地方スポーツクラブ経営、封建制からの解放 | 世界でエンタメ三昧【第48回】
規模が小さい日本の野球・サッカークラブ市場
これまで4回にわたってスポーツ経営について語ってきました。第29回では1995年ごろまで日・米で野球・サッカーの市場規模が同じ規模だったのに、4倍もの市場規模差になってしまったこと。第32回ではオリンピックを契機に80年代から米国を中心に放映権ビジネスが巨大産業となったこと、第38回と第47回で日本の新日本プロレスと米国のWWEを比較して、その収益構造の大きな差が映像ビジネス(放映権、PPV、サブスクリプション)の差にあること。ここらへんで欧州も含めて横断的に、もう一度日本と欧米のスポーツ市場の差についてみてみようと思います。今回はグッズや会場運営ではなく、純粋なスポーツクラブ経営の比較です。
スポーツチーム経営で考えると、世界で8兆円程度の市場においてその半分近くがサッカーで占められます。それ以外のアメフト、野球、バスケ・ホッケーあわせてそれぞれ1割、その他2割といったところ。サッカーのファンは世界で35億人、約半分がファンといえる「歴史上最も栄えたスポーツ」であり、150年かけてKing of Sportsの地位にのぼりつめています。図1をみると、MLB(米国野球)が$10Bに、英国プレミアリーグ$5B、独ブンデスリーガ$2.8B、西リーガ・エスパニョーラ$2.4B、伊セリエA$2.1Bと続きます。NPB(日本野球)の$1.6Bは悪くない数字ですが、Jリーグ(J1-3合算)の$1Bはまだまだプレゼンスが小さい。なにより1クラブあたりの平均売上でいえば20億円、欧州が80〜260億円といった規模であることを考えれば、なぜ日本がFIFAランキングで50位周辺からなかなか上がらないのかも見えてきます。同じサッカークラブとしても、日本と欧米では使えるお金の規模は1桁違う状態でなかなか競争できるレベルまでには育ちません。
チーム数が制限されていることも市場安定化には大事なポイントです。日本のプロ野球は12球団に限られており参入が自由ではありません。だからこそ1球団あたり135億円と規模としてはブンデスリーガとリーガ・エスパニョーラの間くらい。なかなかの規模があります。それに対してJ1の18チーム、J2の22チーム、J3の13チーム、そこにJFLまで加わると、Jリーグは全体で$1Bの規模にも関わらずあまりにチーム数が多すぎます。J1はクラブごとに30〜60億規模ですが、J2は6〜30億、J3は1〜7億、JFLともなると年商0.3億といったチームまでいます。規模の力が効かないのが日本のサッカー界の現状です。
興行・広告中心の日本、DAZNで開かれる放映権の世界
場規模の違いは、プロレスで語ってきたように明確にクラブとしての収益の違いにもひもづきます。クラブの収入事業は大きく分けると3つ、興行収入(チケット、グッズ、飲食)、放映権収入(放映・通信での映像販売)、商業収入(ユニフォームや施設などのスポンサー・広告)、それ以外はゲーム化・玩具化のライセンス収入や施設命名権など。欧米のリーグ別の割合をみてみると、明確に日本とは異なります。それは5割前後を占める放映収入。第47回のWWEも売上で6割、利益で7割をここが占めています。対して日本の野球・サッカーは1割にも満たない。テレビ局の放映権が安すぎるのです。新日本プロレス同様に、NPBもJリーグもともに3〜5割と興行中心の事業体です。地元に根付いているJリーグは各地域の有名企業スポンサーをもらう広告が大きな事業となっています。
これをみるとJリーグにとってDAZNがいかに大きな存在だったかがわかります。英プレミアリーグは年間3000億円レベルの放映権料が入るのです(しかもこれは3年間で3倍になったり、激増しています)。今回DAZNからJリーグに提案されたのは10年で2100億、年間約200億円。これでもそれ以前のスカパー時代の放映権料30〜50億円から突然4倍以上に収益増したのです。日本のスポーツ市場にとってはDAZNがいかに大きい存在だったか、逆にDAZNにとっては高騰化する欧州に対して10年間という先行きまで日本のサッカー映像を抑えるものとしては比較的安い買い物だと感じたかがわかります。今後もスポーツという「最強のライブコンテンツ」は絶対的に価値を失わず、高騰化が確実視される株式のようなものなのです。
スポーツ放映はExclusiveであればあるほど効果をもちます。18年3月に大坂なおみが日本人初のBNPパリバ・オープン(グランドスラム4大会に次ぐ大きな大会)で優勝。元世界1位のシャラポワ、プリスコバ、現世界1位のハレプを破る快進撃をみせました。次のマイアミオープンでは残念ながらという結果でしたが、これらの試合、日本からみれるのはDAZNのみ。彼女1人の記念すべき瞬間をみるために、DAZNの加入者が急増したことはニュースでも報じられています。月額1750円が、この瞬間、この彼女1人の記念すべき瞬間に立ち会うために支払われるのです。DAZNはサッカー、テニスに続き野球にも手を伸ばしており、パ・リーグTVとの提携、セリーグの試合放映権をもつスポナビライブともサブライセンス契約を結びました。いまや日本で地上波でだんだん見られなくなってきた野球の試合を、セ・リーグ、パ・リーグすべて(巨人戦以外)見れるのはDAZNのみとなりました。その加入者は現時点で推定ベースで150万と言われます。単純計算だと年間300億円強です。こうした効果のために、DAZNは年間200億といった放映権をJリーグに投資したのです。
