離任特別インタビュー 在トロント日本国総領事館 伊藤恭子総領事

ー憲仁親王妃久子殿下のカナダ御訪問は総領事としても特に思い出深いものになったかと思われますが、感想や個人的なエピソードを教えてください。
憲仁親王妃殿下の当国御訪問は、日加修好90周年のハイライトの一つですが、その中でもトロントはカナダで最初の御訪問地となる光栄をえました。「始めよければ全てよし」であり、妃殿下の御滞在は基本的に週末の対応となりましたが、関係者の皆様の御厚意に支えられ、また、少人数ながら当総領事館員が一丸となって取り組んだ結果、日加双方にとっての「我々のプリンセス」の受け入れは大成功を収めたと思っています。
当地での行事日程策定に際しても、受け入れ先の候補となった団体・機関に相談を持ちかけるといずれも快くお引き受けくださり、妃殿下のためにそれぞれが心を込めた趣向を凝らしてくださいました。ROM訪問時に、通常は展示されていない見事な根付(妃殿下は、根付の研究者であり、日本での根付けのパトロンでもあります)を妃殿下に見せてくださったり、JCCC訪問時の妃殿下へのサクラ・アワードの贈呈などはその好例です。妃殿下の笑顔と知性、人々に対する尽きない御関心は、訪問される先々で妃殿下と会われた方々をつぎつぎと魅了し、楽しく充実した時間があっという間に過ぎてしまいました。
個人的には、各訪問地への移動の車内で、妃殿下と二人だけで親しくお話をさせていただく機会が何度もあり、また、全ての御訪問先での妃殿下の御発言も伺いましたが、様々な社会問題に対する妃殿下のお考えや、日加双方の人々に対する暖かなお気持ちを知り、このような素晴らしい方を「日本の顔」として各地を訪問していただくことを大変誇らしく思いました。
ー総領事は日加の経済活動・文化交流だけでなく、日系コミュニティーにも積極的に参加され、世代問わず多くの方々と交流されてきました。そこで得た知見や新たな気づき、または多くの人に共有したいエピソードなどあれば教えてください。
日系コミュニティーには、第二次世界大戦中の強制収容の経験をされた方々、戦後にカナダで生まれ、カナダ社会に溶け込もうと努力された方々、1967年以降に移住し、差別を経験しながらもカナダに根を張り成功を収められた新移住者の方々等が、筆舌に尽くし難い苦労をされ、勤勉で優秀な日系人としての評判を築いてくださいました。そのような涙と苦痛の歴史があってこそ、今日の日本や日本人、日本文化に対する高い評価がカナダの中で確立したのだと考えています。
特に心に響いたエピソードを二つ紹介します。一つは、チャタム・ケントに桜の植樹式に行った際に日系人の方から直接伺った話ですが、戦争中に農業を担う男手が足りなくなり、チャタム・ケントの農家に請われて、農業の担い手として西部の収容所から何日も列車に乗り現地に到着したところ、村の入り口に集まっていた村民たちから、敵性外国人だとして石を投げられたそうです。それでも受け入れ農家と教会が味方になってくれたのでチャタムで生活出来た、ということを笑顔で話していらっしゃいました。次から次へと起きる過酷な状況に屈せずに生き抜いた日系人の強さと、どのような苦境においても支援の手を差し伸べる人があったことへの救いの気持ちが重なり、忘れられないエピソードです。
もう一つは、トロントのJCCC設立に当たり、終戦後20年近くたっても残っていた差別のために融資を受けられなかった日系人の家族の方々が、日系の文化を守り、次世代に伝えていかなくてはならないと決意し、それぞれの自宅を担保にいれて資金を集めたおかげでJCCCの建設ができたという話です。そこまでして日本の文化とアイデンティティーを守ってくださった方々にはただただ敬服するばかりです。その後も多くの人々の善意と献身的な支えにより、現在のJCCCは幅広い活動を行う組織になり、新しく移住してきた日本人一世や、日本や日本文化を愛するカナダ人をも包合する素晴らしい組織になりました。私は、かつては総理大臣の夫人通訳として、また少し前には国際報道官として総理大臣の外遊に同行し、中南米を含む世界各地の日系人団体を訪問しましたが、当地のJCCCは世界一といえる素晴らしい組織だと思っています。
その一方で、トロントでは新しい移住者や若い日系カナダ人による活動も生まれてきています。新日系コミュニティーの皆様による様々な活動や、「MUSUBU」の会のような若手と年長者、移住者や駐在員と日系人とを結ぶ活動なども始まっています。コミュニティーが生き残るためには、若い人々からのエネルギーが不可欠です。これらの活動を是非とも継続し、たくさんの成果をあげ、日系コミュニティーのさらなる発展に続けていただきたいと願っています。

