謎が豊かにした、ニューファンドランド島の魅力|特集「カナダのはじまり。ニューファンドランド島」
カナダ最東端に位置するニューファンドランド・ラブラドール州はケベック州の東に並ぶラブラドール半島とその南のニューファンドランド島で形成されている。今回主役のニューファンドランドはカナダ国内の都市に比べても異国情緒溢れる場所。ここは世界史の謎や言い伝えの宝庫で、そこに幻想的な景色が合わさればそこには唯一無二の世界が広がる。
まず、その名前の不思議な発音について
Newfoundlandをカタカナ読みすると、ネイティブ英語スピーカーにはだいたい伝わらない。「YouTube」に正しい発音を紹介する動画が存在するほどクセのある読み方なのだ。その正しい発音とは、賛否両論あるが「ニューフィンランド」に聞こえることがしばしば。アドバイスとしてはとにかく早く言い終えた方がネイティブっぽいので、「ニューフェンラン」か「ヌーフェンラン」に近づけばOK。さらに、日本語ではニューファンドランド島と「島」を最後につけるが、英語では「Island」をつける必要がないので要注意。
ニューファンドランド島「発見者」の謎
イタリア生まれの航海者、ジョン・カボットが1497年にイギリスの王ヘンリー7世によりアジアへの航海を許され、この島に辿り着いたと言われている。
カボットは自らの航海について具体的な記録は残しておらず、肝心な上陸地点さえ未だに確定されていない。
だが研究者たちの有力説では島の東端に到着後アヴァロン半島を南下し、ノヴァ・スコシア州ケープ・ブレトン島まで船を進めたと考えられている。
アメリカを「発見」したコロンブス同様、カボットがこの島を見つける何千年も前から先住民族は住んでいた。
当時植民地としては発展しなかったものの、イギリスが新しい土地を求めて進出していた背景が分かる。
忘れてはいけない先住民族
2020年6月、当時州首相だったドゥワイト・ボール氏はカボットの「発見」を祝う6月24日の「ディスカバリー・デー」を廃止し、「ジューン・デー」に改めた。先住民族がニューファンドランド・ラブラドール州で刻んできた歴史を見ると、カボットはただの訪問者だったに過ぎないという意見に州は同意した。
この土地は11世紀にノース人(ヴァイキング)たちが上陸したことでも有名で、その頃にはもう先住民が存在していた。カボットがイギリスから渡ってきた頃にはベオスック族(Beothuk)やミクマク族(Mik’maq)、イヌイット族(Inuit)が住んでいたほど先住民歴史は長い。
ジョン・カボットは誰の英雄?
カボットは1498年に2回目の探検航海に出発したのち、そのまま帰らぬ人となった。カボットを送り出したイギリスは当時彼に深い興味を示さなかったが、何百年も後になってからニューファンドランドをイギリスの自治領とした。
1回目の航海についても明らかな証拠がないにもかかわらず、400年後の1897年にはセント・ジョンズを一望できるシグナル・ヒルにカボット・タワーが建てられた。そして上陸した可能性がある島東部のボナヴィスタや政府庁舎の前にカボット像が存在し、記念行事も行われてきた。
長年カナダの歴史を研究している竹中豊氏によると、カボットの英雄化は島独自の伝統と1949年にカナダ連邦へ加入してからのイギリスとの交友関係を育むのに欠かせなかった。
ニューファンドランドとヴァイキング
カボットが島を「発見する」500年以上前の793年、ヴァイキング(またはバイキング)時代は始まった。
古代スカンディナヴィア人のことをノース人(英語では「Norse」)といい、ヴァイキングはノース人の中でも首長に仕える特別な戦士だった。
彼らのルーツは現在のノルウェーやスウェーデン、デンマークにある。新しい土地を求め現在のイギリスのリンディスファーン島を乗っ取ったことが時代の始まりで、それを機にアイスランドやグリーンランド、そして11世紀にはニューファンドランド島のランス・オ・メドー(L’Anse aux Meadows)と呼ばれる場所を「発見」し、上陸した。
この場所はユネスコの世界文化遺産に登録されている。
「発見」についての発見
ヴァイキングとニューファンドランドを結びつけたのは1960年代、考古学者らによるアイスランドの物語「Vinland Sagas」を研究だった。13世紀にまとめられたその物語は、10世紀から11世紀にかけて起きた出来事を示していた。
それまでケルト文化で歴史は口頭のみで引き継がれていたため正確さに欠ける部分もあるが、レイフ・エリクソンというヴァイキングが初めてヨーロッパ大陸からアメリカ大陸に渡り「ヴィンランド(Vinland)」、今のニューファンドランドを発見したという話が描かれている。この書物にある情報とランス・オ・メドーでの研究をもとに村がヴァイキングの遺跡であることが確定された。
研究は今でも続き、最近では2021年に集落で使われていた木材が1021年に伐採されたものであることがわかっている。
ヴァイキングはパートタイム労働者!?
