グルメの王様のおしゃれ美食道 第30回「とんかつ御三家に学ぶ」
「とんかつ御三家に学ぶ」
アマゾン、スターバックスと同じく本部があるシアトルの世界的な企業の元社長である40年来の親友と電話で話した時「シアトルも最近美味しいお店が増えたので是非来て下さい。以前は美味しいものを食べたければサンフランシスコまで行かなければならなかった・・・。」これには驚きました。私が常々言う「美味しいものが食べたくなったらお隣ニューヨークに行くことにしています。」と同じ表現だったからです。美味しい料理が育つにはそれだけの背景が必要です。それこそが『土地柄』です。
トロントでは食べられない日本料理のひとつ「とんかつ」発祥の地は、東京の上野です。昔池之端には祖父の料亭があり、菩提寺東叡山寛永寺の墓参の帰りに立ち寄るのが、生まれた時からのお馴染みのコースでした。祖父の料亭に遊びに行く際の楽しみは2つあり、一つは妖艶な芸者さんと浮名を流す・・・と言いたいのですが残念ながら小学生では無理・・・近くの本屋さんで漫画本を買うことと、仲居さんが買って来てくれる、とんかつの名店「双葉」のカツサンドと玉子サンドでした。
双葉はとんかつ御三家の一つとして余りにも有名なお店です。他の2店は、大昔のNHK朝のドラマ「おはなはん」のモデルになったといわれる「蓬莱屋」。そして高級店として知られる「ぽん多」です。残念ながら近年中止となったままの「双葉」のサンドウィッチですが、本当に美味しかった。大分後になって、あの上野の住人でもあった高村光太郎がよく買いに来ていたと知らされました。智恵子さんに贈っていたのでしょうか?
過日久しぶりに上野を訪れた際、友人をぽん多に招待したいと思ったものの、不覚にも路に迷い、近くの松坂屋デパートの受付に助けを求めました。店内のことならいざ知らず、分かりませんとの応えも覚悟していたのですが、「とんかつ御三家の一つであるぽん多はどの辺でしたか?」と尋ねるとすぐ丁寧に教えてくれました。そして、にこやかに「新御三家は・・・。」と言いかけた瞬間、その親切を遮り、「それは次回のお楽しみ。」と言って敢えて聞きませんでした。私の中にある御三家は永久に不滅、と信じたかったからです。
ここで強調したいのは、上野の『土地柄』です。上野の人は我が地こそとんかつの発祥地なり、この伝統を守りたい、そう思っているに違い有りません。ですからデパートの受付嬢でさえも単に自分の店舗の紹介だけに止まらず、上野の食文化にまで気を遣っているのでしょう。
とんかつに関して言えば、私にとって生涯最高の味は「銀座松坂屋」お好み食堂のヒレカツです。小学生の頃、毎週最も好きなデパートである日本橋高島屋に出かけた帰りに立ち寄って食べた素晴らしい味は一生忘れられません。当地の香港系の食通の親友に推薦したら余りの美味しさに異例のお代わりをした話を聞かされ鼻を高くしました。その名物食堂も近年デパートと共に無くなり残念無念ですが、実に半世紀以上も食べ続けた料理はこのヒレカツだけです。大きくなって気づいたことも沢山ありました。それはお客様の品格です。こういう上品なお客様と一緒に食事が出来て本当に幸せでした。
辻下忠雄
エッセイスト・生活礼儀情趣導師(生活開発プロデューサー)
1947年東京大田区に生まれる。成城学園出身。フランス料理界、ナイトクラブ界、中国料理界の大御所として多くの逸材を育てた父と、料亭経営の傍ら歌舞伎の舞台にも立った祖父の下で育つ。美食歴59年究極の美食家。紳士の中の紳士。ベストドレッサー。生活信条は「明るく・楽しく・仲良く」超楽天主義者。トロント在住。