再びラブラドールへ(1)— クルーズ船で秘境を目指す | 紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第19回
ラブラドールのレッドベイ(Red Bay)からメリーズハーバー(Mary’s Harbour)へ車で行った(2017年9月号記)のが私のカナダ北限だった。あのときいつかもっと奥地へ行こうと心に決めていた。そして実現の日が!カナダ西部ほどきらびやかに観光地化していない東部のニューファンドランド・ラブラドール州、なかでも私はラブラドールの秘境に魅せられている。単純なたとえでいうなら金閣寺よりも銀閣寺、だろうか。
ラブラドール地域はニューファンドランド・ラブラドール州の71%を占めるが人口はニューファンドランド島に密集しているため州の8%と少ない。北部はヌナチアヴット(Nunatsiavut)自治区として2006年に成立。私の最終目的地トーンガット・マウンテンズ(Torngat Mountains National Park)はそのなかにある。行くまでの道のりは遠い。地質学者にとって楽天地でもあるトーンガットへはチャーター機で飛ぶか地元のイヌイットのガイドがないと行けない。そこで、州の首都セントジョンズ(St.Johns)港からクルーズ船が出ると知り、そのチャンスに飛びつく。クルーズ船と聞けばカリブ海の方へ航海するビルのようなファンタジーシップを思い浮かべる人もいると思うが、乗客約200人のこの中型船は趣向が全く違う。同行しているのは作家、芸術、彫刻、写真、地質、生物、音楽などの専門家で彼等によるセミナーやワークショップに参加しながらニューファンドランド・ラブラドールの文化や歴史を航海中に学ぶのが活動の一部になっている。なかにはラブラドールに住むイヌイットが文化講師として数人乗っている。これでエクスペデイションの準備は完璧だ。
北極圏を安全に操縦するのはスロバキア人の船長、料理長はフランス人、医師はブラジル人、客室長がドイツ人 ハウスメイドさん達はフィリピン人、船の停泊や上陸用のゴムボートへの移動を手伝うのは体格のいいアフリカ人、と一艘の船のなかで国際色豊かだ。乗客のメインはカナダ人だがアメリカ人がそれに次ぎ、ヨーロッパ人も加わる。私のキャビンメイトは遥か彼方からやってきたオーストラリア人姉妹だった。食事、宿泊は総てこの船内で行われる。
St.Johnsを出航した船はパフィンの保護地区、エリストン(Elliston)に立ち寄る。カラフルでかわいいパフィンの姿をカメラに収めようと皆必死にシャッターをきる。私にとって2度目のバイキング基地、ランソーメドー(L’Ans aux Meadows 1000年頃)国定史跡(2017年8月号記)を最後に船はニューファンドランド島を離れ一路ラブラドール海峡を北上する。
早朝、最初の上陸地点、ワンダーストランド(Wonderstrand)に到着。ゴムボートで幻想的な深い霧をくぐってたどり着く未知の場所は私の知っている何処の場所とも結びつかない空間だった。民家もなく、もちろんトイレも無い。普通の地図にも載っていないラブラドールへのイントロ。長さは50キロ以上ある 前人未到の静けさと怪しさを秘めた最北の砂浜だ。だが陸では熊を威嚇する為の銃をもったイヌイットのメアリーが見張っている。高木は茂らないが、大昔にはあった木が今は漂白した残骸となって横たわっていた。想像を遥かに超えた自然の美を目前に呆然とする。
「氷山のため船は北上できないのでひとまず南へ戻り迂回します」と船内アナウンス。北極圏の旅はこんなハプニングもあり予定通りにはいかない。自由時間はラウンジでお茶を飲んで交流したり、読書したり、セミナーに出たりで時間は楽しく過ぎて行く。
次回のコラムで後述するが、ラブラドールは1782年以来ヨーロッパのモラビア教会(Moravian Church)の影響を強く受けている。カトリックに反対するプロテスタントの宗派で一番古いとされるドイツ拠点のキリスト教だ。いまでもラブラドールの人口約4万2千人のうちの87%がプロテスタントと言われる。立憲上の首都はホープデール(Hope Dale)だが行政は更に北のナイン(と発音する:Nain)で行われている。 向かうはホープデール。どんな出会いが私を待っているのか。
石原牧子
オンタリオ州政府機関でITマネジャーを経て独立。テレビカメラマン、映像作家、コラムライターとして活動。代表作にColonel’s Daugher (CBC Radio)、Generations(OMNITV)、The Last Chapter(TVF グランプリ・最優秀賞受賞)、写真個展『偶然と必然の間』東京、雑誌ビッツ『サンドウイッチのなかみ』。3.11震災ドキュメント“『長面』きえた故郷”は全国巡回上映中。PPOC正会員、日本FP協会会員。
www.nagatsurahomewithoutland.com