多様化する家族のかたちと相続|カナダで暮らす-エステート・プラニング入門【第4話】
①別居中の夫婦
オンタリオ州法は、法律婚の夫婦の一方が遺言書を残さずに死亡した場合、残された配偶者には、優先相続分(Preferential Share)として、故人の遺産から、まず20万ドルを相続する権利があります。そして、残りの遺産を子供と配偶者で分け合うことになります。優先相続分は、別居中の法律婚夫婦にも適用されます。その結果、無遺言によって、疎遠になった配偶者に遺産の多くが遺されるという事態が生じることがよくあります。
そこで、別居中の方は、夫婦間で互いの相続権をカバーした「別居契約書」(Separation Agreement)の作成だけではなく、遺言書や委任状の更新、生命保険、RRSPやTFSAなどのレジスタードプランの受取人変更(Beneficiary Designation)の見直しなど、総括的なエステートプラニングの見直しが必要になります。
②離婚の成立
離婚の成立は、婚姻中に作成した遺言書にはどのような影響が出るのでしょうか。離婚によって、離婚前に作った遺言書が無効になることはありません。ただし、元配偶者が遺言執行人や相続人に指名されていた場合は、元配偶者が遺言者より先に他界したとして扱います。たとえば、遺言書内に「もし私の夫が私より先に亡くなった場合は、息子Aを遺言執行人として任命する」という文言があれば、その指示に従って、第二希望に指名された遺言執行人が、その役割を果たすことになります。
また、相続人についても同様で、配偶者が亡くなった場合を想定した遺産分配を実現することになります。 このように、離婚は遺言書の内容に影響しますが、離婚成立によって、レジスタードプランや生命保険などの受取人指定が自動的に取り消されることはありませんので、個別の見直しが必要です。
③そして再婚…
オンタリオ州では、法的に結婚すると、結婚する前に作った遺言書は自動的に撤回されます。この法律は意外に知られておらず、再婚した方は注意が必要です。もし、再婚前に遺言書を作り、再婚してから遺言書を作り直さなかった場合は、たとえ以前に作った遺言書があったとしても、遺言書を残さずに死亡したとみなされます。その結果、上記の優先相続分が適用され、残りを配偶者と子供の間で分けることになります。これにより、亡くなった方が再婚で、元配偶者との間に子供がいる場合は、再婚相手と残された子供の間で争いが生じることは少なくありません。
④コモンローを選ぶ
離婚成立後、または、別居期間中に新しいパートナーと巡り合い、コモンロー(事実婚)の関係を選ぶ人もいます。本コラムでも以前少しお話しましたが、事実婚夫婦で無遺言で死亡した場合は、残されたパートナーには、法律婚の配偶者のような法定相続権がありません。ですので、コモンローのパートナーに遺産を残すことを希望している場合は、必ず遺言書が必要になります。
⑤お互いにそれぞれ子供がいる場合(Blended Family – 混合家族)
夫婦でお互いに、別れたパートナーとの子供がいる場合は、まず二人の間でそれぞれの希望をオープンに話し合い、理解しあうことが大切です。特に、混合家族とよばれる家族関係においては、すでにお互いがそれぞれ築き上げた財産があり、それぞれに子供や孫がいるため、「守りたいもの」が夫婦間で異なり、あえてお互いに遺さないという夫婦も少なくありません。
権利関係がすでに複雑なため、遺言書だけではなく、結婚契約書(Marriage Contract)を用意するなどして、死別による夫婦関係の終了によって、相続問題が生じないように、事前に対処しておくことが必要です。
このように、家族のかたちと相続は、密接に関わりあっています。相続が「争続」に変わらないように、ご自身の状況に即したエステートプランを持つことが大切だといえます。
【おことわり】このコラムは、オンタリオ州法に関する一般情報の提供のみを目的とし、著者による法的助言を意図したものではありません。
スミス希美(のぞみ)
福岡県出身。ミシサガ市パレット・ヴァロ法律事務所、オンタリオ州弁護士。中央大学法学部卒業後、トロント大学ロースクールに留学しカナダ法を学ぶ。相続・信託法専門。主に、遺言書や委任状の作成、信託設立などのエステートプラニングや、プロベイト等の相続手続を中心とした法律業務に従事。日本とカナダ間で生じる相続問題に詳しい。