離任特別インタビュー 在トロント日本国総領事館 伊藤恭子総領事
トロント初の日本の女性総領事として日加修好90周年記念事業や日本の強みであるインフラなどの経済事業への働きかけ、そして女性の社会進出の啓蒙など日本を代表して経済・文化活動に努め、約3年の任務を終え帰国
ー日加修好90周年やハイパークの桜寄贈60周年など任期中は日本とカナダの節目となる年がたくさんありました。この三年弱を振りかえって、経済分野と文化活動における特に印象に残っている成果や思い出を教えてください。
経済活動
『当地日系ビジネスマンの方々とともにオンタリオ州政府要人に働きかけ』
2018年11月、日系文化会館(JCCC)において、オンタリオ州のウィルソン経済開発・国際貿易大臣(当時)を囲み、トロント日本商工会の幹部の方々等とともに、日本との経済関係強化のためのラウンドテーブルを開催。このような機会を初めて設け、忌憚ない意見交換が出来たと喜んでいたら、翌日に同大臣が辞任してしまい、かなり落胆しました。しかしその後も、商工会の理事の方々とは、ウィルソン大臣の後任となった歴代の州の経済担当大臣や日加議連代表、あるいはカナダ連邦政府代表にも会う機会を設け、一緒に働きかけをしました。
『女性経済ミッション』
2019年4月、カナダの女性経済ミッションの訪日に同行、またカナダ帰任後にはそのフォローアップも実施。たくましいカナダ女性ビジネスマンたちと知り合い、日本の高齢者社会への対応や最先端技術とともに、様々な日本文化の素晴らしさについても知ってもらえました。また、日本の女性ビジネスマンにとっても刺激になったと思っており、今後のさらなる交流強化を期待しています。
『インフラ事業についての働きかけ』
トロントの地下鉄事業をはじめ、オンタリオ州でのインフラ事業にはもっと民間の資金を導入し、真の意味での官民連携(PPP)を行うべきことを様々な機会に紹介しました。トロント市の関係者の前でJR東日本の代表からのプレゼンテーションをアレンジして実施して頂いたり、北米の交通インフラ関係者が集まる会議でスピーチをしたり、フォード首相をはじめオンタリオ州政府の関係閣僚等に機会あるたびに訴えてきました。スコット・インフラ大臣およびサーマGTA交通担当大臣から、「あなたの意見が聞きたい」と数名だけの少人数会合に非カナダ人として唯一招かれたのは、大変光栄でした。
『和食・日本食材の振興』
農水省からの和食振興ミッションを当地にお迎えした際には、公邸に様々な方をお招きし、鰯の梅煮を載せた米粉のピザ、抹茶を使ったデザート等、和食の素晴らしさを伝えるメニューを考案して公邸料理人に調理させてお出ししました。愛媛県からは、愛媛食材を使った料理を当地のインフルエンサーにお出ししたいと料理人まで連れて当地を訪問されたことがありましたので、公邸をお使い頂き、素晴らしい日本料理を出して頂きました。その際に試食会に参加された料理評論家が、カナダの有名な家庭向け雑誌で、その年に食べた食事の中で一番美味しかった食べ物として私の公邸での愛媛県メニューの一つをあげてくれたのは感無量でした。
また、トロント・スターでも公邸での和食を取り上げてもらい、「イチゴの天ぷらに和食の未来をみた」との一節を読んだときは、考案者としてとても嬉しかったです。
『日本酒・日本ウイスキーの振興』
様々な味(甘味、苦味、酸味、うまみ等)と日本酒とのマッチング・イベント、洋食と日本酒とのマッチング・イベントの企画・実施をはじめ、「カンパイ・トロント」への参加やレセプション等での日本酒提供等、様々な機会に日本酒について知ってもらい、買ってもらえるように働きかけを続けました。地方出張にいくと、ほぼ必ず「市場調査」として現地のLCBOに行って扱っている日本酒の調査をし、お店の方々と話をしました。
