MUJI CANADA 秋田 徹社長に聞く
「オーガニック・コットン」戦略に秘められた、創立当初から守られている 無印良品のモノづくりに対する想いと MUJIカナダの今後の展開
アパレルストアに行くと最近よく目につくオーガニック・コットン製品。このオーガニック・コットンの服、無農薬のコットンで作られた服に対して、「肌触りがいい」とか、「肌荒れしない」という健康・安全など高品質のイメージを持たれている方も多いのではないだろうか? 実は、これは間違ったイメージなのだ。もちろん無印良品でも多くの製品にオーガニック・コットンが使用されている。 では、なぜ無印良品はオーガニック・コットンを積極的に使用しているのか。その理由を探るため、MUJI CANADAの秋田徹社長に話を伺った。そこには、無印良品のフィロソフィーともいえる、ある素敵な理由があった。
■ オーガニック・コットンには、「肌触りがいい」など健康・安全などのイメージがあります。やはり他のコットン製品と比べると健康的で品質等が優れるのでしょうか?
実は、オーガニック・コットンだからといって「健康にいい」というのは間違いです。おそらく、その間違ったイメージの理由は、無農薬で作られた食品が健康に良いというイメージがあるからだと思います。確かに、体の中に入る食品は無農薬であれば健康にいいというのは確かです。ただ、体の中に入ることのない衣料品の場合は、たとえ無農薬で栽培されたコットンを使っていたとしても、それが健康に良いということはないのです。コットン製の衣料品は、コットンボールの収穫から、それを糸にして、生地を作り、縫製、染色、検品といった製品となるまでの長い行程を通すので、農場で使われた農薬がコットンに残って、私たちの肌に付いてしまうことはありません。ですから、オーガニック・コットン5%の服とオーガニック・コットン100%の服を比べても、まったく見分けがつかないのです。
■ それは意外でした。それでは、なぜ無印良品は洋服を始めとする様々な製品にオーガニック・コットンを使用しているのでしょうか?
それは、私たちのモノづくりの前提が「地球環境にいいもの」や「使う人だけではなく、作る人にとっても良いもの」を作るというものだからです。確かに、オーガニック・コットンだからといって、服を着る私たちの健康に良いということはありません。ただ、農薬を使ってコットンを作ることは、地球環境や生産者の健康にも大きな影響を与えます。世の中には米やトマトなどの農作物が多種多様にあって、もちろんそれを作るための農地も地球上に沢山存在します。ですが、その世界中の農地のなかで、コットンを作るための農地は、わずか1%程度です。しかし、その1%の農地で使われている農薬量は、地球上で使われる農薬の25%におよぶといわれています。最も多くの農薬が使用されている農作物は、実は綿なのです。コットンの農場では大量の農薬が使われるので、実際にコットンを作っている現場に行くと、人体には如実に悪影響がでてしまっている現実があります。そのような背景もあり、弊社では1999年からオーガニック・コットンを使用した製品の生産を開始しました。オーガニック・コットンの生産量は、全コットン生産量の1%程しかなく、原料の確保が難しくなります。ですが、私たちがオーガニック・コットンを使って服や製品を作り、そしてそれを増やしていくことで、オーガニック・コットンをもっと広めたいという思いがあるのです。
■ 農薬が使われていない分、作るときのコストが高くなるが、それが地球環境や生産者環境に利益をもたらすので作り続けていくことが大切。それが無印良品の姿勢なのですね。
その通りです。また、私たちはオーガニック・コットンを使用しているからといって、商品の価格を上げるということはしていません。たとえば、弊社のデニムの素材は、少し前にアメリカン・コットンからオーガニック・コットンに切り替わりました。ただし値段は変えていません。そのデニムはカナダでは49ドルほどで販売されていますが、この価格でオーガニック・コットンで作られたデニムを見つけようとしても、他ではなかなか見つからないと思います。 このように消費者の方々の手が届きやすい価格設定にしながら、オーガニック・コットンで作られた服や製品を増やしていきたいというのが無印良品の想いです。
■ 無印良品で使用されているオーガニック・コットンの量は、どれぐらい増えているのでしょうか?
本格的に取り組み始めた当初の2011年には、私たちが衣料品に使用する綿の33%がオーガニック・コットンでした。その量は毎年増えていて、2015年春時点では、使用する綿の83%がオーガニック・コットンになっています。なので、無印良品の店頭に「コットン」と書かれている商品があれば、その大半が実はオーガニック・コットンであると言っても過言ではないのです。 現在、全世界のオーガニック・コットン生産量は約11万6000トンであると言われています。その中で、2015年に無印良品が使用したオーガニック・コットンの量は約6682トンであり、これは世界のアパレル会社と比べてもベスト5に入る規模の使用量だといわれています。
■ 消費者のオーガニック・コットンに対する意識は変わってきていると思われますか?日本とカナダと比べて違いはありますか?
