セミ・グローバル化時代における日本コンテンツ輸出戦略 | 世界でエンタメ三昧【第50回】
IPのないゼロイチの闘いの無謀さ
『世界でエンタメ三昧』も2014年3月から開始して、4年半、ついに第50回を数えるまでになりました!これはそのまま中山がバンクーバーからシンガポールと海外赴任してきた期間にもなります。続けるというのはそれなりの効果もあるようで、この記事をきっかけに講演や執筆の機会を頂くことも増え、途中で中止を考えた時期もありましたが、ここまで書き続けたことに自ら感慨深い思いでいっぱいです。読み続けていただいている方、本当に感謝しております。この5年弱書き続けてきたテーマの大きな軸の1つに「日本文化である二次元キャラクターの他社会への浸透度」があります。
実はかれこれ5年弱の間に、プロジェクトとしては7〜8個のゲーム製品をつくってきて、他社の挑戦も含めると50個近い試行錯誤をみてきたなかで、気づいたことがあります。それは「生産・製造のような形のない研究開発であるゲーム(+アニメ・スポーツ)は海外『開発』では成功できない」というものです。当初はゼロイチで、純粋なゲーム性のみで成果を出せるゲームをとカナダやシンガポール、インドネシアでの開発に挑戦してきましたが、「日本人がマネジメントして作る欧米的なもの」の奇妙さは、結局はキメラのような混成物になって何一つうまくいきません。ゲーム性こそ新規性があっても、キャラクターや世界観をなじませることができない。そもそも日本企業、日本育ちの自分達は、マネジメントからアイデアブレストのプロセスまで固有性が強すぎて、異文化を巻き込んで形にする寛容さを持ち合わせていません。日本から送りこむ精鋭のExpatも、現地で認められ、リードできるようになる事例は10人中2〜3人程度、それも幼少期を海外で育ち、かつ専門性が確立した例外的な人材が中心。何より、欧米的な(最近は中華圏的なものも多いですが)コンテンツに触れてこなかった自分達には、それを理解するためのリテラシーが低く、プロダクトそのものよりマーケティングが弱すぎて、マネジメントに徹する以外ない、というのが半ば残念な着地点でもあります。
ということでアニメ・マンガという半世紀にわたってすでに浸透してきたものの上にゲームをのせるというのが一番の早道であるという確信に至ります。早い話が「IP使わないと海外ではマーケコストがかかり過ぎるので、無理だよね」ということです。アニメがこんなに人気なんだから、そのキャラ・世界観を前面に押し出した展開していこうよ、と。
2つのトレンド:所有権ベース資源と知識ベース資源
コンテンツ業界のトレンドは常に2つの潮流が交錯してきました。それは業界安定期に訪れる「所有権(IP、コンテンツ制作会社、配信チャネルなどのいわゆる「資産」)ベース資源」が勝ちパターンになる時代と、そして業界変動期にあらわれる「知識(経営管理能力、コンテンツ再生産能力、視聴者マーケティング知識などいわゆる「ケイパビリティ」)ベース資源」が勝ちパターンになる時代。これは例えばモバイルゲームでいうと、2008〜2014年ごろDeNAやGREEのように自分達で売れたタイトルを分析し、マーケティング中心で成功の再現性を高められる「人的能力の高い企業」が成功していた時代。今は違います。2015年ごろからバンダイナムコのようにドラゴンボールやワンピースといった既存の有名IP・キャラクターを使ったタイトルの勝率が上がる時代。何が当たるかのナレッジが形式知化されてしまっており、ユーザーもモバイルゲームでプレイすることが当たり前の社会で、人の優位性だけでアービトラージが取りにくい業界安定化の状態においては、所有権・資産・IPがモノを言うのです。
これは映画やTVも同じ。アカデミー賞受賞作品の経年的研究成果をみるとテレビ登場前の安定期(1936〜50年)に所有権ベース資源に優れた映画会社の成功が多く、そしてテレビ登場後の不安定期(1951〜65年)には知識ベース資源が成功の相関係数として高い優位性を示した結果となっています。変動期は人で、安定期はIPで、経営をしていくということがコンテンツ業界には求められます。これが「海外」という変数を含むと、この人的資源のケイパビリティがガラッと変わってしまう。非常に脆弱な組織体制になるので、IPに頼らざるをえなくなるわけです。コンテンツをもっている会社が海外でも成功しやすい、ということです。
文化をベースにしたコンテンツ戦略
では所有権をベースにしながら、どういうIP・コンテンツが自国以外で受け入れられやすいのか。実はいまや世界の映像業界の半分を握っている米国も70年代まではドメドメでした。ABC、NBS、CBSという3大地上波が視聴シェア8割を握り、今の日本と同じように新聞や地上波を中心とした産業でした。ですが米国と日本が違うのは、80年代からケーブル、90年代に衛星放送・そしてTech系の波が襲い、業界激変のなかで90年代に大きくグローバル化が進んだことです。特にネット通信が放送に代替していく恐怖のなかでM&Aでのメディア業界統廃合が進み、メディア・コングロマリッドが生まれると、より海外展開が優位に進みます。
