vol.6|『遠い山なみの光』|翻訳の窓から – 書評で読む世界
カズオ・イシグロは1954年に長崎で生まれ、幼くして両親とともに英国に渡った。1982年発表の『遠い山なみの光』はイシグロの長編第1作だ。自分のなかの日本を残しておきたかったと作家が語るように、ここではその経歴が色濃く反映されている。
英国暮らしの悦子にはふたりの娘がいる。長崎生まれの景子と、英国に移ってからの夫との子であるニキ。
物語はニキがロンドンから悦子を訪ねてきたところから始まる。自殺した景子の葬儀はすでに終えた。しかし悦子は、いまは景子のことを書こうとは思わない、と読者におあずけを食らわせ、遠い夏の記憶をたどる。
1950年代初頭。戦後の長崎で、妊婦の悦子は夫とともに新建のアパートに暮らしていた。窓から見える川原には古い家。梅雨が明けて、そのあばら家に母娘が越してきた。母の佐知子は「アメリカさん」の女だと近所でも噂で、相手の男を頼りにその家を出ようとしては裏切られている。
娘の万里子は10歳には見えるが、学校にも行かずに猫を唯一の遊び相手にしている。警戒心が強く「おばさんが来た」「あたしを家へ連れてくって」などと話すが、佐知子は子どもの作り話だと取り合わない。どこか危なっかしい母娘に悦子は深入りして、万里子が以前に恐ろしい光景を目撃したと知るが……。
映画の公開を機に今作を読んでみて、独特の作風が40年も前から完成していたことに驚いた。悦子の語りの核心部分では、イシグロ節がこのように炸裂する。
“記憶というのは、たしかに当てにならないものだ。思い出すときの事情しだいで、ひどく彩りが変わってしまうことはめずらしくなくて、わたしが語ってきた思い出の中にも、そういうところがあるにちがいない。”
それでも目を凝らせば、たとえ赤い提灯のようなぼんやりとした語りであっても、万里子の恐れたものが、悦子の顔が見えてくるはずだ。

評者=まえだようこ
英日文芸翻訳者。書評家・豊﨑由美を師と仰ぐ翻訳文学書評グループBookpottersのメンバー。女性作家作品を訳す同人誌『ほんやく日和』のvol.5がもうすぐ出ます。イシグロ作品のマイベストは『わたしを離さないで』。https://bsky.app/profile/yookoom.bsky.social






