障害をもつお子さんへの相続を考える|カナダで暮らす-エステート・プラニング入門【第16話】
相続を受けると手当てが打ち切りに?
オンタリオ州では、障害支援プログラム(Ontario Disability Support Program – 「ODSP」と略す)から手当てを受給する人が、比較的大きな額の相続金を受け取った場合、受給資格の限度額を超える収入を得たとみなされ、手当てが打ち切られることがあります。このような事態を防ぐため、ODSP受給者に遺産をのこす場合は、遺言書の中で、障害者扶養を目的とした信託の設立が必要となり、オンタリオ州では、通称「ヘンソン・トラスト- Henson Trust」として知られています。
ヘンソン家がのこした思いやり
この「ヘンソン・トラスト」という信託の名前は、オンタリオ州グエルフ在住の、故レオナルド・ヘンソン氏が、障害をもつ娘のために遺産をのこしながらも娘のODSPが継続されるよう、工夫を凝らした信託を遺言書の中で設立したことに由来します。ヘンソン氏の死後、オンタリオ州政府は、この娘のために設立された信託が、ODSP規則で定める受給者の「資産」とみなし、手当ての支給を打ち切ったため、同州政府と裁判になりましたが、結果的に、ヘンソン家の勝訴が確定。無事に娘のODSPが守られたのです。この判決以降、ODSP受給者の扶養を目的とした遺言書の中で設立される信託が、「ヘンソン・トラスト」と呼ばれるようになりました。
事前の対策~ヘンソン・トラストって何?
ヘンソン・トラストとは、ODSP受給者で障害をもつ相続人のために設立された特別な種類の信託を指します。この信託では、相続金の管理人である受託人(Trustee)が相続金を信託財産として管理し、ODSPの受給資格に十分配慮しながら、信託財産の中から、受託人の絶対的裁量で、相続人の生活支援や福祉向上を目的としたお金の使い方が許されています。具体的には、信託財産の中から、相続人のために、一定額の現金(2019年3月現在で、年間1万ドルが上限)を与えることができるほか、相続人の生活の質の向上のためにお金を使うことができます。
また、ヘンソン・トラストは、相続人が死亡すると信託が終了し、そのときに信託に残金があれば、指名された最終的な相続人の間で、分け合うことになります。最終的な相続人は、ODSP受給者の子供や、ご兄弟、もしくは、チャリティーなど、遺言者が遺言作成時に設定しなければなりません。ちなみに、ヘンソン・トラストは、遺産金だけではなく、生命保険金についても、保険金の受取人がODSP受給者の場合にも、同様の信託を設立することができます。
事後の対策~ODSPの受給者が相続を受けた場合
現在の州の規則では、ODSP受給者は、他の許容資産と合わせ、相続金や生命保険金の受け取りは、4万ドルまでは信託を設立しなくても受け取ることができることになっています(2019年3月時点)。もし受取額が許容資産額を超えた場合は、相続金の小切手をすぐにデポジットせず、速やかに専門の弁護士に相談し、相続を受けた後でも設立できる、ODSPの規則上認められている「相続金信託(Inheritance Trust)」を設立する必要があります。ただし、この相続金信託では、信託の資本額は10万ドルを上限とし、信託金の使用目的に一定の制限があります。
事前の対策でスムーズな相続を
信託の資本金額に上限がある「相続金信託」に比べ、ヘンソン・トラストは、信託の資本金額は無制限です。また、遺言書の中で、誰が受託人(Trustee)として信託金を管理し、障害をもつ相続人のためにお金を使い、その相続人が死亡した場合には、最終的に誰が信託財産の残金を受け取るかまで、総括的なプランが明記されています。
遺言者ご本人の希望を反映できるだけではなく、残されたご家族にとっても、後から慌てて対応する必要もなく、比較的スムーズに事が運びます。このように、障害をもつお子さんやお孫さんへの相続対策として、ヘンソン・トラストは、有用なプランとなるでしょう。
[おことわり] このコラムは、オンタリオ州法に関する一般情報の提供のみを目的とし、著者による法的助言を意図したものではありません。
スミス希美(のぞみ)
福岡県出身。ミシサガ市パレット・ヴァロ法律事務所、オンタリオ州弁護士。中央大学法学部卒業後、トロント大学ロースクールに留学しカナダ法を学ぶ。相続・信託法専門。主に、遺言書や委任状の作成、信託設立などのエステートプラニングや、プロベイト等の相続手続を中心とした法律業務に従事。日本とカナダ間で生じる相続問題に詳しい。