エアカナダ アジア セールス・マネージャーマーク橋本さん インタビュー|特集「憧れ・出会い・交流 ニッカナインティー」
カナダで生まれ育ち、大学卒業後に京都の一流旅館で3年間修行を積み、日本の伝統・文化の奥深さに目覚める。現在はエアカナダで真の日本とカナダの架け橋になるべく訪日客誘致に力を入れ全国を飛び回る。
現在エアカナダで働くマーク橋本さんは、トロントで懐石料理店を営む日本人のご両親のもとで生まれ育った。幼い頃から常に日本の食文化や伝統に触れる環境で育ち、大学卒業後に3年間京都の一流旅館で修行を積んだという。帰国後は、エアカナダに就職し、現在はアジア地域担当のマネージャーとしてイベントなどでカナダ各地を飛び回っている。流暢に日本語・英語の二ヶ国語を操り、かつてはテレビでMCとして活躍していたこともあるなど、昔から日本とカナダの架け橋として活動熱心だ。
ー生まれも育ちもカナダにも関わらず日本語も流暢でなおかつ振る舞いも日本的なマークさんですが、子ども時代を教えてください。
小さい頃は家にワーキングホリデーで来た日本人が住んでいて、一緒にビデオを見たり、本を読んでもらったりして過ごしました。海外にいると日本語に触れ続けることは難しいですが、弟を含め、私達が日本語を喋れるのは、このような環境がバックグラウンドにあるからで、すごく恵まれていたなと思います。
海外になると兄弟同士では英語、親とは日本語という家庭も多い中、私の場合は弟とも会話やテキストメッセージはいまだにお互い日本語でやり取りをしています。
ー日本のカルチャーやトレンドに傾倒したきっかけを教えてください。
日本語を学ぶ国語教室時代の友人と高校生の時に再会し、彼からJポップを聴かせてもらい、音楽番組のビデオを毎日借りては見ての生活を送りました。父も音楽をやっていたので、橋本家の中に日本の音楽はルーツとしてあったのかもしれません。
Jポップから始まって日本の文化に少しずつ興味が湧いてきました。
ーお店を営むご両親から日本の伝統文化を積極的に学んで欲しいといったことはありましたか?
そこに関しては全くなく、自由でした。ただ、いつも父のお店を手伝っていて、両親から料理について日本語で説明を受け、英語でサーブや説明をするというのが私の仕事でした。ですが、その通訳としての仕事を続けているうちに、葛藤が出てきてしまって…。自分が体験して得た知識を伝えているのではなく、ただ聞いたままを伝えているだけだから、自分の言葉や本物の言葉で喋れていないことに気づき始めました。
当時は大学に通いながらテレビ局の日本語放送番組でコミュニティ・レポーターとしても働いていて激忙だったこともあり、大学卒業を機に全てをリセットしようと考えた末に京都にある老舗旅館で修行することを決めました。
ー京都での生活はいかがでしたか?
京都に行くと決めた日から3年間で何を勉強し、修行するか、日本のおもてなしやお茶、習字、華道などやりたいことをリストアップしていました。
京都の中でもトップのおもてなしを誇る老舗と聞いていたので、カナダ育ちの僕の考えとしては、みんながウェルカムで手取り足取り教えてくれるものだと思っていたのですが、初日の自己紹介をしたときからシーンとした空気で居心地が悪くて…。他のスタッフと英語で会話をしていると長く働く先輩から〝英語を話すのはお客様とだけでいい〟と注意されるなど、思い描いていた日本のおもてなしに疑念を持ちました。落ち込んだ私を見た親方から「まずは辛抱をして、言われたことを一生懸命ずっとやっていれば、ちゃんと認めてもらえるから。認めてもらえるまでは、嫌でもとりあえずやること。」と励ましてもらいました。
その時にやり続けようと決め、半年ぐらい過ぎた頃、厳しいことを言う先輩がさりげなく「ねえマーク、これ英語でなんていうの?」と質問をしてくれました。気づくとそのうち他のみんなも話かけてくれたり、笑顔をもっと見せてくれたりするようになりました。その時、ようやく受け入れてもらえたのだなと感じることができました。
ー周りから認められて新たなスタートを切ってからはいかがでしたか?
自分の顔は日本人だし、日本語は話せる。けれど、生まれも育ちも海外で、少し日本人とは違うというのを理解してもらってからは、カナディアン・アピールをするようにしました。ミーティングで社長が意見を求めた時も、影ではみんな色々言っているのにいざとなると誰も答える様子がない…。ある時みんなの意見を代弁して発言したことによって、働く環境も少しずつ変えていくことができたので、少しは役に立てたかなと思っています。
また、お茶を習い始めましたがそれは私にとって新たな発見でした。
旅館という古い空間での作法は、お茶の文化から来ていると感じたからです。お茶を習うことによって道具の扱い方はもちろん、作法や畳の上でのマナーを学ぶことができるし、そこから和の文化は枝分かれしていると思うのです。気がついたら毎日、仕事プラス稽古があって、自分のプライベートの時間は全くありませんでした。でも、それはそれで楽しくて…。京都人以上に京都を知ろうという思いで、すごく充実した3年間になりました。
ー京都の文化に触れることで自分自身の考え方に変化はありましたか?