現代で描かれるヴァイキングといえば、ヘルメットをかぶった凶暴な人たちというイメージが強い。欧米のチームスポーツではヴァイキングをマスコットにしているところも少なくはない。確かに、研究によると彼らは野蛮な戦士で略奪者であった。首長に仕える戦士でも、それは本業でなくパートタイムの仕事だったそうだ。ノース人は主に商人だった。農業や船づくりを得意とし、「オフ」の時間は家族と過ごす家庭的な人たちだったことはあまり知られていない。
まだまだ謎に包まれるヴァイキングの歴史
ヴァイキングたちはニューファンドランドとアイスランドを30年間ほど行き来していたが、実際に島で生活していたのは季節限定のことで、合計10年ほどだと言われている。
ミクマク族とイヌイット族と交易関係を築いたが摩擦もあり、最終的には住居を放棄した。そのため「入植者」という言い方は当てはまらないそうだ。
12世紀の初めにはヴァイキング文化自体が自然消滅した。ライバルたちが強くなり、権力やお金になるものを略奪することが難しくなった。当時ヨーロッパで広まり始めていたキリスト教の教えがヴァイキングの精神に反していたことも大きく影響した。
ニューファンドランドの謎は島の特徴
ジョン・カボットとヴァイキングはニューファンドランド史のマスコット的存在だが、どちらにおいても口頭伝承の正確さが問われる。カボットの場合、証拠がなくともこの島で伝統を築こうとした人たちによって彼は英雄となった。ヴァイキングとレイフ・エリクソンについても、口頭伝承でしか存在しなかった歴史を文字にした人々、そしてそれを解読しようとした研究者たちによって彼らの存在は明らかになった。謎があるからこそこの島はユニークで、これからの発展に可能性が溢れる場所なのかもしれない。
知っておくと便利!ニューファンドランド情報
トロントからの行き方
トロント・ピアソン国際空港から島最大の都市にあるセント・ジョンズ国際空港までは乗り継ぎなしで3時間と10分ほど。車を運転しないで徒歩やバス、タクシーで気軽に街を散策したい人にはこの空港がおすすめ。
2024年4月にライドシェア・アプリの「Uber」が使えるようになったばかりだ。
かわって遠くのグロス・モーン国立公園や世界遺産のランス・オ・メドーまで行きたい場合はトロント・ピアソンからディア・レイク・リージョナル空港まで直行便に乗り、そこからレンタカーを借りるのが便利。
いつ行くのがベスト?
