僕らの自動車ってどこに向かうんだ?|バンクーバー在住の人気ブロガー岡本裕明
自動車を巡る環境が変わりつつある。乗り手から見た期待感も変わりつつある。かつてはハードとしての自動車に憧れ、彼女を助手席に乗せることに興奮を覚えた世代も今や50代から上だろう。若者は移動手段と考え、近年は人を運ぶ媒介の一種のような位置づけとも取れなくはない。彼らにとっての自動車ってどこに向かうんだろう?
カナダにいると日本に比べてよい車が走っていると思う。1千万円以上する高級車やスポーツカーは至る所で見かけるし、テスラの存在感もぐっと大きくなってきた。アメリカでは年間1千700万台近くの自動車が売れる巨大な市場が存在し、ガソリンを捨てて走るような巨大なライトトラックや大型SUVが「雀の子そこのけそこのけお馬が通る」ではないが、大手を振って爆走しているのを見ると自動車産業も捨てたものではないと思うかもしれない。
私の周りを見る限り、高級車にこだわる層はある程度の年齢でお金の使い道がもう他にない人か、見栄だけでブイブイ言わせるケースも散見できる。目立つだけで車全体の需要としては底が浅いのだろう。
一般的な若者は車に何を期待しているのか、レンタカー業を営む私の経験からは移動手段以外の何物でもない。そこに5人乗って目的地に行って一日楽しんでくる、そしてレンタカーやガソリン代を5人で割れば一人数十ドルで時間効率もよく目的を達成できるということだろう。
トヨタの豊田社長が焦っている。「100年に一度と言われる自動車の変革」の中でトヨタがトヨタのまま存続できるのか問いかけている。だからこそ、異業種のソフトバンクとも提携し自動車会社の枠組みを超えなくてはいけないという気持ちを前面に押し出したのだろう。
日本で2年に一度開催される東京モーターショーが11月初めまで行われていた。来場者こそ130万人と前回から大きく増えたがショーそのものは散々だったようだ。一部では「トヨタモーターショー」と揶揄されている。私は自動車会社は顧客とコミュニケーションが取れなくなっていると感じている。つまり、自動車会社が次から次へと新しいコンセプトを提供することに顧客が振り回されたと考えている。
自動運転にEV、PHVにE-Power、更にはFCVもあって技術だけが森の中で駆けっこをしているようなものなのだろう。その上、さまざまなコンセプトカーも登場する中で一般人はその森の外から「結局どこに向かうのだろう?」「どれが一番に出てくるんだろうね?」と興味津々というのが正直なところだろう。いや、もう少し言えば「でも、それ俺、買うかな?」なのではないだろうか?
理由は現代社会が向かうところは移動を前提としていないからだ。買い物はアマゾンで済ませる、食べ物はフードラ、調べ物はネットでOK、習い事も画面の対話方式だ。仕事は在宅が可能になりつつあるし、フィットネスもVRであたかもどこかで参加してやっているようなことが可能になった。ゴーグルをつければ世界旅行も可能になるだろう。
人は家を拠点とし、ほぼすべての必要なことをネットを通じて達成できてしまうのだ。なぜ我々は外を出歩かねばならないのだろう?この疑問に到達した時、どこかに行くというモチベーションとその価値観が激変していることに気がつくだろう。
ただ、何でもネガティブになる必要はない。人は一人で生きていけないという特性がある。そして画面とずっと対峙しているとリアルが恋しくなるものだ。実にわがままである。コト消費が日本などで爆発的に伸びていることは紛れもない事実だ。
スポーツ観戦、コンサート、旅行、博覧会…には行ってみたいと思う気持ちがある。裏腹だが、東京モーターショーで130万人も人手があったのはクルマというよりコト消費のブームの一環であろう。
とすれば自動車に乗ることをコト消費に結びつけらえるかがポイントではないだろうか?
何故テスラが売れるのか、それは乗りたくなるような気持ちにさせたのだろう。個人的にはクルマそのものよりマーケティングがパーフェクトだったと思う。私だってあの白いシートと車だか家電商品だかわからないような未来型のインパネに別世界を感じないわけにはいかない。
ノーベル賞を受賞した吉野彰氏が未来の自動車について「呼べば自動運転車が家の前に来て勝手に目的地に連れて行ってくれること」と述べている。
実は私も学生の頃、すべての車がレールの上を中央制御で走れば事故も減るし、渋滞も減るだろうと考えていた。こうなれば、自動車は今のセダンやスポーツカーのようなデザインである必要はない。四角くて6〜8人がテーブルを囲み、目的をもって時を過ごせる移動媒介手段であればいい。繁華街に駐車場は必要なくなり、流れている自動運転車をつかまえればいい。こう突き詰めると実はウーバーもリフトもいらなくなるはずだ。運転手がいるビジネスは消えるだろう(個人的には孫正義氏がなぜ、ウーバーに出資したのか、理解に苦しんでいる)。
今から20〜30年後、車は所有する時代ではなくなる。だって、今、電車やバス、タクシーを所有する人はいないだろう。持たないものだと植え付けられたらそれが常識になる。もちろんすべてが変わるには時間がかかる。だが、世の中で自動化を進めるにおいて最大の敵は自分で車を運転する輩ということになるだろう。世の中の変化はあらゆる常識を蹴散らしていくのだ。
了
岡本裕明(おかもとひろあき)
1961年東京生まれ。青山学院大学卒業後、青木建設に入社。開発本部、秘書室などを経て1992年同社のバンクーバー大規模住宅開発事業に従事。その後、現地法人社長を経て同社のバンクーバーの不動産事業を買収、開発事業を完成させた。現在同地にてマリーナ事業、商業不動産事業、駐車場運営事業などの他、日本法人を通じて東京で住宅事業を展開するなど多角的な経営を行っている。「外から見る日本、見られる日本人」の人気ブロガーとしても広く知れ渡っている。