遺産をどうのこす? ~遺言による信託の活用~|カナダで暮らす-エステート・プラニング入門【第12話】
信託(トラスト)って何?
「信託 – Trust」とは、あなた(委託者 – Settlor)が信頼する人(受託者- Trustee)に、あなたの財産を託し、あなたの定める目的の下、管理・運営を委ね、財産から生じた利益をあなたが指定する人(受益者- Beneficiary)に与える法的仕組みのことをいいます。
「遺言による信託」とは、この信託の仕組みが遺言書の中で設定されたものです。遺言者に指名された受託者は、遺産の一部を信託財産として管理・運営し、指定された相続人は、受益者として、信託財産の恩恵を受けることができます。
それでは、カナダの遺言書でよく利用される信託の種類をご紹介します。
①子供や孫のための信託
(Trusts for Children and Grandchildren)
遺言による信託で最も一般的なのが、お子さんやお孫さん用の信託です。オンタリオ州では、18歳未満の未成年の相続人は、法的能力を有しないため、遺産金を受け取ることができないことから、未成年に遺産がのこされた場合は、成年に達するまで、その相続人の相続財産を信託に入れて、管理・運用されるという、未成年者用の信託を遺言書で設定します。
ただ、この18歳という年齢が、大きなお金を手にするには早すぎるという理由で、多くの人が25歳頃の、経済的感覚を身に付ける年齢を遺産金の最終的な支払いの年齢とすることができます。なお、信託の終了までは、受託人の裁量で、相続人の教育費や生活費などが信託財産から支払うことができる等、信託の内容を柔軟に設定することができます。
②配偶者信託
(Spousal Trust)
配偶者信託は、残されたパートナーが生きている間は、遺言者の死後も安定した生活を送れるように、遺産を信託財産として管理・運用、その財産から得られる利益を残されたパートナーが受け取り、残されたパートナーが亡くなると、指名する相続人の間で、信託財産の残りを分配するというものです。
この信託は特に、再婚同士の夫婦の間でよく利用され、遺産から残されたパートナーの生活を支援しながら、最終的には、前のパートナーとの子供たちに遺産をのこすことが可能になります。
③障害者扶養信託
(通称 Henson Trust)
オンタリオ州では、障害支援手当(Ontario Disability Support Program、通称「ODSP」)の受給者が、比較的大きな額の相続金を受け取った場合、限度を超える収入を得たとみなされ、手当が打ち切られることがあります。このような事態を防ぐため、ODSP受給者を相続人にする場合は、遺言書の中で、障害者扶養信託の設立が必要となり、オンタリオ州では、別名「ヘンソン・トラスト- Henson Trust」として知られています。
障害者扶養信託では、受託人が相続金を信託財産として管理し、ODSPの受給資格に配慮しながら、信託財産の中から、相続人の生活支援や福祉向上を目的としたお金を使うことが許されています。
④個人の事情に対応した信託
その他、相続人は浪費癖が強い、財産管理能力に乏しい、アルコールや薬物依存症に苦しむ、相続人の配偶者が気にかかる、年金のような形で安定した収入を継続的に与えたい等、相続人の事情に応じて、お金の渡し方や管理のしかたなどを考慮しながら、信託を設定することが可能です。
遺言による信託の利点・難点
遺言による信託の利点は、相続人に相続金の一括での支払いに比べ、遺産の行方にあなたの希望がある程度反映されるということです。また、信託財産は、相続人が債務を抱えた際に、債権回収の対象財産にならないことや、婚姻関係の破綻による財産分与の対象外になることなどがあげられます。
一方で、信託の管理にかかる諸経費(税金や維持費等)や、長期的な財産管理が必要になります。遺言による信託を検討する際には、あなたと相続人の事情に応じて、税的・法的アドバイスを受ける必要があります。
今年一年、本コラムをご愛読いただきありがとうございました。それでは皆さん、どうぞ良いお年をお迎えください。来年もよろしくお願い申し上げます。
【おことわり】このコラムは、オンタリオ州法に関する一般情報の提供のみを目的とし、著者による法的助言を意図したものではありません。
スミス希美(のぞみ)
福岡県出身。ミシサガ市パレット・ヴァロ法律事務所、オンタリオ州弁護士。中央大学法学部卒業後、トロント大学ロースクールに留学しカナダ法を学ぶ。相続・信託法専門。主に、遺言書や委任状の作成、信託設立などのエステートプラニングや、プロベイト等の相続手続を中心とした法律業務に従事。日本とカナダ間で生じる相続問題に詳しい。