カナダの雇用トレンド2025:AIは敵か味方か|特集「変わる国、変わる暮らし」カナダ2025
Unemployment Rate
失業率が目立った2024年 6.8%
2024年11月、カナダの失業率は6.8%にまで上昇し、2017年1月以来(コロナ禍を除く)7年ぶりに最高数字をマークした。
年の終わりには25歳から54歳までの男性労働者の雇用に増加が見られたが、15歳から24歳までの若い世代の働き手にとって仕事を見つけにくい状況が続いている。
若い世代にとって不利な雇用状況
カナダで15歳以上の労働者が就職活動をしている、またはすでに定職についている割合が一番多いのはユーコン準州だ。しかし全国的には今、若い世代にとって就職が厳しいのが現状だ。
例えばオンタリオ州やケベック州では失業率がアップしていると同時に求人も減っている。特にフードサービスやカスタマーサービスの仕事の求人が激減。就職しやすい職業は消防士や金融関係、土木技術、流通などで、高卒では雇ってもらえないケースが多い。オンタリオでは医療や金融、経理、溶接工など需要が高い職種はばらばら。
ケベック州でもサービス業や観光、建設などで人手不足が起きているが、求められる職務内容がとにかく多く、難易度も高いことから高学歴でも就職が難しいことが問題になっている。
定年退職と世代交代
今カナダでは業界を問わず定年退職を迎える人口が多い。若い働き手だけでは補うことができず人手不足が生じている。この問題で特に心配なのが医療や福祉のサービスの縮小だ。
ブリティッシュコロンビア州では2023年から2033年の10年間のあいだに99万8000もの求人が増える見込みだが、その65%は定年退職によるものだ。
マニトバ州でも2022年から2026年の間、定年退職者の急増が予想されている。この10年間で他州へ移住していくマニトバの若者は2万3,140人に上っている。
若者にとって住みやすい州づくりと海外からの移民の労働力が必要になっている。
学生の就職難は学業も影響する
若い世代の就職難は国の最も東にあるプリンスエドワードアイランド州でも話題になっている。大学在学中と卒業後、いずれも就職難に面している学生が絶えないそうだ。
学生の数に対して求人の数が少なく、競争率が激増している。P.E.I.の学生の多くは在学中のアルバイトで学費や家賃、生活費を払っている。学業をこなすだけでも大変な中、お金の心配がかかると精神的なストレスが増え、全体的な生活の質が低下してしまう。
金銭的な理由で学業が続けられなければ、将来の就職活動にも影響が出る。全国的に生活費の高騰が続く今、このような悪循環は誰もが避けたいものだ。
就労者の減少が目立ち始めている州や準州も
人口が3万7千人ほどしかないヌナブト準州では毎年6月から8月にかけて就労者の数が増加する傾向があるが、2024年は2023年に比べて100人少なかった。同じく人口が少ないノースウェスト準州でも2024年度、職についている人の数、及び職を探している人の数が州の統計が始まって以来最少だった。学生人口の低下と定年退職者の増加が影響していると考えられている。
国全体で見て失業率が一番高かったのはニューファンドランド・ラブラドール州だった。この州も一年前に比べて就業者が800人少なく、販売員や小売業、医療、福祉、建設などあらゆる分野で求人が目立っている。失業率10%という数字はなんと州が統計をとり始めた1976年以来最低で、過去には20%だった時もある。
失業率改善の兆し
雇用事情に関しては暗いニュースが蔓延しているカナダだが、変化が期待されている州ももちろんある。現在、サスカチュワン州では労働者数が過去最多に上昇。10年前までは人口減少が心配されていたニューブランズウィック州も住宅コストが低いことを理由に他州からの移住者そして海外からの移民が増加している。
これらの州のように人口が増えると必要になるのはサービス業を牽引する労働者たちだ。ノバスコシア州では2023年度、サービス業は州に存在する全ての仕事の82%を占めた。アルバータ州でもホテルやレストランのサービス業の求人が急増。カルガリーやエドモントンでは特に観光業の復活が期待されている。現在多くの建設工事が進んでいるため電気技師や重機オペレーター、プロジェクトマネジャーなども必要とされている。Eコマースの普及も倉庫業やトラック運転手の需要を高めている。