どのメディアも大抵の場合は大中華圏(中国・台湾・香港)・日本・東南アジアの3つに拠点をもち、現地の嗜好にあわせたチャンネルプログラムをローカライズしてつくっていきます。ESPNもディスカバリーもMTVもCartoon Networkも、同じようなプロセスを90年代にたどっています。放映メディアからすると本国ですでに作ったものを翻訳して流せばいい自国コンテンツ率が高ければ高いほどコストも軽く、メリットが大きい。ただ米国のものだけを流していると現地のファンは自分たちのためのものだと思わず、番組への愛着もわかない。こうしたなかで各社だいたい自国3〜5割:現地5〜7割といったポートフォリオに落ち着きます。映像に比べると音楽番組(ViacomのMTV)は制作コストが安価なこともあり、わりと現地化割合を高められ、現地率7割まで達しています。
グローバル3割、ローカル7割、このくらいが到達点なのかといえば、業界の変動期と安定期、地域特性・ジャンルで大きく変わります。ゲーム業界はいわば日本が開拓した産業でもあり、1990年代まではピークで世界市場の8割は日本製という時代がありました。グローバル8割、ローカル2割。2010年代に入って日本のプレゼンスがぐっと落ちたことでその比率がいまや逆転しております。こうした中でわりと自国コンテンツだけでいけるものがアニメとドキュメンタリーなど文化制約が弱いジャンルです。すなわちCN(Cartoon Network)やDiscovery Channelでこれらはグローバル7割、ローカル3割を保っています。経営効率でみれば日本文化の世界シェアが高いものを選択し、(日本発)グローバル7割で勝負できるところを探す、というのが私自身のミッションでもあります。
ただそうしたとき、一点日本は歴史的に不利な部分があるのです。それは植民地時代に文化浸透を徹底した範囲が狭い、ということ。図1は2国間の貿易額が何の要素で大きくなるかという経営学グルのPankaj Ghemawat氏の分析です。一番大きいのは「植民地・統治国」で、これだけで貿易額は3倍近くになるのです。これはなぜ台湾だけは日本語のアニメ・ゲームがそのまま流行しやすいかということへの一つの回答でもあります。ネガティブな面もあれど、一度文化的統合を模索した形跡のある場所では、学校から遊興から人も制度も一気に持ち込まれているため、同じものを消費する傾向が強いのです。だからこそ、英米を中心としたアングロサクソンが、映像やスポーツといった業界において世界の過半を占めるような状況に至っているのです。ここには数百年の歴史の違いが効いています。
ではこうしたグローバル割合の高いもの(日本企業が日本製品のままで海外でも浸透する)をどうやって選別して輸出していけるのか。しょうゆや製造部品、自動車など色々ありますが、コンテンツ業界においてはやはりマンガとアニメでしょう。
The World is not Flat。世界はグローバル化しているけれどもセミグローバル化に過ぎない。全世界でみると海外のものを受け入れる比率はざっと10%。その10%を上げていくには植民地という過去の遺産に加え、言語・通貨が一緒だったり、ASEANのような地域ブロックでの貿易特恵をつくる政治経済的なバックアップが必要です。「嗜好の共通性を、長い時間をかけて作り出す」ということは、今さんざんに批判の的になってますが、クールジャパンのような構想と企業は寄り添っていかなければならないのです。そうした基軸となる制度的投資を行える組織と一緒になって、自分たちの商品戦略も小さな点として配置していかないといけない。だからエンタメは最終的に総合的にならざるを得ないのです。ゲームだけで見てはいけない。アニメとコミックでキャラクターがどう浸透したのか、イベントや興行などでどのくらいファンが醸成されているか、そこにアナログとデジタルでどのくらい細かく、どのくらいの頻度で商品開発とマーケティングをかませていくのか。これ自体が大きな仮説と手元の試行錯誤の連続です。今ブシロードではトレーディングカードゲームとモバイルゲームとイベントとプロレス、アニメという5つの手段を使って、この試行錯誤を繰り返しており、次の50回のうちには大きな成果を発表できるところまでもっていけそうな予感をヒシヒシ感じております。
中山 淳雄
ブシロードインターナショナル社長。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトを経て、バンダイナムコスタジオでバンクーバー、マレーシアで新規事業会社設立後、現在シンガポールにて日本コンテンツの海外展開中。東大社会学修士、McGill大学MBA修了、早稲田大学MBA非常勤講師。著書に”The Third Wave of Japanese Games”(PHP, 2015)、『ヒットの法則が変わった いいモノを作っても、なぜ売れない? 』(PHP、2013)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP、2012)他。