『Japanamerica』著者、Roland Kelts氏に訊く日本と北米のマンガ・アニメ産業
Roland Kelts
日本のポップ・カルチャーがアメリカに及ぼした影響、そして互いに切磋琢磨しながら変革するマンガ・アニメ業界を鋭い視線で分析した『Japanamerica』の著者。他にもThe New YorkerやThe Wall Street Journalをはじめとする数多くの新聞・雑誌に記事、エッセイなどを寄稿。
東京大学や上智大学などの客員講師を務め、東京とニューヨークを行き来する生活を送る。スタジオジブリの宮崎駿監督や、作家の村上春樹など、日本の作家へのインタビューも多く行っている。
日本マンガとの出会い
私が初めて日本に行ったのは幼稚園の時。母方の祖父母が住んでいる盛岡を初めて訪れた時でした。テレビを点けるとウルトラマンや仮面ライダーなど、いわゆる特撮ものがやっていて、それを夢中で観ていました。さらに祖父母の家にはマンガもあって、少しだけですけど、パラパラとめくって読んでいました。それが初めてのマンガとの出会いです。中学・高校生の時も、夏休みなどで日本に行くと、電車の中によく置き去りにされている読み終わったマンガ雑誌を集めては読んでいて、友人に見せようとアメリカの自宅にも持って帰ったりしていました(笑)アメコミのスパイダーマンなどと比べても、日本のマンガは格段におもしろいと感じ、友人に見せては、みんなで「すごい!」と興奮したものです。日本のマンガにはアクションシーンもたくさんあるし、セクシーな女の人も出てきて。それらの描写方法やデザインが、とても興味深かったのです。アメコミはどちらかというと絵柄が大きくて、ダイナミックなのに対し、日本のマンガは細かい絵が多く、フレーム使いも面白い。マンガに本格的に興味を持ち始めたのは、この頃だと思います。さらに今度は、川端康成に谷崎潤一郎、そして大学の時には村上春樹といった日本文学も読むようになりました。日本文学は私にとってとても新鮮なものでした。そうして、日本の物語というものにも興味を持ち始めたのです。後に、(映画監督の)フランシス・フォード・コッポラの会社にライターとして雇われ、日本の文化やライフスタイルを書くことになり、数年間大阪に住みました。この出来事が私の視野をより広げ、日本文化に関わり始めた出発点となりました。
日本と北米の違い ― 日本の持つ、独特の視覚文化
日本のマンガはヨーロッパのものに近いと思います。ストーリーも入り組んでいて、登場人物も、完璧な人間だけでなく、欠点などネガティブな一面を持つキャラクターもいる。ヨーロッパでも特にフランス、オランダ、ドイツのコミックは日本のスタイルに近いですね。一方、アメコミは、そのほとんどが子供向けか、スーパーヒーローもので、その中間がないのです。日本のように、これほど多くの種類のマンガを作っている国はないですよ。子供向けから、ティーン、主婦層向け、またシェフやワイン通といった特定層に受けるようなものまで、あらゆるライフスタイルを見出すことが日本のマンガではできます。また、日本では何かを教える手段としてもマンガが使われますよね。たとえば税金の仕組みを教えるものや、災害時の避難方法、または料理のレシピなど、さまざまな場面でマンガをみかけます。これは一種の視覚文化なのだと思います。子供の時、祖父母が日本からプレゼントで当時最新のソニーのウォークマンを贈ってくれたことがありました。もちろん取扱説明書は日本語で、僕には読めませんでした。ところが、日本のそういった説明書には、必ず挿絵がついてますよね。「お風呂にウォークマンを持ち込まないで!」などのメッセージも、大げさなくらいの表情の挿絵であらわされていたりする。だから、たとえ日本語が読めなくても、その挿絵で理解できる。また、日本に住んでいた時、広告などのジャンクメールがよく届いたのですが、どれもこれもアニメのキャラクターや各地のゆるキャラが使われているものばかりでした。その時、日本文化というものは視覚を大事にしていて、視覚が言語を超えたコミュニケーション手段であることに気付いたのです。これは日本の持つとても独特な文化だと思います。マンガがアメリカで出回り始めた当初も、日本語がわからない多くのアメリカ人読者は絵を楽しみ、その絵からストーリーを掴んでいました。絵によって、文化の壁すら超えることができたのです。
北米での広がり
海外での『NARUTO』や『ONE PIECE』などの少年マンガの人気は圧倒的ですが、『美少女戦士セーラームーン』の登場によって、新たに少女マンガのカテゴリーも確立されました。それ以前は、コミックといえば男の子のものという概念が強く、女性が主人公の『ワンダーウーマン』というアメコミもありましたが、これもあくまで男の子向けのアクションものでした。海外での少女マンガのカテゴリーはまだ発展途上ではありますが、ファンは確実についています。
日本のマンガ・アニメは若い世代を中心に、海外でもメインストリームとしてますます成長を見せています。北米では毎週のようにコンベンションが開催され、オハイオやネブラスカのような片田舎ですら、そういった催しが珍しくありません。
日本マンガ・アニメのこれから
世界に拡大する人気とは裏腹に、マンガ・アニメの商業利益は衰退しています。インターネットで簡単にフリーの動画が手に入るので、DVDの売上もどんどんと落ちてきているのが現状です。アニメ人気が拡大しながらも、売上に繋がっていないことに、日本のアニメ制作会社も嘆いていて、現在業界自体がある種の転換期を迎えているのです。オンライン配信するなど、今の新しい時代に順応させていくことで、なんとかして収益化を図る必要性があるのです。しかし、日本の企業の多くは年長者が力を持っていて、最新のデジタルメディアなどに親しみがある若い世代が活躍しにくいという環境が大きな問題です。上の世代はいまだDVDなどの物質的な媒体に捉われてしまっているのですが、それらから転換する時期が来ているということに気がつかなければいけません。
また、長年の間、アニメ産業のターゲットは日本国内だけで、海外に目を向ける必要はありませんでした。しかし近年、日本の少子化の影響で日本の制作会社も海外マーケットを視野に入れるようになりました。、しかしこれは非常に大きな挑戦でもあります。というのは、日本で人気のあるマンガでも、北米ではそれほどでもないというケースは往々にあり、その逆もあります。つまり、日本と海外で求められるテイストに違いがあるため、海外顧客の嗜好のリサーチも重要になってくるわけです。
最近では、韓国のマンガや中国のアニメも人気が出てきていますが、日本のマンガには60年近くの長い歴史があります。この間、ストーリーや作家たちの才能は着実に洗練されてきました。大友克洋、押井守、井上雄彦など、作家の世代の幅も広がり、この他にも浦沢直樹や松本大洋など多くの素晴らしい作家がいます。韓国や中国が今の日本と同じレベルのものを作れるようになるのは、おそらく10年、20年後になるでしょう。それだけ日本のマンガには歴史があり、時間をかけて熟成され、今に至っているのです。日本のマンガ・アニメの人気は落ちることなく、むしろこれからも拡大し続けるでしょう。
Translator: Tsukasa Akahane (赤羽司)
津田塾大学を卒業後、日本にある翻訳会社でコーディネーターとして2年間勤務。その後、翻訳の学校に通い、昨年ワーキングホリデーでトロントに来加。CanPacific Collegeにて翻訳・通訳コースを受講終了。