これから先、何より注目されているのはAI
人が仕事を探すにあたって不可欠なのは知識や学歴に加え「Soft skills(ソフトスキル)」と呼ばれる適応力やコミュニケーション能力、問題解決力、リーダーシップだ。
だが近年AI(人工知能)の発展により人のスキルはテクノロジーに置き換えられている。AIはコンピューターシステムが音声認識や意志決定、視覚などを学習することで人間のタスクをこなしてくれる。
動画やゲームで使われる画像処理の技術や企業などが使うビッグデータ、膨大な情報を処理し使いやすくするアルゴリズムなどがAI発展の基盤だ。
2300億ドルの経済効果
2023年に「Google」が行った調査によるとAIはカナダの経済に2300億ドルもの利益をもたらす力がある。一人の一年あたりの平均労働時間も175時間省けるそうだ。カスタマーサービス業界ではニーズを先読みすることや業務フローの自動化が可能になる。聞き間違いや勘違い、連絡不足などのヒューマンエラーも防ぐことができる。
企業のデータと客からのフィードバックを学習し、効率よく生産性を上げられるためビジネスで人工知能は前向きに取り入れられている。働き手がいなくても24時間情報収集と分析をこなし、客の質問に答えながら会計からマーケティングまで済ましてくれるのは特に規模の小さい企業にとっては頼もしい助っ人なのではないだろうか。
最新のAI技術を取り入れた企業の例
ここ数年、カスタマーサービス向上のためのAI活用がニュースになっている。ファストフード店の「Wendy’s」のカナダ支店では2023年に音声認識の機能を活用しコンピューターがドライブスルーオーダーを正確に聞き取るシステムが導入された。昨年にはカナダ版100円均一ショップの「Dollarama」がAIを使って客との電話の内容を分析し、まとめることで人がデータ入力をする時間を省くことに成功。より効率的にサービスを提供できるようになった。
AIを取り入れる業界は様々。ノバスコシア州では「Google Cloud」の音声認識機能を使って病院での医師と患者のコミュニケーションを円滑にするほか、レントゲン分析までもAIに任せレントゲン技師の負担を減らす計画を取り組んでいる。鉱山の採掘で有名なノースウェスト準州では近年、採掘の効率よくするために機械の力加減や自動化をAIに任している。
AIはカナダの医療従事者不足を解決する?
現在、カナダ全土では医療従事者不足、ともに福祉従事者不足が深刻化している。連邦政府が行った最新の調査によると、医療と福祉業界では求人数が過去最多であることがわかった。求人に含まれるのは医者や看護師、カウンセラー、保育士など。現在カナダでは医者の数が目標の数字より7万8千人も少なく、看護師も11万7600人足りていない。この医療従事者不足はこれから6年ほど続くと見込まれている。
そこで活用され始めているのがAI技術だ。例えば、Unity Health Torontoでは毎日30ものAIモデルが使われている。その中でも有効的なのは患者の経過のモニタリングで、容体が急変する前にAIが医師に知らせることが出来る。これまでに死亡率を20%も減らせた活気的な技術だ。University Health NetworkでもAIが手術中に合併症のリスクを軽減することを踏まえたステップを教えてくれる。カナダの医療現場では、すでに存在する膨大なデータをAI技術に委ねて活用することが期待されている。
職種や業界によってAIとの相性はバラバラ
現在、AIが発展していることを機にサイバーセキュリティエンジニアやビジネスアナリスト、AIエンジニアなどの需要が高まっている。
連邦政府の調査によると、労働者の学歴が高いほどAIの普及に影響されやすいことが判明している。
医者や教師、電気系エンジニアなどの職種は特にAIの活用との相性が良く、建設や工事などの肉体労働、またはフードサービス業で働く人たちに比べるとAI技術を自分のスキルと並行して使う可能性が高いと見込まれている。
