花澤靖弘社長 インタビュー | カナダ・シュワシュワドリンク特集
“日本を代表するプレミアム・ビールSAPPOROと、カナダ各地域の特徴あるクラフトビール・ブランドを伴わせて展開し、北米市場でさらなる進化を遂げる”
日本のビール市場をリードするサッポロビールは、2006年8月、カナダの大手ビール会社であるSleeman Breweries Ltd.を買収して以来、10年に渡り同社の売り上げを拡大し、成長を遂げている。読者の皆さんもここトロントで良く見かける“SAPPORO”ビールは、トロントから西へ車で1時間半ほどの場所にあるゲルフの工場で生産されている。その製品は、カナダのみならず、アメリカ市場にも輸出されており、北米市場で27年連続アジアビールNo.1という素晴らしい業績を誇っている。
今回編集部では、昨年ベトナムからカナダに赴任された花澤靖弘社長に、カナダ市場の特徴や、“SAPPORO”ビールの人気の秘密、スリーマン社が展開する各クラフトビール・ブランドの特徴、さらにはグローバル市場で大きな変化を遂げているビール業界の行方などについてお話を伺った。
サッポログループによる買収に至るスリーマン社の歴史を教えてください。
スリーマン社はイギリス系移民により1834に創業しましたが、禁酒法時代の密輸等により、営業停止処分を受けました。禁酒法が解かれた後、約50年間の営業停止期間を経て、ジョン・スリーマンがオリジナルのレシピブックをベースに1988年に“Sleeman”を復活させました。その後、ブリティッシュ・コロンビア州の“Okanagan Spring”、ケベック州の“UNIBROUE”などカナダ各地のクラフト・ビール会社を買収しながら成長を遂げてきました。サッポログループとスリーマン社は、アメリカ市場向けの“SAPPORO”ビールの委託生産という業務上の付き合いがあり、2006年にサッポログループによるスリーマン社の買収に至りました。
スリーマン社は多くのブランドをお持ちですが、どのような特徴や強みが多民族国家であるカナダに受け入れられていると思いますか?
代表的なブランドとして、”SAPPORO””Sleeman””UNI-BROUE””Okanagan Spring”を持ち、更にもともとアメリカのブランドであった”Pabst Blue Ribbon””Old Miwaukee”があります。
みなさんもよくご存知の日本の”SAPPORO”、オンタリオ発祥のビールで、イギリス系移民一族のスリーマンがカナダで創業した”Sleeman”、そしてケベック州のクラフトビール・ブランドである ”UNIBROUE”は、二次発酵が特徴で、芳醇な甘みが口に広がるベルギータイプのビールです。また”Okanagan Spring”はブリティッシュ・コロンビア州のクラフトビールで、創業者がドイツ系移民ということもあり、ドイツ系のビール仕立てとなっています。このようにベルギー、ドイツ、そしてアメリカといったビールを揃え、カナダ各地域で特徴あるビールを製造しています。その特徴を最大限に活かしながら、商品の種類を増やし、様々な消費者の嗜好や要望に応えられるビールを提供していることが強みにつながっていると考えております。
花澤社長は、農学部のご出身とお聞きしました。作り手としてもスペシャリストであるご自身の目線から、スリーマン社のビールはどのような特徴を感じますか?
“SAPPORO”は、味の純粋性を常に追求し、雑味のないビールを目指しています。最近フードとのペアリングなどでのブランディングが話題のケベック州発祥の“UNIBROUE”は二次発酵のベルギータイプのビールで、コクや甘みがあり、非常に特徴的な味わいのある飲みやすいビールです。季節のフルーツに合わせた様々な味を販売しており、女性ファンも多いと思います。
最近はよく低カロリーや糖質オフといった機能性ビールも見かけるようになってきましたが、どのようにお考えでしょうか。
当社では、「スリーマンクリア」という低カロリー商品を、カナダで最初に販売し始めました。グルテンフリーやサイダーなども今後の視野に入れています。そういった機能系ビールはトロント、モントリオールやバンクーバーのような都心部で売れる傾向があります。アメリカでもそうですが、インポート・ビールやクラフト・ビールなどは、両海岸線に売れる傾向があります。ビールに限らず多様なものが入ってくるため、受け入れやすいのでしょう。ただ、ブランド数や選択肢が増えると競争が激しくなると思われがちですが、実はしばらくすると消費者は定番回帰するという傾向があります。
ビール業界についてお聞かせください。日本のビール市場は縮小傾向にありますが、カナダ市場はいかがでしょうか?
