グルメの王様のおしゃれ美食道 第47回
「80日間世界一周」





食事は楽しくあるべき!いつもそう思っています。かつて東京で一流シェフの特別料理を味わいながらマナーの勉強をする美食会を主催していた時、最大の理解者である国際派シェフの代名詞、台場グランパシフィック取締役総料理長の経歴が光る岩月明氏に、会発足時にこのような賛辞を贈って頂きました。「辻下さんは、何時も食事を如何に楽しむか、又そのマナーについて深く理解しようとしている数少ないお客様の一人です。」胸にしみる言葉でした。
美味しい料理を、単にお腹を膨らませる為でなく、もっともっと楽しく味わうことは出来ないものだろうか…そういう意識の下で今回企画したのが食都パリとロンドンを結ぶ美食旅行でした。
私の生涯で最も好きな映画は、子供の頃東京の帝劇の大画面で見た「80日間世界一周」。1956年の作品でその年のアカデミー賞に輝いた空前絶後のオールスターキャストの映画です。その主人公フィリアス・フォッグ氏こそ我が理想の男性像。正真正銘の英国紳士です。この名作の作者は言わずと知れたジュール・ベルヌ。SF小説の元祖と言うだけでなく、当時誰も想像だにしなかった乗物や月面着陸などを小説に取り入れた不思議な人物でもありました。その作者の名前をそのままレストランにしたのが、パリのエッフェル塔にある「ジュール・ベルヌ」です。
私の試みは、パリのお店で食事を楽しんだ後、ロンドンに出向きフィリアス・フォッグ氏がメンバーになっていたリフォームクラブを訪れてみよう、というこれこそ前代未聞の美食旅行。
レストランはミシュランの星付きで、今をときめくフランス料理界の巨匠アラン・デュカス氏監修の料理が味わえます。エッフェル塔に上るには世界的な名所故通常かなり時間が掛かるのですが、このレストランのお客には専用エレベーターがあり気分よく上れる特典があります。
見事な眺めのお店ではスタッフの皆さんがきびきび動く姿が印象的でしたが、さしずめ剽軽なマネージャーとの英語交じりのやり取りが楽しく、正に貴重な存在ですね。料理は基本を大切にしたものが多く感服しましたが、食後出口でお土産に素敵なケーキを手渡すサービスぶりにも感心。
食事の途中とても個性的なマダムが隣の席に現れました。目の覚めるような緑色のワンピース姿に、シャンパングラスを片手にリズミカルに入って来た時には、流石パリ!と心の中で叫んでしまいました。連れの若い男性は明らかに初めての体験らしく、少々間柄が気になりましたが、詮索は無用です。シャンパンが少なくなるとボトルを持ってウェイターがつぎに来ましたが…やっぱりドンぺリニヨン。
ユーロスターでロンドン駅に着くと、義妹夫婦が待っており大歓迎を受けました。連日多くの隠れた名所などに案内されましたが、私が絶対行きたかったのはリフォームクラブ。その古風な建物の前に立つと、言うに言われぬ緊張感と幸福感が迫って来ました。そしてもう何十回も見ている映画の場面が次々と脳裏に浮かびました。
英国のクラブは一つの文化だと思いますが、規律が厳しく気軽に中に入れずまた撮影厳禁です。リフォームクラブには入ることが出来なかった代わりに、義弟が会員になっているリベラルクラブに招待されました。こちらも素晴らしい建物で、ラウンジで定番のジンジャービアーを注文し、それを手にしてテームズ川添いの庭園で家族揃って歓談したのですが、心は既にあのフォッグ氏。本当に楽しい時間を過ごすことができました。
辻下忠雄 エッセイスト・生活礼儀情趣導師(生活開発プロデューサー) 1947年東京大田区に生まれる。成城学園出身。フランス料理界、ナイトクラブ界、中国料理界の大御所として多くの逸材を育てた父と、料亭経営の傍ら歌舞伎の舞台にも立った祖父の下で育つ。美食歴59年究極の美食家。紳士の中の紳士。ベストドレッサー。生活信条は「明るく・楽しく・仲良く」超楽天主義者。トロント在住。




