ロイヤルオンタリオ博物館 オンライン展覧会 Aftershocks: Japanese Earthquake Prints(日本の鯰絵)
トロントのロイヤルオンタリオ博物館(ROM)は、国際交流基金トロント文化センターとの共催で、2022年11月14日よりAftershocks: Japanese Earthquake Prints(アフターショック:日本の鯰絵)と題したオンライン展覧会を公開いたしました。展覧会は英語と仏語のみですが、ここでは簡単に内容をご紹介したいと思います。
この展覧会は、1855年に江戸で起きた安政大地震の後、二か月にわたって作成・販売され、爆発的に人気を呼んだ「鯰絵」を紹介するものです。鯰が地震を起こすという俗信は江戸時代から有名ですが、鯰絵とは、その地震を起こした鯰のパロディを中心に、地震後の世相をおもしろおかしく風刺した瓦版および木版画を総称するものです。
ROMはこの鯰絵を87点貼り込んだ折本(アコーディオン式のアルバム)を所蔵しています。鯰絵をまとめて貼りこんだこのような折本は日本にもいくつか例がありますが、ROMのアルバムの珍しい点は、これをまとめた人による当時の序文がついていることです(写真1)。

鯰絵には被害をリアルに再現したものから(写真2)まるでマンガのようなコミカルなものまで(写真3)、300種以上が地震後の二か月という短い間に作られたと言われています。ただし、作者はほとんど分かっていません。江戸時代は幕府による出版物や浮世絵版画の検閲制度があり、時事的な事象を風刺することは厳しく取り締まられていました。しかし地震後の混乱で通常の検閲制度が適用されなかったため、作り手(版元、絵を描く人、文章を書く人)が名前を明かさずに自由に風刺を盛り込むことができたからです。


鯰絵は、江戸時代末期の江戸という町に特有な社会状況の中から生まれた、特異なジャンルとも言えるのですが、今日、気候変動などの影響で世界中で激しい自然災害が多発し、ニュースメディア・ソーシャルメディアによる被害の情報や風刺が広く発信されるなか、170年ほど前の江戸を席巻した鯰絵の意義を改めて確認することにも意味があるのではないかと考えます。
この展覧会では、ROMの折本から選んだ45点ほどの鯰絵を、順不同の3つのストーリーで紹介します。デジタル展覧会の利点を生かし、実際の展覧会では見ることが難しい細部のクローズアップがたくさん見られるようになっています。また環境の公正性、災害マネジメント、江戸時代の社会史の専門家が関連トピックについて話をするビデオやインタラクティブの立体画像もあり、盛りだくさんの内容となっています。

Ontario Museum), Toronto, Canada. ©ROM.
ストーリー1“Shaking Foundation”では鯰と地震の関係を示す鯰絵を紹介し、江戸の人々がどのように地震を理解していたかを探ります。言い伝えでは、地下に住む大鯰は通常、鹿島神宮の鹿島神に、「要石」によって抑えられているのですが、鹿島神が留守をしたすきに大鯰が暴れて地震が起きたということになっています。多くの鯰絵がこの言い伝えをパロディにしています(写真4)。一方で地震の被害をリアルに伝える鯰絵や、地震直後の人々の生活の様子を描いたものもあります。絵柄の楽しさと共に、文章にもパロディや風刺が豊富に表現されていますが、翻訳や背景説明の難しさもあり、本展覧会では絵柄を中心に構成されています。また、ROMが所有する日本ナマズの標本について、魚類の学芸員Dr. Nathan Lujanが説明するビデオやその標本の立体画像も見られます。

ストーリー2“A Spectrum of Emotions”では、地震や鯰に対する人々の多様な反応がどのように鯰絵に描かれたかに焦点をあてます。地震の被害にあった人々は、その元凶である大鯰をいじめたり、謝らせたり、復讐したりします。一方、地震のおかげで得した人たち―例えば復興景気で収入が増えた大工や左官―は、人々が鯰を懲らしめるのを傍観していたり、それを止めようとさえします(写真5)。
また、擬人化された鯰が酔っ払ったりゲームをして遊んでいる姿も描かれ、いかに地震という自然現象が人々に身近な形で理解されていたか、またいかにユーモアの精神が地震で被害にあった人々の心を癒したかということにも焦点にあてます。

ストーリー3“A Fleeting Hope for Change”は「世直し」のための地震という観点から、社会や世相を風刺した鯰絵を集めました(写真6)。
商業主義が発達した当時の江戸の町では、大商人が富を独占し、庶民との格差が生まれていました。そのような格差は、社会の「気」の流れが滞ったために起きた「社会の病」と受け止められていました。


地震後の幕府や大商人による金銭や米の寄贈は、貧しい人々にとっては思いがけない幸運であり、復興景気によって潤った職人たちにとっても、地震はむしろ病んだ社会を正し、富を再配分するために起きるべくして起きたという発想になりました(写真7)。多くの鯰絵もそうした社会風刺を描いていることが分かります(写真8)。

Hardship, 1855-1856, Courtesy of ROM (Royal Ontario Museum), Toronto, Canada. ©ROM.

Between Earthquake Catfish and Commodore Perry, 1855-1856, Courtesy of ROM (Royal Ontario Museum), Toronto, Canada. ©ROM.
また、時間が経つにつれ儲けた職人たちが浪費する様子も揶揄されていたりします(写真9)。地震の二年前に起きた黒船来航と地震の比較など、作者たちは様々な題材をユーモラスにかつ鋭く斬っています(写真10)。

ただし、鯰絵は二か月後には幕府によって発禁になってしまいます。安政大地震後も何度も大地震は日本各地で起き、鯰絵も出版されたようですが、安政大地震の時のようなブームは起きませんでした。この展覧会の各ストーリーは、鯰絵ではなく歌川広重の『名所江戸百景』シリーズの『玉川堤の桜』で締めくくられます(写真11)。安政大地震のわずか四か月後に出版されたこの版画は、あたかも地震などなかったかのように平穏な江戸の姿を描いています。このシリーズ自体、地震からの復興を示す目的で作られたという説もあり、鯰絵との対比は興味深く、また鯰絵の短命さを示唆するものとなっています。
一見コミカルな鯰絵ですが、知れば知るほど奥が深いことに気づかされます。ぜひROMのウェブサイトからこのオンライン展覧会にアクセスして、鯰絵の世界を覗いてみてください!
【展覧会情報】
オンライン展覧会へのリンク: Aftershocks: Japanese Earthquake Prints | Royal Ontario Museum
https://www.rom.on.ca/en/exhibitions-galleries/exhibitions/aftershocks-japanese-earthquake-prints
このページの [Discover Now] ボタンを押すと展覧会(ストーリー1)にアクセスできます。ここからストーリー2と3にもアクセスできます。また、このページには日本語の展覧会紹介ビデオ、関連オンラインプログラム、および学校関係者用の資料へのリンクもあります。

【執筆者: 武末明子(たけすえ・あきこ)】
東京生まれ。2001年よりトロント在住。2016年ヨーク大学美術史博士号取得。2021年7月より現職。2003-2005年にROMの高円宮日本ギャラリーの設立に携わった後(ギャラリーは2019年より臨時閉鎖)、モントリオール美術館やワシントンDCのナショナルギャラリーでも経験を積む。日本美術品の海外への移動による、モノの意味や「日本美術」という言葉が指すものの変遷を研究している。