2018年、外務省が「日本ブランド推進事業」の一環として日本のウイスキーについて講義が出来る講師を派遣するので受け入れて事業を実施するように、との訓令が来た際には、トロントのみならず、カナディアン・クラブの生産地でもあるウィンザーにおいても、ウイスキー愛好家グループを招いて講義と試飲を実施し、高評価を頂きました。その後、試飲用に使った一本はLCBOでの販売許可もおりるなど、具体的な成果も上げることが残せたことは欣快です。
文化活動
『日加修好90周年記念行事』
必ずしも「文化」とは言えませんが、2018年7月に日加修好90周年を記念してクイーンズ・パークで国旗掲揚式が実施できたことは非常に感慨深い思い出です。ご高齢の日系人の方から、「おそらくクイーンズ・パークに日の丸が掲げられたのは初めてだ。本当に嬉しい」と手を握ってくださいました。その日の夕方にJCCCで開催された祝賀レセプションも盛況でしたが、私の演説には集まった400名ほどの方々がじっと耳を傾けてくださったことも感激しました。
この90周年の一環として、ミシサガで開催されたジャパン・フェスティバルには和太鼓演奏者で、もはや邦楽界のレジェンドでもある林英哲氏が来訪され、開会式で演奏をしてくださいました。それまで、私は「晴れ女」としてかなり自信を持っていたのですが、その日は「雨男」である林英哲さんの太鼓の魔力に負け、バケツをひっくり返したような土砂降りの中、傘をさして石兼大使御夫妻、ボニー・クロンビー市長、そして夫とともにびしょ濡れになりながら演奏を聞いたことは忘れられません。今月、英哲さんからトロントの皆様に「春よ、来い」のリモート演奏とメッセージを送ってくれたことも大変嬉しく思っています。
『茂山狂言のトロント公演』
日加修好90周年を記念しての開催となった大蔵流の茂山千五郎家の当地公演は、約20年ほど前にマレーシアで茂山狂言の皆様と知り合って以来の交流の成果でもあり、茂山千五郎家の御厚意により実現したことに心から感謝しています。家元になられて間もない千五郎さんは、当地来訪の直前にお父上を亡くされたのですが、「カナダでの狂言普及のために」と予定通りにカナダに来てくださり、JCCC、ROM、日本語補習校、国際交流基金トロント事務所、マーカム市というハード・スケジュールをこなしてくださいました。その先鞭として先乗りされた松本薫氏は、大黒様か布袋様が現世に現れたような、笑顔の素晴らしいかたです。時代も国境も越えて笑いを伝える職業というのは本当に素敵だと改めて実感しました。
『WASABIの邦楽コンサートおよびワークショップ』
「瓢箪から駒」ではないですが、私がかつて大学時代に箏曲部にいた縁もあり、「WASABI」の4名にトロントに来て頂く話があれよあれよという間に進んで実現しました。津軽三味線の演奏者は、日本でも有名な「吉田兄弟」のお兄様である吉田良一郎さんです。実は「WASABI」は私がインドネシアでの勤務時代にも演奏旅行でお会いしたことがあり、和楽器ながらロックやジャズのような演奏で大いに盛り上がったことを知っていましたので、トロント公演の打診をしたところ快諾を得ました。経費を抑えるために私の持ってきた琴を使ってもらうなど、いろいろと工夫しました。お招きしたカナダのお客様たちが皆、目を輝かせて、「こんな演奏は聞いたことがない」と賞賛してくださったのも本当に嬉しかったです。
『桜の植樹』
日本人が愛してやまない桜をオンタリオ州の人々にさらに楽しんで頂くために、微力ながらいくつかの桜関連イベントに関与しました。2018年6月、ロータリー・インターナショナルのトロント大会開催の機会に行われたマーカム市での80本の植樹は、私と夫の結婚記念日でもあり、陽気なスカラピッティ市長とともに、日本からトロントに来訪されたロータリークラブの寄贈関係者の方々と一緒に楽しい植樹式を行いました。