ー世界ではMe too運動を始めとする女性の社会的地位の平等や確立を求める声やBLMを代表とする社会的マイノリティーに対する格差・差別問題、さらには気候変動対策における運動などグローバルでも多くの社会問題・課題があらわになったかと思います。そこで2点ほど伺いたいのですが、
1、外交官として世界の中の日本を長く見てきて、日本人そして日本の特性や文化的背景、歴史などを活かして、どのような役割が世界に期待されていて、また今後どのようなことが担えると思いますでしょうか?
日本は、先進国と途上国、アジアと欧米の架け橋となり、世界の平和と繁栄のためにもっと活躍できる国です。日本自身がかつては途上国であり、戦後は最貧国であった時期もありながら、現在は世界第3位のGDPを誇る国となり、科学技術分野でも世界のトップクラスになった経験は、多くの途上国にとって一つのモデルを提供し、経験を共有し得るはずです。
その一方で、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配、市場経済などの価値観を先進各国と共有し、そのための外交政策を進めて行くことは、アジアに位置し、かつては途上国であった日本という国が果たしうる重要な役割だと考えています。
日本が歴史の教訓に学び、平和愛好国として国際社会の平和と繁栄に貢献していることに対する国際的な認知を一層高めていきたいと思っています。日本人の「和」を尊ぶ精神、これは平和でもあり調和でもあると思います。自然を愛する心、長年の歴史と文化の上に築かれた現代の日本のソフトパワーは、21世紀のグローバル化が進む世界の中でも大きな存在感を示せるものだと考えています。そして日本にとって最大の資源である人的資源が、今後の世界において多いに貢献できると信じており、教育の重要性についても推進していけると思います。
世界の様々な世論調査では、日本に対する好感度は世界でもトップクラスにあります。日本人は勤勉で責任感が強く、信頼できるとされていることも間違いありません。日本のもつ潜在力を引き出し、より良い世界を築くために、一外交官としてできることは限られているかもしれませんが、日本の素晴らしさ、日本と協力することの利点や可能性等を訴えることなどを含め、微力ながら引き続き尽力していく所存です。
2、女性として初の在トロント日本国総領事だったこともあり、国際女性デーのシンポジウムや関連する行事などにも積極的に参加されていたと思います。ジェンダー平等や教育・社会格差の是正についてお考えをお聞かせください。
カナダにおける女性の社会進出が日本より進んでいることは間違いありません。しかし、女性の役割や進路を既成概念で縛り付けるのではなく、個人として尊重し、その能力と本人の希望を尊重していくことの重要性は日本でもカナダでも同じであり、またそのような組織や理解者が日本に存在していたおかげで、私が外交官としての経験を積み、トロント総領事として着任し、任期を全う出来るのだと思います。

日本もどんどん変わってきており、WEFのジェンダー格差指数のみで日本が世界の中で非常に遅れているというのはおかしいと常々感じています。現在の日本における女性の活躍や、女性のさらなる進出のための取組等についてカナダの人々に理解してもらうとともに、どのようにしてカナダで女性の社会進出が進んだのかについての経験を日本にも共有してもらい、この分野でも今後の日加協力が進んでいくことを期待しています。