欧州500年の地方経営、日本は150年の急増経営体制
TV・新聞・出版・アニメ・音楽・ゲーム、日本のコンテンツ産業はそのすべてにわたって非常に特殊な産業構造を構築してきました。出版は150年、音楽は100年、放映は70年、ゲームは40年、いずれにおいても日本は本当に日本らしい産業構造になっています。儲からない、人件費も低い、というのもその大きな特徴の1つです。図2の売上高に対する人件費支出比率、欧米のほとんどのクラブが、年間収益の5〜7割を選手の年棒に費やしています。ところがJリーグは4割前後、プロ野球に至っては3割以下です。球場収入など事業構造の違いもありますが、全般的に日本のスポーツ業界は選手への収入還元が低いです。これは日本の企業体そのものについてもいえることでしょう。製造業における営業利益率は日本が4%前後、英米が8〜10%という時代が続いてきました。これはスポーツ業界も同様、J1の12チーム合計の過去10年の営業利益率は半分が赤字です。黒字でもほぼ0%前後、最も高いときでも営利率3.4%。J2、J3となるともっと窮状している状況。野球はさすがに過去5年の集客好調により回復し10%前後でるようになっていますが、それも最近の傾向。2010年ごろまではほとんど球団が赤字、もしくは親会社補填によりギリギリ黒字という状態でした。なぜでしょう。
サッカーを事例でいえば、その本質は地方コミュニティーによる経営です。実はドイツなどは19世紀初頭からこの形で地域ごとにスポーツクラブがあり、いわゆる「経営」ができていました。1850年前後のクラブ別のPLをみるとだいたいどこも経常利益で10〜15%を出しています。対して日本はサッカークラブでも、またそれは地方の新聞社もテレビ局もなぜか利益率は非常に低い。同じように地方分権・地方振興でやっているはずなのに。私はこれはここ10〜20年の話というよりは、1000年単位で地方の「中心」をだれが牛耳ってきたか、その「商売リテラシー」の純粋な追求度合の違いではないかと思います。
「都市の空気が自由にする」の格言どおり、職人と商人が地域を支えてきた自治分権の強いドイツに対して、日本は源頼朝の幕府時代から武士階級が世襲制で地域行政を牛耳ってきました。封建制が江戸末期まで続いた日本では、地元の名士が「政治」が税・律令を管理しますが、「経済」という意味では身分の低い商人たちが役割を担い、そしてお金を儲けるその行為自体が蔑まれてきた傾向があります。中国では1000年前後の宋の時代から、欧州では14〜15世紀のペスト以降、封建制の崩壊で身分制は崩れ、通貨経済が生まれています。ところが日本は19世紀半ばの明治維新まで、士農工商の身分制が現存し、石高による納税によって通貨経済すら発達していない。中核都市は別としても、地方において「商売リテラシー」から全員が遠ざけられてきました。
政治という名誉職のみを独占してきた武士階級が明治維新後に経営に手を出し、いかに失敗してきたかはよく知られるところです。名誉職でこうした地方メディア・クラブがまわされているうちは難しいでしょう。DeNAの横浜ベイスターズ、ジャパネットたかた元会長の高田氏によるVファーレン長崎の経営、CFGの横浜マリノス、ブシロードの新日本プロレス。企業がスポーツ団体を経営するトレンドがここ5年くらいで急激しています。そしてそれぞれが見るべき成果をあげています。その理由は、誤解をおそれずにいえば、スポーツ事業というのが戦後50年、武家社会同様にいまだ封建制社会でまわされてきたのではないか、というのが私の見立てです。スポーツ事業はいままさに「開国の時」、純粋な商売人が経営していく形式に変わってきています。スポーツ経営の歴史はいまようやうスタート地点に立っているくらいの状態なのではないかと思うのです。
中山 淳雄
ブシロードインターナショナル社長。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトを経て、バンダイナムコスタジオでバンクーバー、マレーシアで新規事業会社設立後、現在シンガポールにて日本コンテンツの海外展開中。東大社会学修士、McGill大学MBA修了、早稲田大学MBA非常勤講師。著書に”The Third Wave of Japanese Games”(PHP, 2015)、『ヒットの法則が変わった いいモノを作っても、なぜ売れない? 』(PHP、2013)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP、2012)他。