昨年は、ハイパークへの桜の寄贈60周年で、改めてハイパークに桜を寄贈し、ジョン・トーリー市長等とともに植樹式を行ったほか、桜関連イベントでTVやマスコミにも出させて頂き、また公邸での特別レセプションも行いました。
昨年秋のホランド・ブロアビュー小児リハビリ病院の庭での植樹式も、規模は小さかったですが手作りの心温まるものでした。新型コロナウイルスで街がゴーストタウン化しているときに、「昨年植えた桜が咲きました」と、まだまだ小さな枝ですが、けなげで美しい桜の写真を送って頂いたときには、どんなに苦しくてもいつか春は来るのだ、と胸がジーンと熱くなりました。
『ラグビーW杯関連行事』
4年に一度のラグビーW杯の日本開催に先立ち、大会の優勝カップが参加国を巡回するイベントがあり、トロントでは私の公邸にこのカップに「お越し頂き」、カナダ・ラグビー協会の会長や幹部、有名選手やマスコミ等を招いてのレセプションが出来たことは大変光栄でした。優勝カップをあれほど間近に見られることは、なかなか出来ないと思います。
また、東日本大震災で被災した子供たちを毎年トロントに迎えて心の癒しを続けてきているSupport Our Kids(SOK)とともに、東北からトロントにやってきた子供たちと、ホランド・ブロアビュー小児リハビリ病院の子供たちとがW杯に参加するカナダチームのために大漁旗を作ったことも楽しい思い出です。世界のラグビー殿堂入りしているカナダ・ラグビー界のレジェンドであるアル・シャロン氏を通じて、カナダチームはこの旗を携行して日本各地での合宿や試合に赴き、選手達の控え室等に飾ってくれていたそうです。本来であれば、釜石復興スタジアムでのカナダ・ナミビア戦でSOKに参加した子供たちがこの旗を振りたいと考えていたのですが、台風のために釜石での試合そのものが中止になり、カナダ選手たちがボランティアで被災した人々を支援してくれたことは日本中で大きなニュースとなったのは皆様ご承知の通りです。選手たちが釜石の人たちを支援しようと思った影には、この大漁旗が彼らと一緒に日本国内を移動していたこともあるのではないか、と密かに思っています。
『杉原千畝氏の映画上映会』
当地に着任後間もない頃に、当地のイスラエル総領事を表敬訪問した際、「6000人の命のビザ」で知られる杉原千畝氏をモデルとしたPersona Non Grataの映画上映会を一緒にしないか、との提案があり、双方の総領事館で協力し、トロント市内のシナゴーグを会場として実現することが出来ました。杉原千畝氏の活動につき知らない人々も多い中で、2回の上映会に参加された多くの方々が映画に感動し、「この映画は皆が見るべきだ」とおっしゃってくださる人もいました。特に映画の中で、欧州から逃げてきたユダヤ人たちが船上で日本の島影を見て、現在のイスラエル国歌となる歌を口ずさむシーンでは、シナゴーグにいた観客のユダヤ人の方々が誰からともなく一緒になって歌を唱っていたことに感動しました。
『トロント日本映画祭』
トロントで様々な映画祭が年間50回以上開催されていること、そしてこれほど充実した日本映画祭が開催されているとは、恥ずかしながら当地に着任するまで知りませんでした。日本ではお会いする機会もないであろう著名な監督や人気俳優の方々とご一緒でき、様々なお話を伺えたのは貴重な経験です。中でも斎藤工さんには2年連続でお会いし、ルワンダやパラグアイの僻地に出向いて映画上映会を行ってくださっている話を伺い、感服しました。昨年からは東京・日比谷の屋外でもトロント日本映画祭が行われるようになり、帰国後もご縁があることを嬉しく思います。