紀行家 石原牧子の思い切って『旅』 #10 ニューファンドランド・ラブラドール州(3)
第10回 ニューファンドランド・ラブラドール州(3)
世界文化遺産レッド・ベイ
バスク人捕鯨基地(Basque Whaling Station)
ラブラドールはその西側でケベック州とぴったり隣接しているにもかかわらず、ニューファンドランド島とは陸の接点がなく、アクセスは船か空路のみ。私達は世界遺産のランソー・メドー史跡(8月号参照)を後に、St.Barbe(セントバーブ港)から対岸のBlanc Sablon(ブラン・サブロン港)まで、36キロの距離をフェリーで渡る。世界遺産のRed Bay(レッド・ベイ)へは舗装された一本道を北へ走行すれば迷わず着くが、その前後にも面白い場所はここかしこに有るので見逃したくない。
小さな集落、L’Anse Amour(ランス・アモール)で目に留まるのは英国の海軍船艇HMS Raleigh号(ラレイ号)難破の看板。12000トンの軍艦が氷山にぶつかり真二つに裂けた1922年8月の大惨事が近海で起きた。瓦礫収集作業は数年かけて行われたが、赤く錆びた残骸がいまも生々しく岩に打ち上げられたまま。日本の海岸にはあり得ない光景だ。Point Amour Lighthouse(ポイント・アモール灯台)を登って高い所から見降ろすと視界の悪い霧の中の悲劇が想像できそう。
ラブラドール上陸の初日はL’Anse-au-Loup(ランソーループ)のB&Bに宿をとる。 家の前には広大な草原が180度広がる。大昔はニューファンドランンド北端のL’Anse aux Meadow(ランソー・メドー)と繋がっていたことを物語る。民家の洗濯物は草原を吹き抜ける風にパタパタと音をたてて眩しく輝く。そんなラブラドールの大自然の香りをいっぱい吸ったシーツに一日の疲れを落とす、なんと贅沢なことか。翌朝港へでてみたら、白いベルーガが漁獲船の下で戯れていた。ここの漁師達となじみなのかもしれない。
車は海岸線を北上し、いよいよ世界遺産のレッド・ベイへ。ここは16世紀に数多くあった捕鯨基地や鯨精脂工場のなかでも代表的な場所として歴史的価値がある。16世紀は捕鯨の全盛期でヨーロッパでは鯨の油の需要が多かった。およそ2000人ほどのバスク人達がヨーロッパとラブラドール地域を往来したといわれる。バスクとは今のフランスとスペインにまたがるビスケー湾に面した地域のこと。バスク人が捕獲した鯨は食用のほか、脂は精製されランプ燃料、円滑油、塗料、石けんの材料として価値があった。鯨の人口が減少するまでの約70年間活動は続く。博物館には当時のバスク人男性の実物大があるが、小柄なのに驚く。当時の商船の模型や捕鯨技術資料などもあり面白い。鯨に近づくのに用いられたボートの再現されたものや捕鯨活動の壁画がある。ちなみにレッド・ベイが世界文化遺産になったのは日本の富士山が文化遺産に登録されたのと同年の2013年。
レッド・ベイから北は道路が舗装されていない。赤い岩肌と残雪を横目に約一時間かけてMary’s Harbour(メリーズ港)まで行く。ここは蟹工船が多く停泊し、近代的加工工場もある。そこで出会った、まさかの日本人。日本の漁業会社から 単身赴任して来ているという若い男性。彼も私が日本人と知り、目を丸くして驚いていた。観光地化されていないこの村は彼に取って最果ての地なのかも。日本に限らず海外に出荷する蟹の選定をしているという。いい資源のあるところに日本人ありき、なのだ。ニューファンドランドをドライブ中、港々で私達がラッキーだったように、ここでもボイル済みの蟹を2匹いただくことになった。蟹の殻を小さな岩で砕き、海の見える所でまさに外食した。大好物の蟹に私のお腹は大満足。
町外れにWhite Water Fallsの看板があった。トレイルを入ってみる。ゴーゴーとかすかに聞こえてくる唸り声がしだいに大きくなり私の耳を占領する。真っ白な激しい水しぶきをあげて上から雪解けの水が止めどなく落ちてくる。大きな滝だ。声がかき消される。ただじっと静かに自然の唸りに耳を傾けた。こんな滝を鮭は上るのだろうか。霧のような水しぶきがここちよく、あえて濡れてみる。いつかラブラドールの奥地までいってみよう。
石原牧子
オンタリオ州政府機関でITマネジャーを経て独立。テレビカメラマン、映像作家、コラムライターとして活動。代表作にColonel’s Daugher (CBC Radio)、Generations(OMNITV)、The Last Chapter(TVF グランプリ・最優秀賞受賞)、写真個展『偶然と必然の間』東京、雑誌ビッツ『サンドウイッチのなかみ』。3.11震災ドキュメント“『長面』きえた故郷”は全国巡回上映中。PPOC正会員、日本FP協会会員。
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