トロント剣道クラブ、ミシサガ剣道クラブ道場長 木村重男教士七段|会ってみたいカナダ人『カナダの武道家』
幼少時代

木村氏は宮城県石巻市の五人兄弟の四男坊として生まれ、幼少の頃より運動に長けた少年だった。長男が家業を継ぎながら近隣の子供たちに剣道を指導していこともあり、自身も剣道を習い始めた。寄宿舎生活の高校では運動神経を生かし、朝、昼、夜と剣道一筋に練習に明け暮れた高校生活を送っていた。伝統的に精鋭達が競う東北高校剣道大会では見事優勝を勝ち得た。また国体では準々決勝まで出場出来る剣道の腕前に上達して行った。
大学生活から社会人

特別体育奨学生として推薦を受けて拓殖大学に入学した(拓殖大学は台湾の開拓を実施するための人材を育成する教育機関として開校した。拓殖とは「未開の土地を開拓し、そこに移り住むこと」の意)。入学後間もなく行われた「関東大学新人戦」で優勝した。当時特別強化コーチだった警視庁の西山泰弘先生に師事し、毎朝警視庁の武道館や講談社の野間道場に出かけて朝稽古の指導を受けて練習に励んだ。そして四年生の時には剣道部主将として全日本剣道大会に出場し準々決勝まで勝ち抜いた。教授や先輩たちからは卒業後の将来の進路について教師か警察官になることを薦められていた。大好きな剣道ではあったが、一方で「自分で何かに挑戦してみたい」という思いに駆られていた。先生、先輩や同輩たちの後押しを受けて、拓殖大学と交流のあったカナダ東加武道館の中村眞生先生にお世話になりカナダ移住が実現出来た。横浜の本牧埠頭から貨物船で太平洋7000キロを横断した。バンクーバーから大陸横断鉄道で三泊四日をかけてトロントに到着した。
カナダ生活のスタート
当初はテレビ工場で作業員として働き始めたが、二年後にガーディナー(庭師)を立ち上げ、寝る間も惜しむ超多忙な生活が始まった。中村道場で日系の子弟たちを指導しながら、カナダ生活に慣れるまで金なし、英語無しのないないだらけの孤軍奮闘悪戦苦闘を続けた。そんな中、1980年拓殖大学空手部の奥山剛正先輩の道場を借りて剣道道場「拓武館」を開設した。しかし、日本式の厳しい指導法は忍耐力が苦手なカナダ人の会員たちには受け入れられず、部員の定着はむずかしかった。中村先生の「郷に入れば郷に従う気長な指導」が肝要と助言を受けて指導法を修正していく中、部員も増えっていった。その後「ラストサムライ」や「キルビル」の映画の影響もあってか、徐々に剣道部員が増加していった。1995年には「拓武館創立15周年記念大会」を開催し、米加各地から200余名の参加とミシサガ市長、州議会議員、カナダに剣道指導者たちの来賓を迎え、全試合一本勝負という珍しい試合形式で記念大会を成功裏に納めることが出来た。
現在のカナダの剣道
現在GTAには、木村重男教士の指導監督している「トロント剣道クラブ」(40名)と「ミシサガ剣道クラブ」(20名)の二カ所の他に、日系文化会館に津村守人範士八段と指導主任の阿佐ブライアン錬士七段が率いる「JCCC剣道クラブ」、「エトビコーク剣道・居合道クラブ」(鎌田重隆教士八段)「UoT」「YorkU」等、カナダ全土で約50の道場がある。カナダの剣道人口は約2千人(日本177万人、世界250万人)と日系、中国系、韓国系とアジア人中心にカナダ社会でも受け入れられている。

1991年第8回世界剣道大会がトロントで開催されカナダチームは日本、韓国に次ぎ三位に輝いた。過去の団体戦成績は第二位は1973年、1976年の二回、第三位は1985年、1988年、1991年、1994年の四回の実力と成果を誇っている。最近ではカナダ人の剣道家にも六段、七段の修行者があらわれ、次の世代の指導者として育っている現状は非常に好ましい状況であり、地元育ちの剣道教育の成果が表れている証として将来への希望がある。
食へのかかわり
1978年剣道仲間で一年年上の羽尾清氏と笹屋レストランの共同設立者としてスタートアップ事業を始めた。1984年には自身の第一号レストラン「銀杏」を創業し、1996年同じ通りの向い側にあるデルタホテルに移り今日に至っている。2004年に「日本食レストラン協会(JRAC)」の会長として日本食、食文化の普及に努めている。2005年JRACはカナダ政府認可され2019年まで毎年「和食まつり」を開催。会員の協力を得て日本食や日本酒・ビールを提供している。2018年から愛媛県と協力関係を構築、日本の生産地とカナダの流通業者の橋渡し役として、地方自治体を巻き込んだ輸出促進と地方創生一体となった活動を展開している。2016年に「日本食普及の親善大使」に任命され2020年カナダにおける日本食文化の普及が評価され「令和二年度外務大臣賞」を受賞した。2021年農林水産省より第15回「日本食海外普及功労者賞」を受賞した。このコロナ禍で経営悪化した会員レストランの相談に乗るなど、トロントの日本食レストランを支える相談役として、またセーフティネット機能の維持にも貢献している。現在トロントには約1200から1300軒の日本食レストランがある。日本からの人材確保の限界から脱皮して「ローカル育ちの日本食人材を育てる学校や組織の設立など、人材育成の教育にも力を注ぎたい」と展望を持っている。

人生の指針になった言葉
「冒険とは困難と危険に挑む勇気、そしてそれを乗り越えてゆく努力の中に自己の限界を求めていく行為である。そして、自分が傷つくのを恐れなければどんな困難でも克服できる」(ヨットの冒険家青木洋氏の言葉)日本人として日本をこよなく愛し、剣道を通じて日本の伝統文化をカナダの地に根付かせたい。これからも困難や苦労をおそれず何にでもチャレンジする心を忘れず邁進したい。

著者:市田 嘉彦
京都五条坂出身のビジネスコンサルタント。京の伝統文化、ラテン音楽、武道愛好家。座右の銘『今ここで頑張らずにいつ頑張る』京都大徳寺大仙院尾関宗園住職直伝。JAPAN TRADE INVEST(Consultant)、Former Investment Advisor at JETRO Toronto














