日本美術 in Toronto 第7回
ロイヤル・オンタリオ博物館展示会「タトゥー」と日本美術
ロイヤル・オンタリオ博物館(以下ROM)で4月2日からTattoo: Ritual. Identity. Obsession. Artという展示会が始まります。この展示はフランス、パリにあるケ・ブランリ美術館で企画されたものがROMに巡回しにくるものですが、全ての作品がフランスからやってくるのではなく、いくつかの作品はROMのコレクションから展示される形になっています。後にもお話しますが、展示会には日本のタトゥー(入れ墨)文化に焦点を当てるセクションもありますので、日本美術に興味がある方に楽しんで頂けるのではないかと思います。
タトゥーは世界中で、儀式の一部や、サブカルチャー、大衆文化として発展してきました。古代文化・歴史にみるタトゥー、そしてその文化的背景と美的価値、グローバルな規模で展開されるタトゥーのボディーアートとその人気について展示会では学ぶ事ができます。
「入れ墨」というと、日本人の多くはヤクザや犯罪者といった人々を連想する人が多いかもしれません。現に日本ではまだ多くの温泉やスパ、スポーツジムなどで「入れ墨お断り」という看板を見かけます。しかし、この入れ墨に対するネガティブなイメージというのは実は比較的最近できたものなのです。日本では入れ墨が犯罪者だけでなく、普通の人々の日常の一部であった歴史が長くあるのです。日本での入れ墨の歴史は縄文時代にさかのぼると言われています。
入れ墨を考える上で一番重要な時代は、なんといっても江戸時代です。ご存知の通り江戸時代は吉原の遊郭や歌舞伎など、儒教の規律を守りながらも快楽を求める「浮き世」文化が発達しました。歌舞伎にでてくる入れ墨をいれた登場人物達は、江戸時代の入れ墨の人気を促したといわれています。中国から伝わった「水滸伝(すいこでん)」にてでてくる108人の英雄たちは入れ墨を入れており、水滸伝の人気が直接、入れ墨の人気につながったといっても過言ではないでしょう。また、この時代は消防士や郵便配達人、大工などが日常的に入れ墨をしていたといいます。入れ墨は日本の先住民の人々、つまりアイヌや沖縄の人々の文化にも見る事ができます。北海道や沖縄では、入れ墨をしていたのは主に女性であるという特徴があります。
幕末後、急激な西洋化と工業化を行った文明開化を経て、入れ墨は野蛮な文化という考えが広がり、入れ墨に対する悪いイメージが普及するようになりました。明治時代から戦後アメリカ占領地下の1948年まで入れ墨は法律で禁止されるようになり、入れ墨はその後、「闇の文化」となってしまいました。2020年に東京でオリンピックが開催され、外国人観光客が増えるにあたり、入れ墨お断りの文化をどうするかについて議論がなされていますが、この機会に日本での入れ墨の歴史をトロントで勉強するというのは面白いかもしれません。
展示会の日本美術のセクションに出品されるのは、貴重なアイヌ女性の入れ墨の写真、アイヌの入れ墨のナイフ、江戸時代からは歌川派が水滸伝のキャラクターを描写した浮世絵、現代の写真家が写したヤクザの入れ墨の写真、日本の入れ墨のデザインなどです。また有名な日本の彫り師、三代目彫よしと呼ばれる中野義仁(なかのよしひと)氏を紹介するパネル展示もあり、日本ではなかなか気軽に知る事ができない入れ墨について学ぶ事ができます。浮世絵に関しては、月岡芳年が制作した女性が入れ墨を入れている作品は展示会のためにトロントのギャラリーからROMが今回購入したものです。私もいくつかの作品についての文章を書かせていただきました。展示会を記念してのトークやプログラムなど企画されていますので、是非ウェブサイトで閲覧の上、お越しください。
池田安里/Asato Ikeda
ニューヨーク•フォーダム大学美術史助教授/ロイヤルオンタリオ博物館研究者(2014-2016)。ブリティッシュ•コロンビア大学博士課程を首席で卒業し、カナダ政府総督府より金メダルを受賞。著書に「Art and War in Japan and its Empire 」(監修 ブリル出版)、 「Inuit Prints: Japanese Inspiration」(共著 オタワ文明博物館出版)等。