トロント生活のまとめ
Erikoです。
トロントで過ごして、約3年が経ち、ここで過ごす時間も残りわずかとなりました。
この時期、Harbourfrontにあるサイクリングロードを走っていて気持ちのいいこと。
完成間近のその道路は、自転車専用の信号まで取り付けられていて、なんて快適に走れることか。
こういった取り組みで、今の時代に合わせた変化をしていくこの街に、また感心しました。
トロントでの生活は、たくさんの生きるヒントを教えてくれました。
国連の支援をうけ、ある研究所が行った「世界幸福度レポート」では、日本は国民の満足度46位、カナダは5位にランクインしています。
(unsdsn.org/resources/publications/world-happiness-report-2015)
この結果からも、私たちがトロントの生活のなかで、幸福とは何かを学ぶ機会があることがわかります。
みっちり自分と向き合った生活。
ここでの生活は、ありのままの自分で生きるという感覚を、ゆっくりと思い起こしてくれました。
待ったなしで過ぎていく時間の中で、人生は諦められない仕組みになっているということ。
そして、好きなこと(好きなことのためにやらなくてはいけないこと)を、やり続ければ、自ずと自分の過去とつながってくること。
出会いは必然であり、すべての人から学びがあるということ。
そこで、健康でいるということは、自分にとっても、相手にとっても、失礼のない理想のかたちであること。
なにより自己治癒力を高めてあげることが、自分をいたわる最適な方法です。
体は素直ですので、なげやりになっていると、ふてくされてきます。
ところで、先日、友人が日本で受けたいくつかの面接時に、まず初めの一言で、
「その髪色は直せますか?」といわれたと言います。
髪の色がその人の誠実な人柄と何の関係があるのだろうか?
頭が『????』です。
そういうプロセスに巻き込まれていると、日本が世界から置いてきぼりなります。
もっとクリエイティブで、できる人を大切にしていかないと、変化は起こらないし、“みんな同じ”はもうロボットに任せればいいのではないか。
そのかわりに、若者も若さを言い訳に使ってはいけないですね。
日本人は、これから何をみていくだろうか?
まずは、「関係ない」はもう終わらせて、傍観者ではなく当事者でいること。
立ち止まり、人生は終わったかのように嘆く人生と、
苦境に負けず、変化し続けて満足をつかみとる人生。
どちらも選ぶのは自分です。
日本の感覚でいう「宗教っぽい」ことをいえば、
なぜ人は、神を信じて生きているのか。
なぜならば、それ以外に唯一変化しないものはないと考えるからです。
地球上のありとあらゆるものが、変化し続けているなかで、その変化に翻弄され悩む人間には、心の拠り所が必要だと思います。
信じるものを失った若者が増えていったら、犯罪が増えていきます。
宗教と密接な関係がある国は、神様がみていることで、へたなことはできないし、安心感を得ている気がします。
そういった信仰心が、土台となっていることはとても心強いことでしょう。
その点、日本は、そういった慣習を嫌う傾向が強いので、自分を見失ったらけっこう抜け出しにくいです。
そこで、神のかわりに、真の自分をみつけて強く信じるということ。
その強さと日本人の美しさが融合された時、世界に負けない日本人が生まれてくるのでしょう。


とりあえず、足つぼでも押しておきましょう!




