水産学博士の雨宮さんが語る、オンタリオの水辺に生息するちょっと変わった魚たち

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本誌では毎月オンタリオの様々な釣りについてルアー職人であり、釣り名人の西根さんに解説していただいてますが、今回は西根さんと同じくオンタリオ日系釣り愛好会(OJAA)創設メンバーの一人であり、水産学博士号を持つ雨宮裕さんに、日頃読者の皆さんがあまり目や耳にすることのない、オンタリオに生きる変わった魚達の一部をご紹介していただきます。

オンタリオの魚達

オンタリオ州は25万を越える湖、全長10万キロにわたる河川および湿地帯によって州のおよそ6分の1を水に覆われており、その水の量は世界の淡水総量の約3分の1にもおよぶと言われています。この膨大なオンタリオの淡水には約150種の様々な魚達がそれぞれ、その場所独自の生態系を構成して暮らしています。
動物は「北へ行けば行くほど体が大きくなる」という話を聞いた事はありますか?これはベルクマンの法則といいます。同じ動物種が同じ体型をしている場合、体の表面積は体長の2乗、体重の3乗に比例するため、体が大きければ大きいほど、体内で熱を沢山つくるが、その熱が体の表面から逃げにくく、保温には有利になります。そのため、動物は体をどんどん大きくする事ができる訳です。実際にオンタリオの冷たい水の中には、サケマスをはじめマスキーやウォールアイなどの大型魚が沢山います。

オンタリオには日本でも人気の高い古代魚たちが多く生息

ペットショップや観賞魚店に足を運ぶと、そこには小さくて可愛く、華やかな色した沢山の熱帯魚が売られています。綺麗だなぁ〜と思いつつも、店の奥へ向かって歩いていくと、なにやら地味でゴツゴツした魚がトンでもない高額で売られており、なんでこんなの高いの?と驚かされます。これらの魚の一部は「生きた化石」と呼ばれる、いわゆる古代魚の仲間で、特に日本の熱帯魚ファンの間では、太古のロマンを感じたり、獰猛な肉食魚ということもあってか、とても人気のある魚達のようです。実はオンタリオ周辺には、その日本のショップで高額で売られているような古代魚が沢山生息しています。

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(写真1)ボーフィン
(写真提供:RJnBirdees Outdoor Adventures)

古代魚といっても、色々な魚がいるのですが、オンタリオにいる主な古代魚は現在のいわゆる普通の魚(真性硬骨魚類)以前に出現した軟質類のチョウザメや、硬鱗類のガーパイクおよびボーフィンなどの魚で、実際に古い地層の中から「化石」として見つかる事があります。ボーフィンは日本ではアミアカルバ(amia calva)という学名で呼ばれています。このボーフィンは、この辺りには、かなり沢山いるようで、以前に中華系スーパーの魚売り場の水槽の中で、生きたウナギやティラピアなどと一緒に売られているのを見つけて驚きました。その店での値段は覚えていませんが、日本では観賞魚屋で5センチくらいの幼魚が3〜4千円で取引されています(写真1)。この魚は目の前にある物は、なんでもガツガツと食べてしまうそうで、特に飼育下では、餌のやり過ぎで食べ過ぎてお腹が破裂して死んでしまう事もあるそうです。

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(写真2)ガーパイクのワニのような口と牙
(写真提供:RJnBirdees Outdoor Adventures)

次にガーパイク(この周辺では特にロングノーズガーという種類)ですが、この魚は口がワニのように長く、尖った牙を持っています。この魚も日本では人気があり、よく飼育されているのですが、あまりにも大きくなりすぎて飼えなくなり、川や池に捨ててしまう人もいるようです。あの漫画「釣りキチ三平」でも、池にワニがいると大騒ぎになって、釣ってみたらこのガーパイクだったという話がありました。(写真2)。大きいもので2メートルにも達し、そのくらい大きくなると本当にワニのように見えます。また、軟質類チョウザメは言わずと知れた世界の三大珍味、キャビアの親ですが、百年以上も生き、全長3メートル、体重150キロにも成長するそうです。

古代魚の中の古代魚「ヤツメウナギ」
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(写真3)ウミヤツメ成魚
(写真提供:C. Krueger, GLFC)

皆さん、ヤツメウナギ(英名:Lamprey)という魚をご存知でしょうか? 目が八つある生き物ではありません。目の後ろに丸い鰓穴(エラあな)が7つ、横一列に並んでいるので、目と鰓穴の数を合わせて、日本では「八つ目ウナギ」と呼ばれています。実際は体の両側に八つずつなので、十六目ウナギと呼ぶべきなのでしょう(写真3)。実はこの魚は、この世に現存する脊椎動物(骨を持つ生き物)の中では最も原始的で、顎のない生き物、無顎類(むがく)に属しています。あまりにも古い生き物すぎるため、「魚」という生き物の定義によっては、この生き物を本当に魚と呼んでいいのだろうか?などという議論まであるくらいの生き物なのです。

