クルマの価値観|バンクーバー在住の人気ブロガー岡本裕明
クルマが進化しつつある。電気自動車や自動運転を軸に今後10〜20年のスパンで世の中のクルマの常識が変わり、更なる成長を遂げるのかもしれない。一方、日本ではクルマ離れする若者という報道を目にする。「いつかはクラウン」というあの時代の価値観は何処に向かっているのだろう?
80年代初頭、アメリカにいた頃、クルマとは実用品である、と教えられた。つまり移動手段としてのコモディティである。日本では同じ頃、自動車は住宅と共にステータスという意味合いが強かった。冒頭の「いつかはクラウン」のキャッチは1983年に生まれ、当時、クラウンなり日産セドリックに乗るのはカローラやサニーからスタートした世代の人が買い替えるたびにステップアップし、そのゴールを目指すという意味で日本人論的にも非常によくできたコピーだったと思っている。
ところが日本で車に対する意識が大きく変わる。一つには充実した内装や装備品が上級車種から一般車種への普及が進んだこと、もう一つは3ナンバーと呼ばれる幅が広い車が増え、「クラウンではなくてもよい」という選択肢の増加が消費者に多様性を提供したと考えている。
更にはバブル崩壊後、維持費や車庫証明の取りやすさなどで軽自動車の優位性がその圧倒的普及を促したこともあるだろう。日本は道が狭く、田舎では田んぼのあぜ道に車を止め、農産物の「作業用自動車」としての利用はナチュラルだし、小回りが利くので誰にでも使い廻しが良い点も日本的普及の理由であろう。
この日本独特の自動車市場の進化に対してアメリカは不満をぶちまけた。「あんなものを許しちゃいけない」と。不満ならアメリカも作って輸出すればよいのだが、彼らのプライドがそんなことは許さない。というより作れないので地団駄を踏んだのだろう。
日本の自動車販売台数は80年代終わりには800万台に肉薄するが、その後じわじわと下げ、この10年は500万台を上下する。97年にプリウスが発売され、その後、電気自動車も国内で話題になる。充電施設も普及が進むが、市場を覚醒させる状況にないようだ。むしろ、今年の上半期に国内販売台数1位となった日産ノートePowerはガソリンを電気に変えるという斬新さとアクセルから足を離すと減速するという着眼がヒットにつながった。だが、全般的に日本のクルマはより実用性を求めているように思える。つまり、私が80年代にアメリカで教わったことを踏襲しているとも言える。
では、欧米では今でもクルマは実用車としての割り切り感なのか?私が見る限りでは一部の富裕層のクルマに対する価値観は明らかに変わってきているように思える。
例えばプリウスが北米で売れなくなった理由はいろいろ指摘されている。その一つにテスラへの乗り換えも指摘されている。プリウスが市場を席巻したころは環境に優しい新技術とハリウッドスターなど著名人がこぞって乗ったことによるイメージ効果が高かった。だが、巨大なボディのテスラ、モデルSは流行に敏感な富裕者層のハートをぐっとつかんだ。一方、プリウスはタクシーとしてのイメージがより強まる。つまり、購入モチベーションの転機が一つの理由だったのではないだろうか。
アメリカやカナダで富裕者層が何に金を使うかといえば家、クルマ、ボートとも言われるが、彼らのクルマへの差別化要求はより高まっており、一部でコモディティではなく、貴金属化しているように思える。
私は仕事の関係で富裕層マーケットにも月極の駐車場をお貸ししているが、彼らの所有するクルマのレベルは普通の高級車ではなく、さらに上の水準を行く。顧客に登録する車種を聞けばマクラーレンやベントレー、あと一応、ポルシェやベンツもあるよ、と言う。高級車数台所有者は結構多いものだ。街中を走るクルマもこの10年で明らかに高級化が進み、SUVはより大きくなり、ライトトラックはよりその存在感を強く打ち出している。
かつてのアメリカは実用主義のクルマ選びだった。もちろん、今でも基本路線は変わらないだろう。だが、流行は富裕者層から生まれる、とすれば彼らのテイストからはクルマの価値観がより所有者の個性を引き出すようなガジェット化が進んでいるようにみえる。
私の友人が日本向けにクルマを輸出している。驚くことに愛知県で、日本で販売していないトヨタのピックアップトラックがどんどん売れるそうだ。理由を聞けばトヨタ関係者はトヨタのクルマにしか乗れないが、他の人と差別化するために日本に売っていないトヨタのトラックをわざわざ入手することで優越感を持つそうだ。
クルマの価値観は従来のものから新しいものへの過渡期にあるのかもしれない。メディアで時々指摘されるようにコモディティ化やカーシェアリングもあるのかもしれないが、クルマを目的地に移動するための手段からライフスタイルに合わせた個性をぶつける売り出し方もアリだろう。
北米ではペットの犬を車に乗せている人も多い。ペット用のシートベルトなるものも販売されているが、クルマという空間の中で時を共有するという発想にたつと全然違うクルマも生まれるのかもしれない。
電気自動車や自動運転の技術はクルマの新しい基盤であってそこからどのような付加価値を生み出し、様々なテイストの顧客にアピールできるか、そこが自動車業界の本当の競争になるとみている。どんな夢を与えてくれるのか、実に楽しみである。
了
岡本裕明(おかもとひろあき)
1961年東京生まれ。青山学院大学卒業後、青木建設に入社。開発本部、秘書室などを経て1992年同社のバンクーバー大規模住宅開発事業に従事。その後、現地法人社長を経て同社のバンクーバーの不動産事業を買収、開発事業を完成させた。現在同地にてマリーナ事業、商業不動産事業、駐車場運営事業などの他、日本法人を通じて東京で住宅事業を展開するなど多角的な経営を行っている。「外から見る日本、見られる日本人」の人気ブロガーとしても広く知れ渡っている。