スポーツビジネスと日米TVメディア抗争 | 世界でエンタメ三昧【第53回】
米国巨大メディアが生み出したスポーツ市場
1995年は日米でスポーツ市場に差がなかった、という話を第29回「スポーツビジネスの可能性」でしました。MLB(米国野球)1700億、NLB(日本野球)1500億、プレミアリーグ(英国サッカー)480億、Jリーグ481億。ほとんど変わりません。これが15年後の2010年には、ほぼ成長していない日本に対して、米英は5〜6倍にまで急成長し、現在では米国の総スポーツ市場は50兆円に達しているのに対して、日本は5.5兆円。これだけの差が開いた理由として「日本は武道などカタチや形式にとらわれ、ビジネスを中心に据えていない」と言いましたが、正直それだけの話ではありません。メディア産業そのものの構造変化が大きく起因している、というのが本日のトピックです。
米国はメディア・コングロマリットといって、映画・TV・通信・ゲーム・出版などの複数メディア事業が垂直・水平に統合しており、巨大化したことで知られています。これは法律によるところが大きく、1996年の電気通信法で地上波・ケーブル・通信の横断的な統合を促進する法律が通過しているんです。その後、連鎖的にM&Aが起こります。米国の三大地上波TVの一角ABCをディズニーが$19Bで呑み込んだ1995年にはじまり、同年タイムワーナーがケーブル大手CNN擁するターナーを買収($7.5B)。2000年にはケーブルのMTV擁するViacomがかつての親会社である三大地上波のCBSを買収($38・9B)、01年にネット大手AOLがタイムワーナーを買収($162B)。80年代は数百億円の買収案件がパラパラとあるといったところでしたが、90年代後半以降は数千億円~数兆円規模の前代未聞級が続きます。
これが最近でいうと、そのワーナーを売上20兆円規模のAT& Tが$85Bで買収という事態になりました。ワーナーの歴史を日本で例えるなら「東宝が日経新聞と日テレとJ:COMを買収した後に、楽天と合併して、バンダイナムコやミクシィに資本参加しながら、巨人と浦和レッズを買収し、最後はNTTに買いとられた」ようなものです。これ……信じられますか?
図1で日米のメディア大手の売上推移をみると一目瞭然。日本のフジテレビ・TBS・日テレが牛歩のごとく徐々に増収している15年間に、いかに米国メディア産業が変化してきたかが分かる対照的な成長グラフとなっています。ComcastやViacom、Charterなどのケーブル系に至っては90年代はまだ1〜3千億円規模と、日本のTV局と変わらないかそれ以下のサイズでした。それが21世紀の10年間で数兆円を超えるコングロマリットに成長。地上波で長らく最大手だったCBSが逆に止まって見えます。
日米メディア業界の違いは「競争」にあります。日本の地上波127局はほぼキー局5つの系列局であるのに対して、米国は1747局のうち1650局と大半が独立局であり、ABC、CBS、NBC、FOXそれぞれのネットワークに系列依存せずにコンテンツを商取引します。日本の場合ケーブル668事業者で5千億円を分け合っていますが、米国のケーブルは1980年から2000年までに、あっという間に1万事業者にまで飽和し、その後統廃合を繰り返した末に現在は8千事業者による9兆円市場の争奪戦です。そこにNetflixやアマゾンといった通信大手が容赦なく攻撃を仕掛けてきます。こうした競争環境において、コンテンツは常に取り合いです。オリンピックやNFLのような「誰もがみるトップコンテンツ」をいかに自社の放送網でExclusiveに囲い込むか、それで視聴者を維持するか、がメディアにとっての勝負所なのです。
ケーブル局が加速させた競争
競争といえば、FreeTVである地上波放送と、月額定期購読のケーブルの関係が、この20年で最も象徴的なものといえるでしょう。図2はゴールデンタイムにおける米国の各チャンネルの視聴率合計です。80年代中盤からケーブルのシェアが止まることなく上がり続け、地上波大手のシェアが侵食され続けています。各コンテンツメーカーもケーブルテレビという鉱脈に殺到し、PPV(Pay Per View)と呼ばれる番組別の販売システムが大活況を呈した時代でもあります。
このケーブルが急拡大した95年~2000年代前半が、まさに各スポーツコンテンツの放送権料が爆上げした時期でもあります。地上波にとってはケーブル局に視聴者を奪われぬよう、ケーブルにとっては(いまのNetflixと同じですね)視聴者を囲い込めるよう、NFLやNHLといったスポーツコンテンツの放映権料が爆上げしていきます。
