もしあなたが米国でアニメイベントを立ち上げるなら?|世界でエンタメ三昧【第60回】
10年でユーザー4倍、消費額2.5倍、売上10倍になったアニメイベント
第59回で米国のみならず、英・仏・スペインなど世界中にアニメイベントが2010年代に入って急成長していることを書きました。第60回はその続編。そもそもイベント事業ってどういうビジネスなの?というところ。コミケや東京ゲームショウに行ったことがある人はわかるかと思いますが、数十もの企業ブースが立ち並び、何千人ものユーザーが列に並び、チケットのみならずキャラクターグッズや本にパンフレットにと大量の荷物を抱え、1日くったくたになりながらのイベント体験は、消費者としては経験するものですが、それを運営する人はどうやっているのか、なにより企業を集めるイベントの主催者自体がどうビジネスしているのかを見ることは稀です。
イベント事業の主催者はNPOが多い。これは事業が収益化しにくく節税・政府補助によって成り立つことを前提とした演劇・ミュージカル業界に近い構造ですが、さらには無給でイベントのために働いてくれるボランティアの数が圧倒的に多いことからも必然の組織体といえます。それゆえ財務の公開対象になっている組織も多く、今回は米国最大のアニメイベントAX(Anime Expo)の運営主体SPJA(Society for the Promotion of Japan Animation)の収支についてみてみます。
図1でみると、2004年から10年強でユニークの来場者数は4倍になり、売上は10倍になっています。もちろん収益のメインは6割を占める「登録料(来場者チケット収入)」ですが、それ以外の収益軸も大きくなっています。象徴的なのは2008年から始まった「コンサート事業」でしょう。入場料とは別でアニメに関わるアーティストを呼んで追加で入場券を支払う音楽事業は、あっというまに数千万円の収益事業となり、直近では収益の1割近くにもなる$1M売上まで成長しています。BtoBである「出展料」は来場者の引きにもなる出展企業にブース代として請求するもので、これはほぼ一定で全体の2割程度。そこに会場内広告費である「スポンサー」で$1Mと1割、あとはSPJA独自の物販$50K、政府補助$10Kなどの「その他」収入。
ただ何より注目すべきは2014年からの収益全体の底上げでしょう。この時期は全世界的にアニメ動画配信によって日本のマンガ・アニメ・ゲームユーザー数が爆発し、いわゆる「一般的な消費者」がオタク文化にどんどん参入するようになった時期と一致します。さらに収益軸が複層化することで1人あたりの収益(ユーザーのイベントあたり消費額)も倍加。直近5年間はAXが「ユーザー数2倍、ユーザー消費額2倍で売上が4倍になる」という急成長をみせた時代でもあります。さぞかし儲かっているのかと思うと…?
ボランティア頼りで収益も読みにくい事業
この11.5万人を集めるイベントをまわす組織の従業員は33名。1年で1回のみの稼働のため、定常的に従業員を雇っているイベントは多くありません。この30名は世界最大規模と言えるでしょう。4日間のイベントの事業収支は$12M(約12億円)と超巨大規模ですが、それを支えるのは1500名のボランティアです。ボランティアのメリットはイベント参加費が無料になること、期間中の食事代が提供されること。シフトで業務に入り、半日はユーザーとしても楽しみます。3万人規模のAnime Bostonでも従業員は8名に対して、ボランティア622名。1万人規模のAnimazementで従業員7名、ボランティア105名。小規模になればなるほど従業員の給与もほぼ雀の涙でボランティアにどんどん近づきます。
経験者はわかると思いますが、同時に集まる群衆のボリュームは1千人でも圧倒的です。数十人いても、機動的な動きができなければあっという間にクレーム殺到です。東京ディズニーシーが14万m^2で毎日2〜3万人がくるとあの込み具合。AXがその約半分の7.7万m^2の広さで同じ数万人がくるので、単純にいうと「ディズニーシーの2倍混んでる状態」です。それをさばくための人数は正直ボランティア1500名いても足りないほど。そのくらいイベント事業は労働集約的で、実は集客が成功すればするほど満足度が下がってしまう難しいものでもあります。限られたキャパシティ、限られたスタッフで予想外の参加者がくれば、コントロールの難易度があがり、正直AXの現場のオペレーションはカオスの極み、という時もあります。