ニューファンドランドでは気候が穏やかな5月から10月にかけて開業する観光名所やツアー会社が多いので、これから夏の予定を立てる人にぴったり。冬でも楽しめるアクティビティはたくさんあるが、雪がない時期のロードトリップがとにかく人気。しかしロードトリップができると言っても、北海道よりも大きい面積なので一周するには2週間が必要だそう。
ニューファンドランド島とラブラドールでは時差がある
カナダ本土にあるラブラドールではAtlantic Standard Time(夏時間のあいだはAtlantic Daylight Time)が使われ、これはトロントやモントリオールが従う東部標準時の1時間先だ。
しかしラブラドールの最南端の町やニューファンドランド島へ行くと、そこではNewfoundland Standard Time(またはNewfoundland Daylight Time)が導入されている。この時間はAtlantic Timeより30分進んでいるので、州内を旅行する人はぜひ気をつけたい。
ニューファンドランドの4つのエリア
地図を見て最も左側にあるのがWestern Region(西部)で、グロス・モーン国立公園(Gros Morne National Park)やランス・オ・メドーがある。Central Region(中心部)にはテラ・ノバ国立公園(Terra Nova National Park)やミュージカル「Come From Away」の舞台にもなったガンダー(Gander)がある。Eastern Region(東部)にはジョン・カボットが上陸したと言われているボナヴィスタ(Bonavista)やホエール・ウォッチングが有名なトリニティ(Trinity)など景色が良い場所が集中している。最も東にあるのがAvalon(アヴァロン半島)で、そこには州都セント・ジョンズ(St. John’s)がある。
この州ではフェアリーに注意!
トロントなら「コヨーテに注意」と書くところだが、ニューファンドランドに行く場合フェアリー(妖精)のことを心得ておくと良い。この島の人々がルーツを持つケルト文化の伝承では言い伝えが大きな役割を果たしている。彼らの文化では日本のようにアニミズム(世に存在する全てに魂が宿っているという思想)を信じており、フェアリーは自然界を擬人化したものと考えられている。自然の恐ろしさや予期せぬ変化を説明し、認識させるために生まれた。例えば子供たちだけで森の奥に行かないよう注意するためなど、教訓がベースだったので決して可愛らしいものではない。日本人の感覚からすれば妖怪が一番近いものかもしれない。
フェアリーから身を守るには
〇〇をポケットに入れておくと良い?
フェアリーは子供を連れ去り悪魔と入れ替えてしまうような悪さをする一面がある。言い伝えの中には、遭遇したら地下にある住処に引きずり込まれ二度と人間界に戻れなくなるという話も。自然は彼らのものなので、邪魔をするとイタズラされてしまう。そんなとき身を守ってくれるのがパンだ。ポケットに入れておいて、フェアリーが木を大きくするなど悪さを仕掛けられたらパンを撒くと良いと言われている。
洋服の一つを裏返しにして着ることや赤ちゃんを一人にしないこと、そして「フェアリー」と呼ぶと気づかれてしまうので、「Good People」や「Fair Folk」と呼ぶことも彼らとの付き合い方に良いそうだ。世代によってフェアリーへの考えかたや接し方が異なるが、たとえローカルであれ観光客であれ、敬意をもつことが大事だと言われている。
ニューファンドランドの方言
ニューファンドランド島はカナダの隅っこにある離島なため、独自の文化を昔とさほど変わりなく引き継ぐことが可能だった。物語の継承はもちろん、「Newfinese」と呼ばれるこのエリアの方言も重要だ。
「Whaddayat?」と聞かれるとそれは「What are you up to? How’s it going?」の意味。「どこから来たの?」は「Where are you from?」ではなく「Where do you belong?」と言う。
観光するなら少しリサーチしておくと便利。独特のアクセントにも注目。
St. John’sエリアを観光するなら
Marathon of Hope Mile 0 (Zero)
シグナル・ヒル国定史跡はカボット・タワーがあることと、そこから見える絶景で有名。それに加えて知名度が高い理由は、ここがテリー・フォックスの「希望のマラソン」スタート地点だったからだ。彼はがんで右足を失くした後、がん研究資金を集めるために義足でシグナル・ヒルからバンクーバー島を目指し走り始めた。出発日の1980年4月12日からわずか143日で断念、がんが肺に転移し、翌年6月にわずか22歳という若さで亡くなった。カナダで彼はアクティビズムの象徴だ。
