家族間で「のこす」義務?その② ~親子間の場合~|カナダで暮らす-エステート・プラニング入門【第11話】
「子供はすでに独立し、経済的にも成功しているので、私の遺産は全て支援したいチャリティーに残したいと考えています。」
前号でもお話したように、オンタリオ州には、日本の「遺留分(いりゅうぶん)」(一定の法定相続人の最低限の相続財産を確保する権利)に相当する制度はありません。では、前述の相談者は、「遺言の自由」の下、子供に遺産を残さないという遺言内容を実現することができるでしょうか。
「扶養者手当請求」による法的救済
オンタリオ州では、故人の子供に十分な遺産が残されていない場合、その子供が故人の「扶養家族(Dependant)」であると認められれば、故人の遺産から扶養者手当てを受け取ることができます。この扶養者の権利は、遺言内容より優先し、「扶養者手当請求 – Dependant’s Support Claim」という裁判手続きをプロベイト(Probate*詳しくは本欄2018年9月号を参照)の完了日から6ヶ月以内に開始しなければなりません。
残された子供が「扶養家族」であるか
残された子供が、「扶養家族」と認められるためには、請求権者が故人の「子供」であるだけではなく、故人がその子供に対して、①亡くなる直前までその子供を援助していた、もしくは、②援助する法的義務を負っていたことを確立しなければなりません。そのための判断材料として、裁判所は、その子供の年齢や社会的・経済的状況を中心に、個々の事情を照らして考慮します。
子供の年齢
故人が未成年の子を残して亡くなった場合、生前の子供の扶養義務は、死後もそのまま継続されます。ちなみに、子供が未成年の場合、未成年者の財産権を監督する州政府機関である、Office of Children’s Lawyer(子供用公選弁護人事務所)が、未成年の子に代わり、扶養者手当請求を申し立てることがあります。
子供の経済的・社会的状況
残された子供が成人していても、その子供の置かれている経済的・社会的状況により、扶養者手当の請求が認められることもあります。例えば、その子供が大学生で、学費や生活費などの経済的支援を引き続き必要とする場合や、子供が、精神的・身体的障害を抱え、故人の財産に生活を依存していた場合などがこれにあたります。また、残された成人した子供に財産管理能力がない場合、オンタリオ州政府機関である、公的後見人・管財人事務所(Office of Public Guardian and Trustee)が、その子供に代わり、扶養者手当請求を行うこともあります。
子供が「扶養家族」でなければ、残す義務はない
オンタリオ州では、残された子供が、「扶養家族」である資格を満たさない限り、親が遺産を残す義務はありません。同州の裁判所はこの原則を一貫して適用し、「遺言の自由」を尊重してきました。
したがって、前述の相談者の質問の場合、残された子供が成年で経済的に独立していれば、遺産をチャリティーだけに残すという遺言内容は、実現可能だといえます。ちなみに、同じカナダでも、オンタリオ州とは対照的に、ブリティッシュ・コロンビア州では、日本の遺留分制度に似た法律が制定されており、このような遺言内容は実現できない可能性があります。
子供から親へ残す義務も
なお、親子間で遺産を残す義務は、親から子供へ残す関係だけに限りません。もし、成人した子供が高齢の親を経済的に援助して亡くなった場合には、残された親が子供の遺産に対し、扶養者手当てを請求するケースもあります。これは、「扶養家族」としての請求資格を持つ者の中に、故人の「子供」や、「配偶者」(法律婚・事実婚を含む)だけではなく故人の「親」や「兄弟姉妹」そして「孫」も含まれるためです。社会の高齢化に伴い、今後も、このような子供と高齢となった親との間や、兄弟間での扶養者手当請求の申し立てが増えることが予想されます。
残さないと決める前に
親子関係の悪化をはじめ、子供への生前贈与や、子供の経済的自立など、何らかの事情で子供に遺産を「残さない」遺言書を作成する場合は、死後に遺言内容を実現する為に、まず自分にどのような扶養義務があるかを十分に理解し、子供に遺産を残さない理由をしっかりと書面で説明しておくことが大切です。
【おことわり】このコラムは、オンタリオ州法に関する一般情報の提供のみを目的とし、著者による法的助言を意図したものではありません。
スミス希美(のぞみ)
福岡県出身。ミシサガ市パレット・ヴァロ法律事務所、オンタリオ州弁護士。中央大学法学部卒業後、トロント大学ロースクールに留学しカナダ法を学ぶ。相続・信託法専門。主に、遺言書や委任状の作成、信託設立などのエステートプラニングや、プロベイト等の相続手続を中心とした法律業務に従事。日本とカナダ間で生じる相続問題に詳しい。