vol.4|『『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』』|翻訳の窓から – 書評で読む世界

ザ・ルーム・ネクスト・ドア』(シーグリッド・ヌーネス著 桑原 洋子訳)は2024年のヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞したペドロ・アルモドバル監督による同名映画の原作である。
作家の<わたし>は、久しぶりに再会した友人が末期癌であることを知る。友人は弁の立つ強い人だが、病は確実に彼女の身体を蝕んでいく。
前半は、友人を時折見舞い対話して旧交を温めていく<わたし>の心に去来するあれこれが、一見とりとめもなく描かれる。女性が生きる上で遭遇する様々な理不尽、老いについて、分かりあうなんて到底無理そうな男性という存在について。陰謀論に傾倒していった隣人のこと、家族という一番身近な人々と折り合えない痛みについて。猫の来し方語りもある。
ある時、友人は<わたし>に、安楽死のための薬を用意していることを打ち明ける。それは彼女なりの病との闘いである。「私が先に私を仕留めれば、癌は私を仕留められない。」そして友人は<わたし>に最期の時を一緒に過ごすことを依頼する。介護や死の手助けが欲しいわけではない。ただ「その時」が来るまで隣の部屋で寝起きしていてほしいと。
後半では、友人が最期を過ごす場所として決めた郊外の家に舞台が移り、二人で過ごす様子が描かれるが、ここでもやはり<わたし>の心に去来するままに断片的なエピソードが挿入される。ランダムなようだが、それらに共通しているのは「人生には理不尽なこと、不快なこと、悲しいこと、どうしようもないことが起こる」こと、そしてそれらをまずはそのまま見つめること。友人が安楽死するかどうかということよりも、こうした思索の海の中に身を浸すことが本書の肝だ。
プロットだけを見ると涙を誘う暗い話なのかと思われるかもしれないが、語り口は終始ドライで、時折ユーモラスでさえある。読後しばらくたっても「語りえぬこと」について考えさせられ、これから何度も思い返す作品になりそうだ。

評者=新田享子
評者=溝渕佐知 書評家・豊﨑由美を師と仰ぐ翻訳文学書評グループBookpottersのメンバー。Human Factors in Human Computer Interactionリサーチャー、およびUXリサーチャー。