図3のNFL(米国アメフト)の放映権料は、異様とも思える数字が続いています。ABC・CBS・NBCが年$10M程度払って4年ごとに契約を繰り返していた1970年代から、80年代になると年$100M超えしましたが、今となってはまだまだ平和な時代だった…と思い返せるレベルです。状況が一変するのは1994年。新進気鋭の豪州のFOXが年約$400MでCBSからポジションを奪ったあたりで競争が激化していきます。その後も伸び続けるNFL人気とケーブルとの競争で、1998年には異例の8年契約を、各局が年$500M超えで締結。合計金額はこの時期から$2Bを超えて異次元の戦いになっていきます。
2006年はついにケーブル大手のESPNが年$1.1Bの巨額契約、このあたりからABC・CBS・NBCといった地上波三大TVの存在感は小さくなっていきます。2014年はさすがのFOXが年$3.1Bの巻き返しで9年契約。もはやFOXとESPNの独壇場のなか、全チーム数が32あるアメフロリーグは、「年間$5B」というそこらの大企業もすっとばすような放映権を獲得する世界最大のエンタメ興行団体になったのです。
現在ではこうしたスポーツコンテンツはケーブル局とOTTと呼ばれる通信・配信メディアとの新たな戦いに突入しており、休まらぬ競争環境が逆にコンテンツ側にとっての潤沢な経済基盤となっています。つまりメディア全体をとりまく米国ならではの競争環境がスポーツのコンテンツとしての価値を担保し、選手のフィーやブランディング広宣費に投じる資本基盤を確立させているのです。
日本におけるスポーツコンテンツの今後
なぜ野球とサッカーの売上規模が5倍以上になったのか。なぜ2000年のシドニー・オリンピック以降、放映権料が倍化したのか。なぜWWEが2000年代を通して放映権料・PPVが伸び続けたのか(第47回)。これらの回答は明確です。法規制の後押しもあって想像を絶する新陳代謝で巨大化したメディアが、購買力をもちながら同時に放送・ケーブル・通信でのコンテンツ争奪戦により多くの資本をスポーツコンテンツに投下、それがスポーツコンテンツのタレントと技術革新への助け舟にもなって21世紀に映像・エンタメコンテンツとして昇華されていったのです。
メディア大再編の予兆は実は日本でもありました。米国業界に風雲を巻き起こしたFOXのマードックと組んで1996年ソフトバンクの孫社長がテレビ朝日への買収を攻勢。2005年にライブドアによるフジテレビ買収。続いて楽天によるTBS買収。ただし、そのいずれもが失敗に終わります。日本では経営陣を敵に回した敵対的買収が、それらの局とつながったメディアによるアンチムードの醸成もあり、非常に実現が難しい。
過去100数十年の夏冬オリンピックでの総メダル数は米国2827枚(世界シェア15%)、日本497枚(世界シェア4.6%)です。確かに米国との差はありますが、世界100兆円のスポーツ市場において米国50兆(シェア50%)、日本5兆円(シェア5%)といったこれほどの差が、選手のフィジカルなもの、コンテンツそのものの質によるものとはとても思えません。なぜ米国だけが世界のスポーツ市場の半分を占めるほどの寡占状態を築きえたかといえば、それはこの25年の間に激変したメディア産業と分かちがたく結びつき、スポーツ視聴経済を突出して高め続けたからに他なりません。
それでは日本のスポーツコンテンツは日本人を相手に限られたパイを取り合うしかないのでしょうか?メディア・コングロマリットと直接提携していくのはその一つでしょう。ただし世界のスポーツメッカである米国で日本のスポーツが受け入れられる土壌は限られるでしょう。今ブシロードとして挑戦しているのは、コンテンツそのもののハイブリッド化です。新日本プロレスは三分の一を外国人が占め、米国・カナダ・英国・ニュージーランドといった海外レスラーが活躍しています。野球やサッカーが1割程度と見込むと、なかなかの外国人比率です。海外展開を見据え、海外視聴者を集めるには、視聴者の帰属性が感じられる選手の取り込みが不可欠です。相撲はモンゴル、キックボクシングはタイ、コンテンツそのものに「海外」を取り込まない限りは放映しても視聴者はつかめず、興行の海外化にも対応できません。その意味では社員の1%しか外国人のいない日本企業とまさに同じ課題に突き当たっているともいえますね。その上でメディア・コングロマリットとも直接手を組んでいくという次のステップが待っています。
中山 淳雄
ブシロードインターナショナル社長。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトを経て、バンダイナムコスタジオでバンクーバー、マレーシアで新規事業会社設立後、現在シンガポールにて日本コンテンツの海外展開中。東大社会学修士、McGill大学MBA修了、早稲田大学MBA非常勤講師。著書に”The Third Wave of Japanese Games”(PHP, 2015)、『ヒットの法則が変わった いいモノを作っても、なぜ売れない? 』(PHP、2013)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP、2012)他。