現在、カナダの総需要は10年を通して横ばいにあります。人口は移民の関係もあり、徐々に増えているのですが、一人当たりのビール消費量は減少傾向にあります。この要因はビールを嗜まなくなったというよりは、人口の人種構成、ビールを飲まないアジアや中東の人口が増えている、というところにあると思います。アジア系とヨーロッパ系の一人当たりのビールの消費量を比べると、ヨーロッパの方が断然多いということもあり、アジア系・中東系の人が増えるとビールの消費量自体は減少に動くという傾向だと思います。
また特にトロントなど冬が長い地域でのビール消費量は目を見張るものがあります。夏のビール志向はもちろんですが、冬は自宅での消費も非常に多いというのが特徴的です。
花澤社長は日本から工場の設立のためベトナムに赴任し、昨年カナダにいらっしゃいましたが、こちらに赴任されておよそ1年半が経過しました。両国の違いをどのように感じましたか?
ベトナムの中でも北と南では大きく違いますが、ベトナムは日本に近い感じで、言語もベトナム語しか話さない方が多いので、どちらかといえば単一民族で、多民族な感じではないですね。そういった意味では、カナダは見るからに母体や出身が違う集まりという移民都市、多民族都市ですので、消費者の嗜好や特性なども大きく違いを感じます。
カナダ市場のなかで、“SAPPORO”ビールが数年の間で多くの消費者の手に届くようになった要因は何でしょうか?
スリーマン社はもともとカナダに基盤があるため、そのセールスネットワークや販路・流通を利用でき、日系・アジア系を超えた、全カナダへとターゲットを広げることが可能でした。昨今は特に、種類多く取り揃えるお店が増えていますので、多くの種類があるビールの中から“SAPPORO”ブランドを選んでいただけるように様々なブランド戦略を行っております。
日系・アジア系以外のレストランやパブでも“SAPPORO”ビールに出会う機会が増えてきましたが、数多くのビールブランドがある中で、ローカルの方々に対して、どのように魅力を伝えているのでしょうか?
当社のセールスチームは、白人系のカナダ人やヨーロッパ系移民で構成されています。当社が持つ販売網を活かして、彼ら自身が“SAPPORO”の魅力、味の特徴などを積極的に案内するというのはインパクトがあります。
“SAPPORO”ビールのコマーシャルは特徴的で大きな話題を呼びました。花澤社長が考えるカナダにおける“SAPPORO”ブランドはどのようなものでしょうか?
“Legendary Biru”(注1)というキャッチコピーのコマーシャルは大きな反響を得ることができました。あのテレビコマーシャルの特徴は、カナダ人が思い描く日本のイメージを取り込んでいます。日本人が思い描く現実の日本と、カナダ人が考える日本のイメージには当然ながらギャップがありますので、出来る限りマーケティングメンバーであるカナダ人の意見を尊重しています。カナダ人からみて日本の文字は、〝クール〟なデザインであるという意見からプレミアムビールという文字をあえてカタカナで缶の上に入れるなど、スタイリッシュな日本が伝わるような印象深いものに仕上がっています。
【注1】“Legendary Biru” サッポロビールの製造過程を日本文化の象徴と合わせ、独自に表現したコマーシャルのキャッチコピー。2010年、Return On Integration(ROI)Awards 最優秀賞を受賞する。
新たなコマーシャルを制作中とお聞きしました。“SAPPORO”ブランドはどのように発展していくのでしょうか?
