第56回 理工学部入試の女子枠は逆差別?|カエデの多言語はぐくみ通信
日本の国公私立大学の理工系学部入試で、「女子枠」を設け、女子比率を引き上げる動きが急速に広がっています。それに対して「逆差別」との声もありますが、日本にはリケジョ(理系女子)を増やす差し迫った必要があるようです。
日本人女子が理工系に進まない理由
東京工業大学、東京理科大学、名古屋大学など、学部入試に「女子枠」を導入した大学は徐々に増えており、2024年2月時点で40校、定員は約700名でした(山田進太郎D&I財団調べ)。今後もこの傾向は続くようです。
日本の女子学生の理系進学の割合は理学部で27%、工学部で16%とたいへん低く、OECD(経済協力開発機構)加盟国では最低水準です。私の娘はカナダの大学で自然科学を学びましたが、グラフが示すように、高校時代のクラスメートの女子の多くが理系に進みました。
就職で圧倒的に優位であるのに、理工系を日本の女子学生が進学先として選ばない理由は、単に「興味がない」という女子学生の個人的理由だけではなく、そこに至る日本の社会的、文化的背景が大きく関わっています。親や教師の「女子は文系」という昔からアップデートされていない思い込みで、女子にSTEM(Science、Technology、Engineering、Math)体験を十分にさせなかったり、理工系女性のロールモデルが少なく、女子学生が将来像を描きにくいのです。
また、男子学生や男性社員が圧倒的に多い環境の中での男性優位な雰囲気や、女性昇進の厚い壁、または現場でのトイレなど設備面での課題を危惧して、女性が理工系の世界に飛び込みにくいという心理的障壁があります。
しかし、大学の理工系学部に女子学生を増やしてほしいという希望は、実は企業側から出ているのです。
企業や研究所は理系女子が欲しい
企業や産業界、研究現場では、多様性を求めて女性技術者や研究者に対する需要が増えています。男女比が極端に偏ると、バイアスがかかり、製品開発や研究、設計において異なる生活経験や社会的視点が欠落します。女性の参加が新しい視点をもたらし、より多くの人にとって使いやすい技術が生まれ、研究の質が向上するのです。多様性があり新しいアイデアが生まれやすい環境は、組織や社会の成長につながります。
また、少子高齢化と人口減少が現実となっている今、技術者不足が大きな問題です。そのため、女子学生にも広く技術者を目指してもらい、優秀な人材を取り込みたいという思惑が企業側にあるのでしょう。私の親戚の娘さんが来年日本で建築科を卒業しますが、早々に内定をもらい就活はスムーズだったようです。理工系分野で働く女性が増えれば、後輩の女子たちもこの道を選びやすくなるでしょう。
女子枠は男性差別なのか
「逆差別だ!」と「女子枠」入試を批判する投稿がXに多く見られます。2018年に発覚した複数の医学部入試で、女子に不利な減点操作が行われた事件は女性差別ですが、この「女子枠」入試は男性差別になるのでしょうか?
決定的な違いは、医学部入試の減点操作は秘密裡に行われたのに対し、「女子枠」は事前に公表されていることです。また、海外に比べて男女比が極端に不自然な理工系分野において、「女子枠」は国の競争力を高めるための合理的で必要な対応です。女性技術者を増やすためには、「逆差別」などと批判している場合ではない気がします。
不均衡を是正するために、一時的に特定のグループに有利な措置を取ることを「積極的差別是正措置」(アファーマティブ・アクション)と呼びます。日本社会では長い間、さまざまなところで女性が活躍できませんでした。「逆差別」という批判は、男女が同じ条件で競争していることが前提ですが、男女平等世界ランキング156カ国中118位の日本では、女性に対するアファーマティブ・アクションは必要です。「女子枠」は、真の平等に近づくための措置の1つです。そして、技術革新で後れを取り、少子高齢化と経済の停滞に苦しむ日本が生き残る道は、真の「女性活用」しか方法が残されていないのではないかと私は考えます。
男女比是正は始まったばかり
ただ、2024年度の「女子枠」入試の応募状況は、定員を下回る大学もあったそうです。もちろん定員割れでも全受験者を入学させるわけではなく、理工系の学業についていけるだけの学力審査は厳しく行われています。定員割れは周知不足が要因1つと指摘されています。また、理系進学のためには高校時代から必須科目を履修する必要があり、女子が理数科目に興味を持つように、小さい頃から学校や家庭での働きかけも必要でしょう。
そして、真の「女性活用」には、耳響きの良い言葉だが実は仕事をしながら家事も育児も女性に負担がかかる過酷なものではない、女性も男性もワークライフバランスが保てる社会構造が必要です。経験を積んだ高学歴の女性技術者や研究者が、家事や育児のために職場を去ることがあると、会社だけでなく国にとっても大きな損失だと言えるでしょう。
BUSINESS INSIDER, Mar. 08, 2024 「企業は博士より『理系女性人材』を採用したい。経団連調査で見えるもの」
https://www.businessinsider.jp/post-283665内閣府 2022年6月2日「Society 5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ」
https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/kyouikujinzai/saishu_print.pdf
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