Cape Spear Lighthouse
ケープ・スピアはカナダ最東端。国内の誰よりも早く日の出をキャッチしたい人はここがおすすめ。そしてここにある灯台はニューファンドランド・ラブラドール州最古のもので、国定史跡に指定されている。6月1日から8月31日まではウォーキングツアーがあり、7月1日からは18世紀の灯台守の仕事体験もできる。ツアー料やワークショップ料は入場料に含まれる。
Jelly Bean Row
セント・ジョンズのダウンタウンにはカラフルな色のお家が並ぶジェリー・ビーン・ロウという場所がある。黄色や青、ピンク、紫、など元気をもらえる色がたくさん!なぜこのような色で塗られるようになったかは謎。ある説によるとこのエリアは霧が濃いため自分の家が分かりやすいように色をつけたと言われている。なんとも可愛らしい街並みはぜひ写真に納めたい景色だ。
St. John’s Storytelling Circle
ニューファンドランドの人たちは物語好き。物語を語ることで文化や歴史を伝承する活動をストーリーテリング(Storytelling)という。この土地に伝わってきた話たちはアイルランドやスコットランド、イギリス南西部コーンウォールなどが属するケルト文化、そして先住民のイヌイット族やインヌ族などの文化にルーツがある。この団体では毎月第二水曜にローカルの語り手の話を聞くことができる。島の伝統だけでなく、芸術的表現としても価値があるのでチャンスがあれば立ち寄ってみたい。
https://www.storytellingstjohns.ca
Fairy Door Tours
セント・ジョンズ中心部の近くにフェアリー・ドアを散策する子供向けのツアーがある。これは子供たちが安全かつ楽しくフェアリーの世界に触れることができるチャンス。8歳以下の子供は必ず親同伴。夏の間、土曜日だけ運営しており、ネットでの予約が必要。フェアリーに手紙を送ることもできるのでファミリーで参加するときっといい思い出作りに。
http://www.fairydoortours.com/
島の西側を南から北へ
Newfoundland Viking Trail
このルートを車で辿るとニューファンドランドの西側を巡ることができる。489kmにも及ぶこのトレイルを南はディア・レイク(Deer Lake)からグロス・モーン国立公園の中を駆け抜け、セント・アンソニーまで行くことができる。ロードトリップをする人におすすめ。
Gros Morne National Park
アパラチア山脈の最北端にある世界遺産、グロス・モーン国立公園の名前は「偉大なる絶壁」と言う意味がある。特に有名なテーブルランドという台地は地下に埋もれているはずのマントルが数億年前にプレートの変動で押し出されたもの。野生動物や高原植物など、ここでしか見られない優雅な自然に触れることができる。ディア・レイク空港発のタクシーやシャトルサービスもあるので気になる人はリンクを要チェック。
https://visitgrosmorne.com/plan-your-trip/
St. Anthony
セント・アンソニーはViking Trailの一番北にある港町。ここにはCartier’s View TrailやIceberg Alley Trail、Santana Trailなど氷山が綺麗に見えるトレイルがある。どれも6月1日から10月の終わりまで利用できるので、散歩やピクニックを楽しめる。
Northland Discovery Iceberg & Whale Tours
このツアー会社は州で優秀な観光ツアーに贈られる賞を受賞したことがあるほど有名。セント・アンソニーを5月下旬から9月中旬までの間に訪れるなら是非チェックしたい。
氷河やクジラはもちろん、イルカや野鳥、絶滅の危機にあるパフィン(ニシツノメドリ)もみられる。
https://www.discovernorthland.com
Quirpon Lighthouse Inn
セント・アンソニーより少し北にある町、Quirpon(読み方は「カープーン」)に無人島ホテル、Quirpon Lighthouse Innがある。1922年に建てられた灯台守の家がLinkum Toursが宿泊地として経営している。
灯台は今でも使われており、歴史的建造物にも認定されている。ここはIceberg Alleyの一部なので、窓から氷河や鯨がいる景色を独り占めできることがポイント!同社のZodiac Toursに参加すると、カープーンからランス・オ・メドーまでを海から一望できる。
https://linkumtours.com/accommodations/quirpon-lighthouse-inn/