グルメの王様のおしゃれ美食道 第40回
「中国鶏料理の輝く星」






トロントは各国の料理が楽しめる都市として知られていますが、その中でも群を抜いているのは、やはり中国料理でしょう。子供の頃から日本を代表する中国料理店と料理人に囲まれた環境から、中国料理と聞くとどうしても身を乗り出してしまいます。
中国料理、それも高級料理というと、日本では皆さん北京ダックやフカヒレを思い浮かべる方が多いと思いますが、私がお薦めしたい料理の1つが乞食鶏です。中国は何と言っても父がこよなく愛した香港、そして私の第二の故郷的な上海にとても親しみを覚えますが、今回ご紹介する鶏料理の王者的な乞食鶏は、上海の隣水の都蘇州の名物と言われています。上海の人々とこの料理の話をすると、当然蘇州の話題になるのですが、相手が男性の場合異口同音に「美人が多いですよー」と言われちょっと期待してしまいます。
先ほどとても有名な鶏料理と申しましたが、北京ダックが北の横綱なら乞食鶏は南の横綱と言えますね。名前の由来がとても面白く、この料理を味わう時は、必ずお店の人や宴席の主がこの逸話を語ってくれます。それは…昔々ある乞食が鶏をどこからか持って来て、どこに隠そうかと思案した末、そのまま土の中に埋めました。そんな事とは知らず村人がこの上で焚火をし、後で乞食が掘り出して見たらとても美味しい鶏になっていた…正に偶然が生んだ美味ということですね。
料理店では、長年土で固めて蒸すという調理法が受け継がれましたが、土の匂いが気になる人が多い、ということで、蓮の葉に包みその上を土(粘土)で固める方式に変わり現在に至っていますが、それでも土の匂いが気になる人の為に、今回ご紹介するお店のように、蓮の葉で包んで調理するお店も増えてきました。
ここ憶江南 私房菜館は、スカボローFinch北/Midland西角にある上海人に評判の良いお店です。やはり上海料理店では、上海語が飛び交わないと雰囲気が出ませんね。先ほど上海人に評判が良い、と言いましたが、上海の人々の料理店の評価はまず小篭包の味から始まります。当然こちらのお店も本場の人々が太鼓判を押す味です。
乞食鶏という名称は、お気づきの様にあまり上品ではありません。全く逆の意味で富貴鶏という表現もありこれなら鶏も喜びそうですね。また一般的には叫化鶏(ジョワチー)と言われ、トロントではこの表現をよく耳にします。英語名は“Beggar’s Chicken”ちょっと誤解を招きそうな名称で冷や冷やしますね。
私が乞食鶏を薦める理由は、ご馳走する際に必ずお客様に満足して貰えるスター性があるからです。北京ダックもそうですが、待ち望んでいるお客様の目の前に、土で固めた、または蓮の葉でくるんだまま持って来て、その場で小槌を使って粘土を割る、または蓮の葉を開く、という正にエンターテイメント料理です。どういう味になっているのだろう、というこの時の期待感がたまりませんね。
乞食鶏は言うまでもなく注文して直ぐ出てくる料理ではありません。そのあたりは貫禄十分で、予約が必ず必要です。乞食鶏以外の料理も美味しいので紹介しますと、上海の人々が大好きな定番とも言える馬蘭頭拌豆干という素朴な野菜料理。それに珍しい甘い蓮根もお薦めですね。
憶江南 私房菜館は、有名な長江(揚子江)の南に思いを馳せ、調理長しか作れない独自の料理を楽しむ世界と言えます。
辻下忠雄
エッセイスト・生活礼儀情趣導師(生活開発プロデューサー)
1947年東京大田区に生まれる。成城学園出身。フランス料理界、ナイトクラブ界、中国料理界の大御所として多くの逸材を育てた父と、料亭経営の傍ら歌舞伎の舞台にも立った祖父の下で育つ。美食歴59年究極の美食家。紳士の中の紳士。ベストドレッサー。生活信条は「明るく・楽しく・仲良く」超楽天主義者。トロント在住。





