『聖の青春』森 義隆 監督インタビュー [トロント日本映画祭]
最後まで戦い抜いた一人の生涯に迫り、人間の生と死の本当の瞬間を描いた『聖の青春』
昨年日本で公開された将棋棋士の一生を描いた『聖の青春』は、主演の松山ケンイチさんが第59回ブルーリボン賞で主演男優賞を受賞するなど注目を集めた。6月11日(日)、森義隆監督が日系文化会館で開催された第6回トロント日本映画祭に招待され、その制作に隠されたお話などを伺った。
将棋士・村山聖さんを題材にした経緯を教えてください。
約8年前、あるプロデューサーに原作を読んでみないかと声をかけられたのがきっかけです。当時、僕が30歳くらいだったので29歳という若さで亡くなってしまった村山聖さんの生涯、彼の生き方が胸にささりました。そして、自分だったらどう感じるだろう、どう生きるだろう、ということを考えたくなり、映画化への企画が動き出しました。
公開までに8年の年月を費やしたそうですが、理由はなんだったのでしょうか?
大きな理由としては資金集めの面で苦労したということです。難航しながらも、村山聖さん自身の物語を広く知ってもらいたい、低予算でコンパクトにまとめてしまうのはとてももったいないと思っていたので、粘り強く周囲を巻き込んでいきました。同時に、時代の流れは変わり、将棋がインターネットで観戦、対戦できるようになるなど、将棋ファンの裾野も徐々に広がったことは追い風となったので、今から思えばそれは必要な時間だったと思っています。
主役を務めた松山ケンイチさんですが、今回はご自身から出演依頼があったとお伺いしました。
映画化に向けて動いている最中だった当時、松山さん自身が俳優として立ち止まった時期があったようで、役者として命を燃やし尽くすような、ターニングポイントとなるような、そんな役をずっと探し続けていた時に出会った作品の一つが『聖の青春』だったと聞いています。その頃すでに我々の制作側も動いていた時期で、松山さん側から主役の村山聖さんを是非演じたいと連絡がありました。実は、松山さんの名前はもともとキャスティング候補にも上がっていて、向こうからそういった話を持ちかけてくださったので、何か運命的なものを感じましたね。
クライマックスの対局シーンは、どのような準備をして臨まれましたか?
松山さん、羽生棋士役の東出さんには、実際の最終対局の棋譜をすべて暗記してもらい、初手から最後の「負けました」という瞬間まで、2台のカメラで二人の顔だけを撮影し続けました。これはとてもリスクのあること、勇気のいる選択でした。下手をすれば上っ面だけの対局シーンを長時間撮り続けることになるかもしれない。しかし、1ヵ月ちょっとの撮影期間の中で一番最後に残しておいたシーンだったので、彼ら自身がもう役として出来上がっており、撮影時には役者としてでなく、本人としてそこに佇んでいましたね。彼らは棋譜を暗記していましたが、それが一切感じられず、そんな彼らに驚きながら2時間半に渡るワンカット撮影を終えました。
撮影を通じて監督ご自身の想いの変化はありましたか?
当初、僕は村山さんの人生というのは非常に無念なものだったんじゃないかというイメージでしたが、撮り終わった時に感じたのは「非常に幸せな人間を撮ったんじゃないか」ということでした。彼はある瞬間から、生や死という境界線を越えて、将棋に没頭していきます。それはもはや、生きている、死んでるという次元ではなく、魂だけが生きている状態があるような感じとでも言いますか、生や死の境界線を人生の中で越えた彼だからこそ、その生き方が人々の心に刺さるのだと感じます。
映画監督として映画の制作時に意識していることはありますか?
まず題材を選ぶときですが、撮ることでしかその答えを知ることのできない作品と向き合っていきたいという思いがあります。「撮る行為は自分を知る行為」だという意識があるのですが、この作品であれば「死とは何か?」というような、その答えを知っていくプロセスを映画を通してさらけ出すことで、お客様にもそれが伝わればいいなと思っています。
最後にTORJA読者にメッセージをお願いします。
こうしてトロントへやってきた皆さんは、すでに挑戦が始まっていますよね。理屈ではなくきっと、自分の人生を動かすために海を越えるという選択を直観で選んだのでしょうから、その直感を間違ったものと思わず、前に進んでほしいです。たとえ苦労が多くとも、その選択を正解だと思い続けることが大事だと思います。
『聖の青春』 あらすじ
かつて天才・羽生善治と互角に渡り合い、命のすべてを将棋に捧げた男がいた。西の怪童・村山聖(さとし)。5歳で難病・ネフローゼを発症し、27歳で膀胱がんが発覚、わずか29歳の若さでこの世を去った彼が何を思い、どう生きたかを描いたノンフィクション映画。
森義隆監督プロフィール
1979年、埼玉県出身。ウルルン滞在記、ガイアの夜明けなど紀行番組やドキュメンタリー番組の演出を数多く手掛ける。その後2012年『宇宙兄弟』で第16回プチョン国際ファンタスティック映画祭でグランプリ、観客賞をダブル受賞。TV、映画、舞台など幅広く活躍する。