空港が空港でなくなる
成田空港出発便の約70%がキャンセルになっていた。空港内のレストランは2、3軒しか営業していない。見つけた一軒のギフトショップでは空の棚が目立つ。普段感じる海外へ飛び立つ前のワクワク感は消え、座る場所さえ制限された〝つまらない場所〟と化してしまった。中国へ向かう搭乗ロビーには防護服をすっぽり身にまとった乗客が何人もいた。自国に対する不信感の現れか。バンクーバー行きの機内でトイレに立った時数えてみたら乗客は約30人ほど。採算が取れるわけがない。COVID-19に関する申告書が配られ自分の過去2週間の状況を記入した。だがバンクーバーの入国監査で体温を測られることもなく、トロントについたら2週間の隔離生活をするように、と言い渡されたのみ。
乗客のフォローアップ
隔離一週間後、電話で録音メッセージが流れた。「あと一週間我慢して隔離生活を続けてください。これが家族やコミュニティーの安全に繋がります。頑張りましょう」と。幸が禍してか、お隣さんの食事の差し入れには感謝していたものの、普段とは違う食材にお腹が悲鳴をあげてしまった。それで家にあったお米を炊き、冷凍してあった野菜と買って来てもらった卵でおかずを作り、梅干しを何個も食べた。お腹は収まった。娘に言わせればこれはコロナ感染の兆候だというがどうなのだろう。熱はないし、息切れもなし。食欲は旺盛。10日目にEメールがMinistry of Healthから来た。感染の有無を調べる自己チェックリストだ。やるやらないは自由だが、せっかくなのでやって見るとまた安全な隔離事項を書いたファイルがでた。国外から来た者をフォローする体制はよくできている。
マスク
散歩に出ると皆布製のマスクが多く、日本でみる白の紙マスクをしている人は見かけない。白は病的に見えるのか。トロントのミュージアムで世界のマスク展を企画しているそうだ。自分の好きなマスクをしてみよう、という気にさせるに違いない。にくい試みだ。こうやってマスクに慣れて行くのはいいことだ。夕方またお隣さんからヨーロッパ風フィッシュスープが届いた。食べてみよう、梅干しを添えて。
石原牧子
オンタリオ州政府機関でITマネジャーを経て独立。テレビカメラマン、映像作家、コラムライターとして活動。代表作にColonel’s Daughter(CBC Radio)、Generations(OMNITV)、The Last Chapter(TVF グランプリ・最優秀賞受賞)、写真個展『偶然と必然の間』東京、雑誌ビッツ『サンドウイッチのなかみ』。3.11震災ドキュメント“『長面』きえた故郷”は全国巡回記念DVDを2018年にリリース。PPOC正会員、日本FP協会会員。www.makikoishiharaphotography.com
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