ヤツメウナギは、その名が示すようにウナギの形をしているのですが、実はウナギとは「他人の空似」であって、全く別の生き物です。このヤツメウナギが属している無顎類は皆さんがよく知っておられるような恐竜が全盛を極めたジュラ紀や白亜紀などの中生代よりも、遥か遥か昔の古生代カンブリア紀(4億5千万年前頃)まで遡り、デボン紀あたりには体を鎧で覆われたような魚など、多種多様に進化しましたが、デボン紀末期にはその殆どが絶滅し、今現在はウナギ型のヤツメウナギ類とヌタウナギ類の2系統を残すのみになりました。余談ですが、ヌタウナギは韓国では食用にされたりします。韓国のお土産物に「ウナギ皮の財布」というものがありますが、この「ウナギ皮」は実はヌタウナギの皮です。

話をヤツメウナギに戻しますが、では、なぜヤツメウナギなどの無顎類には顎(アゴ)がないのでしょうか?それは進化の過程で脊椎動物の口に顎ができる以前の生き物だからなのです。これには実は諸説あるのですが、私たちの下顎は進化の過程でエラの軟骨の一部が頭蓋骨に向かって移動して出来たと言われています。下顎の幅の広い人の事を「エラが張ってる」なんていいますが、まさに顎はもともとエラだった訳です。

オンタリオには数種のヤツメウナギが棲んでいますが、ここではウミヤツメという種について話しを進めます。何故ウミヤツメかと言うと、それはこのウミヤツメが、とんでもない魚だからです。このウミヤツメは、今現在は五大湖に広く分布していますが、以前は五大湖の中でもオンタリオ湖にしか生息していませんでした。その名が示すように、もともとは海に住んでいる魚であり、セントローレンス川で大西洋と繋がっているオンタリオ湖だけに生息していたのです。ところがウミヤツメは1825年に開通したニューヨーク港からハドソン川を通じてエリー湖まで続くエリー運河や1919年に改修されたナイアガラの滝を迂回してオンタリオ湖とエリー湖を結ぶウェランド運河などを通ってエリー湖に入り、ミシガン湖、ヒューロン湖と次第に広がり、1940年代にはスペリオル湖まで侵入しました。侵入してないが悪い?と思うかもしれませんが、実はこのウミヤツメはレイクトラウトなどの在来の大型魚を餌として生きているのです。

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(写真4)ウミヤツメの吸盤状の口
(写真提供:T. Lawrence, GLFC)

ウナギがトラウトを食べる?なんだかとても変な話に聞こえますが、これをウミヤツメの生活史と共に解説します。ウミヤツメは川で卵からふ化して4〜6年間、アンモシーツと呼ばれる幼生期を川底の泥の中で過ごします。この幼生の口は漏斗(ろうと)状で、水中や泥の中の有機物などを濾して食べて生きます。ところがその後、15センチくらいに成長した段階で、「毛虫が蝶」、「オタマジャクシがカエル」になるかのごとく、幼生から成魚へと「変態」を始めます。この過程で幼生期に殆ど見えていなかった小さな目がパッチリと見開き、漏斗状の口は吸盤状に変化し、変態が終わると、その吸盤を使ってサケやマスなどの大型魚類に吸い付き、体液や血を吸う吸血魚に生まれ変わるのです。(写真4)。ウミヤツメの成魚は魚の血を吸ってどんどん成長し、幼生期に何年もかけて15センチ程度までにしか成長しなかったものが、変態後、成魚になって魚の血を吸い出してからは、1年ほどでなんと80センチ近くにまでに成長します。そうして大きくなって成熟した後、サケの様に川に遡上して産卵し、その一生を終えます。この生活史からして、前述の蝶やカエルの例えよりは、「ボウフラが蚊」になり、蚊が血を吸って産卵して死ぬというパターンになんとなく似ています。血を吸う時に血液凝固防止の唾液を出すところまで蚊のようです。

(写真5)レイクトラウトと吸血魚ウミヤツメ (写真提供:M. Gaden, GLFC)

(写真5)レイクトラウトと吸血魚ウミヤツメ
(写真提供:M. Gaden, GLFC)

この五大湖への侵入者は、湖底や深いところで生活するレイクトラウトを格好の餌としたため、もともと水産資源として漁獲されていたレイクトラウトの数は一時期激減してしまい、漁が出来ない状態にまでなり、また食物連鎖の頂点にいたレイクトラウトの激減は他の生態系の生き物にも大きな影響を与えました(写真5)。しかし、その後に開発されたヤツメウナギに特異的に効く毒薬、Lampricide(またの名をLamprey-killer)の効果やオスを不妊化したりする事によって、今現在ウミヤツメは減り、レイクトラウトの数は、かなり増えてきたそうです。

今回、ご紹介させていただいた魚達は、トロント近郊の湖沼や川にもごく普通に生息しています。巨大な古代魚や吸血魚が、私たちの泳いでいるビーチのすぐそばを泳いでいるなんて、ちょっと怖い話ですね。

<参考文献>
Fishes of the World 3rd Edition, Joseph Nelson,1994.
Trout and Salmon of North America, Robert Behnke, 2002.
Ontario
(http://www.ontario.ca/government/about-ontario)
Fish Ontario
(http://www.mnr.gov.on.ca/en/Business/LetsFish/)


amemiya-yutaka雨宮 裕 (あめみや ゆたか)

大阪出身。1998年北里大学水産学博士。1999年に渡加し、トロント大学動物学科博士研究員として、ヤツメウナギを中心とした古代魚の内分泌ホルモンの分子進化研究を行う。現在はサニーブルック研究所Genomics Core Facilityのマネージャーとして勤務。オンタリオ日系釣り愛好会(OJAA)創設メンバーの1人。