さらに全般的に言ってアニメイベントは儲かるビジネスではありません。図1でもSPJAの利益は毎年ブレがあり、利益がきっちり出るようになる2015年までは毎年赤字スレスレ。平均的には営利3〜5%。AnimeBostonでも5〜10%で、むしろ地方の小規模イベントのほうが20%出ている事例もあったり、と規模が大きければ安定している、とも言えません。例えばAXの2010年決算は売上$2.7M、利益▲$1.2Mと営業利益マイナス40%といった危機的な状態にもなります。
まさに「好きでもなければやってられないビジネス」でもあります。
地域のユーザーコミュニティ独占という絶対的な事業価値
図2で10万規模のAX、3万規模のAnime Boston、1万規模のAnimazementの3種類のイベントの売上・費用を比較してみました。イベント規模が大きいことのメリットは何でしょうか?売上の柱が複層的であっても結局は全体の1〜2割程度。結局はチケットと出展で8割を占める構造は変わりません。スポンサーなど広告効果がつきやすい点はありますが、結局は数百社ある出展社やアーティストとの契約やらなにやらで法務・経理、システム、保険といったコストは嵩みます。明確に言える規模のメリットは「売上の柱が複層的なことで1人あたり消費額が高くなる(AXで$100、他イベントは$60)」「労働力の調達が比較的容易(規模が大きいイベントほどボランティア動員力が強い)」「広告宣伝費が安い(通常は10%以上ですがAX規模だと数%まで下がる)」の3点でしょうか。ただそれが費用の圧縮にそのまま通じず、結果的に利益率が高いわけではない、というところが難点です。
イベント事業とは一つのIP(知的財産)です。コンセプトをまとめ、ビジネスしたい出展社、没入したい消費者を一堂に会して、皆が楽しめるプラットフォームづくりを行います。それは我々が作品をつくって、人気を醸成してキャラクタービジネスを行おうと画策するのと何ら変わりはありません。一つの作品づくりでもあります。その副産物として「地域でのアニメ関連事業のハブになれること」が事業価値としては一番大きいのではないかと個人的には思います。
地理的に広すぎる米国でどんな大きなアニメイベントでも6〜7割は地元客です。そして各地域に1つずつ大きなイベントがある状況、2010年代から新規イベント設立が減少している状況など加味すると、一度その地域のメジャーイベントの地位を確立すれば、スイッチされることはほとんどありません。そしてそれが2015年ごろから倍々で成長しているモメンタムに押されて全世界のアニメイベントがある意味自動的に成長しており、昔の地域新聞社・放送局のように「地域で確立したポジションをとる」ことができます(+コンベンションホールという施設・不動産事業は関係性・情報力による価格交渉力が大きくモノを言い、コストの大半を占める施設費や施工費は地域最大のイベント化することでバイイングパワーをもって圧縮できる、ということも実はあります)。日本のアニメメーカー、米国のアニメディストリビューター、その地域の数万人のアニメ消費者、「データが石油」と呼ばれる21世紀のコミュニティドリブンな社会においては、このハブ機能を数名~数十名の中小企業のサイズで確立できるアニメイベント事業はそれなりに事業価値があがってきていると言えるでしょう。
SPJAの収益は10億円ですが、これはあくまで一部。10万人の平均消費額は$700〜1,000とAXの経済圏全体でいえば70~100億円、旅費宿泊費を入れると150億円近いエコノミーをまわせる一大産業基盤です。もはやコミケの地位を脅かそうというイベントが存在しないように、AX、Japan Expoなど国民の祝日のような記念的行事としてのブランドを確立し、今後も絶対的な存在感を示し続けることでしょう。そうした事業者に志ある数名単位の人間だけでなりあがれるというのはそれなりに起業家精神たくましい、一つのブルーオーシャンと言うこともできるでしょう。
中山 淳雄
ブシロード執行役員&早稲田MBAエンタメ学講師。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトを経て、バンダイナムコスタジオで北米、東南アジアでビジネスを展開し、現職。メディアミックスIPプロジェクトとともにアニメ・ゲーム・スポーツの海外展開を推進している。東大社会学修士、McGill大経営学修士。著書に”The Third Wave of Japanese Games”(PHP,2015)、『ヒットの法則が変わった』(PHP、2013)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP、2012)ほか。仕事・執筆の依頼はこちらまでatsuo.no5@gmail.com