失敗からのリカバリー
大事な本番でミスをしたら真っ青になりませんか。珍しいミスと印象的なリカバリーを目撃したので今回はその話を。
トロントの夏は毎週末いろんな音楽フェスティバルがありますが、Toronto Summer Music Festivalというクラシック音楽の祭典に通いつめていました。深雪です。
約1ヶ月にわたり、若手音楽家がベテランの指揮者・演奏家に指導を受ける様子や、その集大成のコンサートが一般に公開され、オペラや映画などの音楽について講演も行われます。
理念としては札幌で行なわれているPMFに近いですが、PMFがオーケストラ規模なのに対し、こちらは室内楽中心で、演奏以外の催しも多い印象でした。
印象的な出来事は、若手とベテランが組んで演奏する、ひとつのコンサートで起きました。
ベートーベンの7重奏曲という7つの楽器で演奏する楽曲で、3楽章を弾き始めたとき、ホルン奏者が全く違うメロディを吹き始めたのです。
他の6人の演奏者は手が止まり、あれ?という感じでホルン奏者を見つめます。ホルン奏者の男性も、何が起きたのか一瞬分からない様子。
演奏が止まり、観客も状況が分からず、ぽかんとステージを見つめたり、お互いに顔を見合わせたり。こんな状況、クラシックコンサートではまずありえません。
空気が凍りつくなか楽譜を確かめていたホルン奏者が、「ああそうか」と合点がいった表情になりました。「わかったわかった」と他の奏者になんと笑顔を向け、「このメロディだよね?」と最初のメロディを吹いて確認。
それを聞いて他の演奏者も「そうそう、それだよ」とほっとした様子で笑いあいます。
ここで笑顔になれるというのがすごいと思うのですが、そのステージの笑顔は客席に広がり、安堵する空気が生まれ、ついには笑い声とともに自然に拍手が起こりました。
その雰囲気は、笑いながら「なにやってんだよ、しっかりやれよ」と励ますような感じ。
拍手のなかホルン奏者は、「楽譜の表裏が逆だったんだよ」と楽譜の表裏を返す動作を観客に見せ、拍手はさらに大きくなったのです。
ついに彼は座っていた椅子から立ち上がり、まあまあと手を上げて観客の拍手を受け、一礼して座りなおしました。
拍手が鳴り止んだあと、気を取り直して弾き始めた演奏が素晴らしかったのは言うまでもなく、最終楽章を弾き終えるとホール中がスタンディングオベーションになりました。
本番のステージでミスなどしようものなら、ひたすら萎縮して謝りたくなりますが、謝られた観客は「お金を払っているのに、プロなのにミスしやがって」という冷めた雰囲気になるかもしれません。
演奏会で何より大切な観客の雰囲気を壊さず、アクシデントを笑顔でおさめ、むしろ観客とステージの一体感を強めた演奏家たちの対応にすっかり感動してしまいました。