現在に至るまでに、カナダの中でのブランドイメージを作り上げることはできたと思います。“Legendary Biru”というキャッチコピーをコンセプトに、引き続き“SAPPPORO”という日本のブランドと、日本に対して思い浮ぶクールなイメージと結びつけていきたいと考えています。日本人が考える日本のイメージとは少し違うものかもしれませんが、日本の良さを残しながら、ヨーロピアンやメキシカンなどのインポート・ブランドなどに競合できるように力を入れていきます。
他にも、ブランドコンセプトにマッチする様々なイベントに協賛しています。“SAPPORO”としては、トロントの「Electric Island」(注2)というイベントに、過去4回協賛しています。モントリオールでは、「Igloo Fest」(注3)が協賛しているイベントの中では一番大きいです。ちなみに会社全体としては、本社があるゲルフにスリーマンセンターという競技場を持ち、アイスホッケーチームへのスポンサーや様々なイベントに協賛し、地域に貢献しています。
【注2】Electric Island:トロントアイランドで毎年8月に行われている野外フェスティバル。
【注3】Igloo Fest:モントリオールで毎年1月・2月に開催される大型野外フェスティバル。Iglooはエスキモーの言葉で家のことを表す。
昨年後半にはビール世界最大手のアンハイザー・ブッシュ・インベブ(ベルギー)が、2位の英SABミラーを買収することが大きな話題となりました。グローバル市場で競争が激化する中で、サッポログループおよびスリーマン社の北米戦略はどのようなものになっていくのでしょうか?
日本のビール市場規模は、1990年代がピークで、現在はピーク時と比較すると25%も下がっています。それに加えて人口が減り始めているため、回復する可能性が低く、微減していくであろうと言われています。日本のビール市場が縮小するといった中で、ビール会社は海外に目を向けている傾向にあります。その中で、北米市場は、人口規模が大きく、所得水準や販売するビールの単価が高いことから、ビジネスの成長要素がたくさんあり、アメリカやカナダ市場は当社にとって非常に重要な位置づけにあります。一方で東南アジアは人口が増えており、若年層も増え、ビール消費量も増えています。私が工場設立で赴任していたベトナムを中心に、将来的に見れば東南アジア市場も期待できると考えております。
我々としては、戦略市場であるオンタリオ州、ケベック州、アルバータ州、ブリティッシュ・コロンビア州における成長に一段と力を入れて、確固たる地位を築いていくとともに、北米市場全体でもアジア系移民が増えてきているので、それらの地域でアジア系市場に“SAPPORO”ブランドを浸透させていきたいです。またアメリカ市場の中では、クラフト・ビールを造る小規模な会社が増えており、数年後には5000社にもなると言われています。アメリカほどではないですが、カナダでも政府のサポートなどによってクラフト・ビールの創業が増えています。これらの環境とも向き合いながら商品展開や戦略を考えていかなければなりません。
カナダに赴任されてから、花澤社長が力を入れて来たことやスリーマン社の良さを感じる点を教えてください。
一つはこのスリーマン社がサッポログループの中で重要な役割を担っているのだと、社員に出来る限り数字を共有しながら伝えています。2006年に買収してから10年間、数量は1.5倍、利益は2.7倍と、サッポログループによってスリーマン社が買収されてから、同社は成長を遂げています。また例えば“Okanagan Spring”では、創業者のご子息が現在、ビール醸造責任者であるBrew masterとなり、その味やブランドを引き継いでおります。人財を大切に尊重するというのも当社の良さの一つです。
“SAPPORO”ブランド、およびスリーマン社のビールを愛する日本人読者の皆さんにメッセージをお願いします。
この1〜2年の間でも日本食レストランはどんどん増えてきております。我々も“SAPPORO”のブランディングを通して日本のイメージの発展や日本人気に少しでも寄与していきたいと思っております。またスリーマン社のビールはカナダの地域の特徴に合わせた特色ある味わいが楽しめます。シチュエーションに合わせて是非お試しいただければ嬉しく思います。