世界でエンタメ三昧 #32 ~スポーツビジネスにおける放映権の謎~
放映権というビジネスモデル
スポーツ「ビジネス」を振興させようと2015年にスポーツ庁を設立し、国が主導している話を第29回で書きました。米国50兆円に対して、日本は5兆円超。なぜこんなに差がついているの?についてもう少し踏み込んで考えてみたいと思います。
そもそも米国でもスポーツビジネスの興隆は最近のこと。この10〜20年間に、TVの放映権がうなぎのぼりにあがり、いわゆる「スポンサーがどんどんお金を出す」時代に入りました。「ユーザー」がケーブルテレビでスポーツチャンネルに期間定額料金を払うからこそ、メディアも高い放映料を払って権利を獲得でき、そのお金でスポーツリーグ・クラブは高額な人気のタレントを採用してさらに視聴をあつめる。この好循環がぐるぐると伸びていった結果が今の米国スポーツ市場です。どの種目のアスリートが収入を多く得ているかでそのトレンドも掴むことができます(図1)。20世紀ではボクシング、F1などが盛んでしたが、この21世紀に入り、サッカー・テニスがユーザーを集めて、収益化できる時代になっています。
スポーツのリーグ・クラブ収入はだいたい放映権収入(視聴率)、スポンサー収入(広告)、チケット収入(入場料)、物販・飲食収入(購入)の4種類に分けられます。もちろん入場料のようにチケット代でペイすることが理想ですが、単価・人数に限界のあるチケットは5万人のスタジオ満杯にしても2〜3億円といった規模。それよりも放映を通して、世界中のユーザーを巻き込める放映権のほうが青天井に伸びます。ただ知名度も人気もない状態で放映権などつくはずもなく、基本的には赤字で人を呼び込みながら、スポンサー、物販で収益化しつつブランド価値を上げていき、最終的には放映権で大きく儲ける、という長いブランド育成が必要になります。
80年代のプロ野球巨人戦はこの放映権ビジネスを理解するのに、一番身近な事例かと思います。当時は、視聴率も15〜20%に達しており、1試合の放映権が1億円にまで達しました。数千万人の視聴者向けにCM1分間で2000万円で売っており、3時間枠にCM30分で6億円になります。なので1億円で素材である「映像」を調達し、「視聴」者を集め、CM枠を6億円で「広告」主に買ってもらう。これが放映権ビジネスです。いまでは視聴率10%を割って放映権も半額以下、パリーグでは1000万円も割ると聞きます。結局はこの「視聴」が担保されないと、「映像」と「広告」を結びつけても意味がないのです。
スポーツの殿堂オリンピック、うなぎのぼりの放映権料
放映権ビジネスといえばオリンピック。毎年うなぎ上りになる放映権料をみれば、TV業界がそれほど割のいいビジネスをしているわけでないことが見えてきます。もともとは各国が赤字覚悟で政府補てんを受けながら運営していたオリンピック。そこに光明を開いたのが放映権であり、1984年のロサンゼルスでした。世界最大のスポーツチャンネルESPNが生まれたのも1979年、この80年代は米国でケーブル局が続々と設立され、テレビを通じたスポーツのマネタイズが大きく進んだ時代でした。その先駆けとなったロスオリンピックは昨年$88Mに対して$287Mを集め、初めて「単独利益が賄えることを証明したオリンピック」でもあります。それ以降、開催の度に放映権料はあがっていき、前々回のロンドンは$2,569M。今回のリオでシンガポールのTV局は同時放映を放映権料が支払えないことを理由に放棄したのですが、もはや富める国しかオリンピックが見れない矛盾した状態に達する規模にまで放映権料が底上げされています。
ただオリンピックの放映権料、よく中身をみてみると米国が半分以上を占めます。実は冬期もいれると7割は米国メディアがカバーしていることがわかります。欧州のサッカーリーグなど例外はあるものの、世界のスポーツビジネスの大部分は「米国市場」において起こっています。なぜ米国だけこれほどお金が出せるのでしょうか?それはメディアの競争環境によります。地理的に広大すぎる米国は地上波が弱く、70年代まではそうした地上波で流していたスポーツチャネルも脆弱で、80年代に有料チャンネルであるケーブル局が乱立し、地上波/ケーブル、そこに衛星放送なども加わり、100をこえるチャンネルのコンテンツ獲得競争がおこったのです。NBAやMLBなど一リーグが個別でケーブル局を持つまでになっています。