辛かったこともありましたが、その厳しさこそが、その旅館が長年続いている所以だと感じました。日本でも、京都は別格だと言うじゃないですか。それは、それぞれの家庭、家業が長年続けて来たことをそう簡単に他人には教えない、認められた者はそこの看板を背負っていくという責任を感じなくてはいけないというのがあると思います。このことを肌で感じたので、カナダで試行錯誤しながらお店を続けてきた父が、家族のみで経営していこうとする気持ちが良く理解できるようになりました。
ーカナダに戻ってきてからのストーリーを教えてください。
またテレビの世界に戻り、日本で経験してきたことを発信していきたいと期待して帰国し、エンターテインメント番組で司会を務めましたが番組は1年間で終わってしまいました。
しかし番組をきっかけにエアカナダでフライトアテンダントの求人があることを教えてもらい、憧れの仕事だったので応募したのですが人員の関係もあり、まずコールセンターで採用され働きました。あらためてフライトアテンダントの募集がかかったタイミングでマネージャーに気持ちを伝えたところ、フライトアテンダントは家にいないことも多く、結婚して子供ができたばかりの当時の私には向かないので止めた方が良いと説得されました。
せっかくエアカナダに入社して、夢であるフライトアテンダントに近付けたのに諦めなくてはいけない現実に、落ち込んだ時もありました。そんな中、今のボスに日本人のスタッフを探していると声をかけていただき、現在に至っています。
ー背景には訪日観光客の増加、日本政府の誘致への取り組みなどの影響があったのでしょうか?
実際にボスから聞いたわけではないですが、これまで一人もいなかった日本人が入ることによって変化があるだろうと予想はしていたと思います。だからこそ成績を上げなくてはいけないプレッシャーもありました。トロントにも日系の旅行会社はありますが、私がアグレッシブに取引をしようとしても、日本人には絶対に通用しないし、逆に引かれる可能性もあります。
そのことに気付けたのは私自身が日本に行った経験があったからでした。
なので、京都で3年間学んだことは、いま活かせていると思います。私はカナダの航空会社で働く日系カナディアンとして、日本とカナダとの架け橋になって、カナダの航空会社を日本人の方々にもっと利用してもらい、ビジネスをもっと深めていけるようになれたらと思っています。
ーカナダ人のインフルエンサーを東京や東北などに連れていく施策キャンペーンにも取り組まれていましたね。
私自身あまりツアーが好きではないので、だからこそどうしたら楽しい時間を過ごしてもらえるかを常に考えて企画を詰めました。毎回一番意識していることは、ツアーに参加される方が日本の何を知りたいか、何を見たいかです。日本を訪れたことのない人にとって東京や大阪、京都が日本のイメージであり、それ以外に何があるのかを考えます。直近が東北プロジェクトだったので震災後の復興という意味でも、日本のこれまで知られていなかった場所を紹介できる良いタイミングだと感じました。地方だからこそできる濃厚な体験をしてもらいたかったので、ある程度は事前に決めましたが、あとは行き当たりばったりで自分達が興味のある場所を体験することに決めました。
ービジネスを通じてこんな風に日本を発信できるようになるなんて素敵ですね。
正直私も今でも驚いています。私が今までやってきた仕事は、何かしらの形で日本と繋がることばかりでした。いつか、それらを上手くまとめて一つの形にできればいいなと思っていたのですが、今がそのチャンスだと感じていますし、ネットワークもどんどん広がっています。私自身で日本について発信できる環境にいるのでとてもエキサイティングな毎日です。
ーもっともっとアグレッシブに日本とカナダを繋げてください。
まだ自分でももっとできると思っています。カナダ国内を飛び回り、日本がどれだけ素晴らしい国なのか、セミナーなどを通して発信することが、私にとっては一番アグレッシブな方法ではないかと思うし、それが次の目標ですね。
ーマークさんにとって、日本はどういう国ですか?
あれだけ最初の半年間は辛い思いをしたにも関わらず、ホームシックにかかることは一度もありませんでした。やりたいことが全て京都で経験できて、居心地良く感じていました。逆にカナダに帰国してからホームシックになったくらいです。今でも「京都に戻る?」と言われたら、喜んで戻ると思います。それぐらい、自分の心に近い、〝ホーム〟だなと感じています。
ーでは、生まれ育ったカナダはどんな国ですか?
世界一マルチカルチャーな国だと思っています。様々な人種の人がいて、多様な考え方の人がいるからこそ考え方に制限もなく、自由に考えて意見を出し合ってみんなが納得できるような結果を出そうとします。そこで思うような結果が出なくても次に繋げていこうという柔軟性のある考え方がカナダでは構築されていると思います。
日本もカナダも平等に好きですね。カナダは隣のことは気にせず、フレキシブルな考え方を持つことができます。一方、日本は周りのことを気にして考え方や見方が狭くなってしまうこともあるけれど、日本ほど団結力のある国はないと思います。特に今年のように自然災害が立て続けに起きている中で、みんなで力を合わせて、他人でも家族のように意識して生きているというのは日本の素晴らしいところだと思います。