一億総中流の罠
「一億総中流」という言葉を知らない世代の方も多いだろう。60-70年代の経済成長と日本の人口1億人をかけ合わせ、多くの国民生活に中流をもたらしたことを言う。この中流は所得と意識の両面であったが、今、所得は再び格差社会となりつつあれども意識だけは中流が残る独特の社会を作り上げた。さて、その罠(わな)とは?

日本のマスコミは舛添都知事のバッシングに忙しい。テレビもネットも舛添さん批判一色である。理由は世論調査で9割が舛添さんに否定的な意見だったとされたからだ。マスコミもビジネス、だから世論と対峙するわけにはいかない。9割がNOと言えばメディアもNOに同調し、盛り上がり、シュプレヒコールする。
こういうスタンスは日本だけではなく、香港でもブラジルでも似たようなことが起きている。だが、日本のそのレベルは時として恐ろしいほどのベクトルが働き、行き過ぎの感すらある。今の都知事の前、猪瀬さんもこっぴどくやられた。私も当時、興味津々に報道を追っていたが猪瀬さんが5000万円のことで追及された際、1枚の紙を高々と掲げ、ほらあるでしょ、借用書!と都民のみならず全国の人にその姿をさらした際にはこちらが恥ずかしくて赤くなってしまった。人間、責められるととんでもない行動に走るものである。
舛添さんも厚顔、よく耐えていると思うが、ここまで全否定されると「やってられないよな」と思っているに違いない。本記事が発刊されるときまで果たして持つのだろうか?
いわゆる見せしめとか公開処刑はアジアでは昔から割と多い。日本では江戸時代に獄門というさらし首があったし、戦国時代、武将は相手の首を取ってくるのが勝利宣言でもあった。中国では文革時代に紅衛兵が「造反有理」を叫び、資本主義者をさらし者にしていたし、今でも中国では「引き回し」の事件報道を時折耳にする。
これは国民生活を国家権力や世論統制などを通じて支配するかつての悪習と大して変わらず、主流派以外を打ち消す圧力となる。我々は民主主義の世界にいる。民主主義は誰が何を言っても一定の尊厳があり、それに同調しようが反対しようがそれは個人の自由裁量となるはずだ。
だが、例えばもしも私が「舛添さんは反省しているのだから今回は許してやろう」などというものならば私にはとてつもないバッシングと大炎上が待ち構えることになる。よほどの強心者か、論理的強みがあるか、一蓮托生、俺も燃えるという気がない限りそんなことはせいぜい家族にそっとつぶやく程度に留めておくはずだ。
日本では共同体という意識が非常に強く育まれてきた。農業も漁業も一人ではできない。今でも収穫の時期になれば今日はだれだれの畑、明日はあそこ、という具合に皆で協力し合う。もちろん個人所有の農地に於いてだ。これでは旧ソ連のソホーズ、コルホーズ(=国営農場、集団農場)が今でも日本では脈々と続いていることと同じだ。
「一億総中流の罠」とは中流意識がそこから抜け出せなくなり、発展的思想につながらないことをいう私の造語である。「流動性の罠」という経済用語がある。これは低金利になるとそこから金利があげられなくなるということを意味するのだが、そこから私はこの言葉がふと頭をよぎった。中流意識を持つと他の人との差別化に対して異様に敏感になり、そのわずかの差を埋めるよう行動する。だが、許容される枠を越えると人々は到達できないと感じ、怒りと反発で引きずり下ろす行動にでるというものである。
例えば日本でパンケーキがブームだとすればそのパンケーキを食べ、何処どこのがおいしいという会話をしないと仲間外れになる。今年の流行の服やファッションはしっかり押さえておき、話題になったら欲しくなくても「今度、一緒に買い物に行こう」と誘ってみたりする。子供には塾と習い事をさせ、「お宅はどちら?うちは○○」というお母様同士の激しいバトルがあったりする。
はたまた最近の芸能人の一連の不倫騒動も内心「俺(私)にはできないのになぜ、あの人だけ」というやっかみの気持ちが増長させていることもあろう。
これをお読みの方々の多くは海外在住者であろう。私も24年以上カナダに住んでいる。そこで感じることは個性と主義主張ではないか?自分の色を出さないとなかなか社会に溶け込めなかったり、正当な評価を貰えなかったりする。そのため、多くの日本から来た駐在員も会社に着ていくシャツの色は白から柄物、色物に変わったりする。駐在員同士の付き合い方も日本では口も利かぬライバル同士の会社の相手でも海外に出れば同朋で一緒に酒を飲んだりする仲に変わったりする。
が、残念なことに駐在期間が終わり、本国に帰国した瞬間、「海外ボケ」のリハビリを6か月間させられたとか「だから帰国組は使えない!」という上司のバッシングに悩んでしまった悲惨な話までいろいろと聞く。一億総中流の罠からようやく脱出してもその魔の追っ手は必ず、そこに引きずり戻すようになっているのかもしれない。
実に恐ろしい社会であるとも言える。しかし不思議なもので舛添さんがホテルのスィートルームを使うとコテンパンにやられるのにオバマ大統領がG7で泊まった志摩のホテルのスィートルームは大人気だそうである。ということは日本人にとって「外国人」は別枠だとも言えるのだろう。いやいや、実に難しいのが我々日本人の論理性である。
岡本裕明(おかもとひろあき)
1961年東京生まれ。青山学院大学卒業後、青木建設に入社。開発本部、秘書室などを経て1992年同社のバンクーバー大規模住宅開発事業に従事。その後、現地法人社長を経て同社のバンクーバーの不動産事業を買収、開発事業を完成させた。現在同地にてマリーナ事業、商業不動産事業、駐車場運営事業などの他、日本法人を通じて東京で住宅事業を展開するなど多角的な経営を行っている。「外から見る日本、見られる日本人」の人気ブロガーとしても広く知れ渡っている。