そしてネットメディアもその競争を助長します。ネットの黒船、Netflixのコンテンツ買収力は驚異的な規模で、幸い彼らはこうしたスポーツバブルで参入をしておりませんが、今後はAmazonの参入度合いによって市況は大きく変わってくることでしょう。
こうした「メディア間での競争環境」がコンテンツホルダー(映像権をもっているスポーツクラブ・リーグ)に有利に働き、先ほどのオリンピックの放映権の7割を米国が一か国でカバーするような状況(というよりは出してしまって市場価格があがるため他国が手が出せなくなってくるのですが)になっているのです。
もちろん放映権バブルは永遠ではありません。一度、欧州サッカーは90年代に放映権バブル崩壊をみています。セリエAは90年代に放映権をもとに優秀な選手を高額で集めていましたが、ブンデスリーガ、プレミアムリーグが選手の買い戻しを始めると一気に放映権料が下落、各クラブは借金まみれに陥りました。日本でもJリーグが収入の安定化のために「入場料収入」へとシフトしたのはそうした事例を見ていたからでもあります。最近だとアニメ放映も同様で、世界的にCrunchrollや中国のBilibili(日本でいうニコニコ動画)などメディアがアニメ放映権を巡ってここ4〜5年異常な競争価格をつけていました。ただ16年に入って、Crunchrollが2番手のFunimationを買収したり、中国の買い手の手引き傾向などあり、突然価格が半額以下になったりしました。株価と同じように放映権は視聴に対する期待値売買ビジネス、競争環境の変化によって価格など一気に変わりえるのです。
視聴率の質が変わった21世紀
もう一つ大きな謎が、視聴率と放映権の関係です。図2でJP(日本)の夜間以外(時間帯の)視聴率をみてもらえると、オリンピックといえど視聴率は減っており、10%もとれていないのに、毎年放映権料があがっています。これはいったいどういうことなのでしょうか。幾つか理由が考えられます。「競争による価格のつり上げ」が一つ、もう一つは「視聴率の質が変わった」こともあげられます。同じ1%でも、視聴すべきものの選択肢が莫大に増えた中での視聴率は貴重です。10チャンネルしかないうえでの1%に比べれば、100チャンネルあるなかでの1%はより効果的。そして何より「費用対効果の検証がしにくい」というTV特有の課題。つまり見えにくいことを理由に、視聴率が下がっているのに放映権は上がり続けるという状態にあり、いつまで続くか見通しができません。
私はゲームを軸としたネットメディアを中心にやってきましたが、「何人がページをみて」、「クリックをして」、実際に「インストールして」、しかも最近では「どの性別・趣味をもった人が」「初期1か月でいくら支払ったから投資対効果としては〇%」といった数値までとれるようになっています。そうしたタグ付きメディアからすると、リーチ範囲こそ大きくてもあまりに不透明な伝統メディアというのは費用の振り分けが難しい。
アニメもゲームもプロレス映像も、「コンテンツ屋」であるブシロードはこうしたメディアの動きをキャッチしながら、バブルに乗っかりすぎて払いすぎないように、それでも他社がやっていない枠に差し込んでとにかく費用対効果の高い広告を絶えず追求する立場にあります。そうした中で住み慣れた日本メディア界とあまりに違う米国メディア界を、新たにカバーしなおし、アライアンスを組んでいく必要に迫られています。皆さま、今年もメディア・コンテンツ・ビジネス、毎月執筆していきますので何卒よろしくお願い致します。
中山 淳雄
Bushiroadシンガポール法人COOとして日本コンテンツの海外展開に取り組む。リクルートスタッフィング、DeNA、コンサルを経て、直近バンダイナムコスタジオでバンクーバー、シンガポール、マレーシアで会社設立・新規事業展開に携わり、現在 に至る。東大社会学修士、McGill大学MBA修了。著書に”The Third Wave of Japanese Games”(PHP, 2015)、『ヒットの法則が変わった いいモノを作っても、なぜ売れない? 』(PHP、2013)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP、2012)他。