私が感じたところでは、北米のお客様はアジアのお客様に比べて、オーガニック・コットンに対する正しい知識をもった方が多いと思います。それが健康に良いというものではなく、生産者や地球環境のためという意識で買い物をされている方が多いと感じます。特にカナダという国は、環境や生産者に優しい国ですね。だからこそ私たちがオーガニック・コットンを拡大していくことには意義があると思います。 また、オーガニック・コットンの使用量を増やすのと同時に、お客様のオーガニック・コットンに対する正しい理解を、今よりもっと深めていくことも重要だと思っています。例えば、肌触りがいいという先入観でオーガニック・コットンの服を買ってしまうと、実際はそうではないので、「それだったら普通のコットンを買おう」という方が増えてしまうことも考えられます。知識の不足によって、オーガニック・コットンから離れてしまうということになりかねません。私たちがオーガニック・コットンの価値を発信していき、お客様にそれが地球の環境にいいものなのだという理解を持っていただき、知っていただく上で選んでいただくことが大切だと思っています。また、無印良品は全商品、なるべく長く愛用していただけるようなモノづくりの理念があります。今年着たら来年は着れなくなってしまうような服は作れません。長く使ってもらえるような良いものを、地球環境などを配慮しながらモノづくりをしてお客様に届けていきたいというのが、私たちの想いなのです。
■ モノづくりの姿勢やそれぞれの製品に込められたメッセージなどは、徐々に浸透してきていると感じますか?
浸透はしてきてはいると思いますが、まだまだ足りないと思います。たとえば、私たちの商品の中で一番数が売れている商品というのはボールペンなのですが、この商品はカナダの消費者からは、いつも「驚きだ」と言われます。というのも、使い終わった用のペンのリフィルまで売っているカナダの量販店を探しても見つけるのが難しい。こういった姿勢を通してMUJIというブランドが形成されていくと思います。また、私がカナダに来る前に日本で担当していた、「re-muji(リムジ)」という取り組みがあります。これは、お客さまが無印良品で買って着ていただいたものを、店頭に持って来ていただき、それを岡山にある藍染の工場で染め直して、また店頭で販売するという取り組みです。私たちはよく「アップサイクル」と呼んだりしていますが、単なるリサイクルではなくて、このように染め直してもまだ使える品質のモノを作っていますというメッセージでもあります。 これは、小売り会社が本来持つビジネスモデルに対して、無駄な生産を抑えて「物をつくらない」という逆転の発想から始まりました。弊社は、設立当初から大量生産・大量消費へのアンチテーゼとして会社がスタートしているので、このような取り組みが実現できているのです。
■ MUJIの商品を好んで選ぶ方は、貴社の考え方に共感する人が多いのでしょうね。
そうですね。私たちの商品を好んで使ってくださる方というのは、一言でいえば「モノの本質を理解されている方」だと思います。言い換えれば、「着心地がいい」だとか、「長く使える」という基本的なことを大事にしている方だと思います。弊社の服をとってみても、シンプルで、正直それが晴れ着かと言われればそうではありません。ただ、私たちの服というのは「お米のようなもの」だと考えています。焼き肉だとか、フォアグラをたくさん食べた後に、お茶漬けを食べると「うまい!」と感じたり、ホッとする感じがあると思います。その感覚こそがMUJIブランドだと思うのです。だからこそ、MUJIの商品は皆さんの生活に密着するものであるべきだと思いますし、MUJIが持つ〝良いものを長く使う〟というフィロソフィーがみなさんのライフスタイルの一助になればと思っています。
■ カナダに進出した当時は2019年までに8店舗という目標を掲げていました。現在までに既に2店舗をオープンし、その人気や勢いは衰えておりません。今後はどのような展開になるのでしょうか?
8店舗という目標は、2019年よりも早く達成できそうですね。もしかすると、2017年末までには達成できるかもしれません。実はカナダに進出する前は、カナダ市場のビジネスは少し難しいのではないかと議論されてました。ですが、いざ進出してみるとカナダには私たちにとって良い点が2つありました。1つは、カナダにはアジア圏からの移民の方々がとても多くて、MUJIというブランドを良く知って頂いていたことです。実際に、私たちの1号店に来ていただくお客様の半数はアジア系の方々です。もう1つは、弊社は先にアメリカに進出していて、ブランドがカナダにも広まっていたことです。そのおかげで、アジア系以外の人々にもある程度の認知度がすでにありました。そういったお客様が、MUJIを繰り返し利用していただいていて、口コミで良い評判が徐々に伝わっています。そういった意味ではカナダにはまだ大きな可能性が秘められていると思っています。 今後もMUJI CANADAは拡大を続けていくという方向です。これまでの店舗は弊社の世界の他店舗と比べても規模が小さく、基本的なラインナップである文房具や大人向けの衣料品以外の商品を店頭に全て並べることが難しかったです。ですが今後は、店舗数の拡大と同時に、店舗面積を大きくして、たとえば食料品やキッズ向け衣料品であったり、家具であったりといったプラスアルファのラインナップも充実させていきたいと考えています。さらには、日本企業の強みともいえる「おもてなし」のサービスの拡充も進めていきたいと考えています。日本の現在のモノづくりの技術というのは、ある程度の水準までは、アジア諸国にも真似ができるものだと思います。それは避けられない事なのかもしれませんが、一方で、日本独自の「おもてなし」の精神というのは他の国々には簡単に真似できないものだと思うのです。この心は、日本人が、日本という土地で生活し、長い時間をかけて培ってきたものです。MUJI CANADAではそういった日本の心を大事にしながら、日本と同じレベルのサービスをカナダでも提供していきたいと思っています。