?: 建設 / 工事 / フードサービス業
教育現場では賛否両論
カナダの教育現場では教師がAIを活用していなくても、生徒たちがAIに宿題の説明を求めることや生成AIで作文を書くようなことが日常化している。
2024年の秋学期からはカナダの100校もの大学でAIツールがカリキュラムの一部として導入されている。現在の大学生にとってはAIを教科書代わりに使うのは不思議なことではない。しかし学校側が恐れるのはバイアスや誤情報の拡散、教授とのコミュニケーション不足など、本来授業で解決できる問題ばかり。
生徒たちが物事を批判的に考えて判断する「クリティカルシンキング(Critical thinking)」ができなくなってしまうことが大いに懸念されている。
サービス業界も人手不足
カナダでは医療現場同様、ホテルスタッフや調理師、ウェイターなどサービス業の労働者がパンデミック以来不足している。
ホテル業界では長引いている人手不足を解消するためにセルフチェックインや自動化されたルームサービスなどでAI技術が導入されている。
レストラン業界では顧客情報を活用し、メールマガジンの送信や個別におすすめのメニューを送るサービスなどでAIが使われている。
お店でのメニューの多言語化に悩むオーナーたちもChatGPTのテキスト翻訳機能に頼っている。
AIで人いらず?働き口がなくなる心配
AIが活用される上で一番懸念されるのは、人が必要とされなくなることだ。今まで人が知恵を絞ってきた目標や業務がテクノロジーに置き換えられてしまう危機が迫ってきた。
ChatGPTで有名な生成AI(別名ジェネレーティブAI)はコンピューターが学習した大量のデータを使って新しいオリジナルコンテンツを生み出すことができる。人間がいなくてもアイデアが生まれ、テキストや画像、動画、音声を一から創造できるのだ。
現在カナダではAIが人の仕事を乗っ取るのではないかと心配されており、その職種は経済学者やコンピューター・プログラマー、メディア・デベロッパーなどさまざまだ。
銀行や郵便局の窓口係やデータ入力などの「White-collar jobs」と言われる事務系の職種が近年急速に激減している事実も心配の要素だ。
私たちの仕事の未来は誰が守ってくれる?
ウォータールー大学の研究によるとカナダにある仕事の42%がAIによるタスクの自動化で削減される危機にあるという。
失業率が高い割に求人の数が少ない今、カナダ連邦政府は企業が労働者にリスキリングやアップスキリングのための研修を行うための助成金を用意している。
そしてAIの導入が広まる上でのプライバシーやバイアス(偏見)、アウトプットの著作権、予期せぬ解雇など倫理的な問題を解決するためのフレームワークも取り組みが進んでいる。
パンデミック後に行われた政府の調査では、カナダの労働者の41%は週の半分をリモートワークにしたいと望んでいる。週の100%、またはほぼ100%をリモートワークにしたいと答えた人は39%にも上っている。AI普及で良い面は、業務が自動化され柔軟な勤務時間が可能になることだ。現在のカナダではワークライフバランスが尊重され、政府は出社する人にもリモートで仕事する人にもメンタルヘルスサポートを提供することに力を入れている。
AIに負けない人材とは
これからの時代、コンピューターを操るスキルはもちろん、AIの活用法やデータ分析、そしてサイバーセキュリティの知識があるほど就職率は高くなると言われている。
コンピューターは学習することで偉くなることは出来るが、人が動いて、喋って、生活してこそ生まれるアイデアやニーズがある。そのため創造力と問題解決のスキルは今まで通り重宝されるに違いない。
そして、人と人が面と向かってコミュニケーションを取ることが少なくなっても、ソフトスキルは変わらず必要とされるであろう。
おわりに
どれだけAIが普及しても、その仕事ぶりを見守り、管理するのには人間が必要。倫理という概念がある世の中を作り上げてきたのは人間だからこそ、人間にしかできない仕事が残り続けると筆者は信じたい。