氷の国グリーンランド(1) | 紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第24回
カナダ、ラブラドールの旅を終えて(2018年6月〜10月号記)グリーンランド海域に入ると世界最北の首都ヌーク(Nuuk)が見えてくる。グリーンランド系イヌイット男性が運転するバスに乗り込み市内に入る。“Nuuk”はグリーンランド語で「岬」の意味。その名の通り西海岸の出っ張ったところに街が広がっていて東側の湾にクルーズ船や貨物船が碇泊できる商業港がある。1728年にヌーク市を設立したルーテル派ノルウェー系デンマーク人宣教師ハンス・エゲデ(1686-1758)の長身像が小高い丘にそびえ立ち、住民の平和を見守っている。
ノルウェーの植民地からデンマーク国土の一部になったグリーンランドは学者で宣教師でもあるエゲデ氏の息子パウロ・エゲデ(1708-1789)は原住民の言語教育に大きな功績を残したと言われている。その恩恵を受けたのがラブラドールに宣教に行ったモラビアン派の宣教師たち。前もってグリーンランドでイヌイット語を習得していたからこそ、ラブラドールのイヌイットに受け入れられたに違いない。前述のラブラドール記でも述べたが、宣教だけでなく彼らの熱心な宣教と教育は東部カナダのイヌイットの間でも高く評価され伝統として今もなお継承されている。
ヌークの街はゴツゴツした岩の上に立てられカラフルな色彩の建物が氷の国を少しでも暖かく見せるかのようであり生活感あふれる。アパートビルは立地的にはまばらだがヨーロッパのデザインらしく洒落たものが目立つ。途中停車したところでイヌイットの家族が楽しそうにピクニックをしていたので写真を撮らせてもらった。笑顔が素敵だった。
モダンなビル、ヌークセンターはどこの都市とも変わらない。自治政府庁舎やショッピングセンターがあるが、商品はかなり高値だ。近代的なカルチャーハウスに入るや否や値段を忘れてカフェテリアのフレンチフライズに飛びつく私。デンマーク通貨のクローネで10ドル相当したと思う。氷の国に芋は育たないのだろう。ビルの前の道で血だらけのアザラシの肉を売っている人がいたり、近代化と伝統文化が両立する面白い街だ。旅行客の中には勇敢にもアザラシの刺身を試食している人もいたが、私は遠慮した。印象に残ったのはクラフトショップ。こんな小さな街にかなりのスペースで工作、手芸用品が並ぶ。ある人によると、することがないとアルコールに依存してしまう人が多いから、という説明だった。
海辺にあるヌークの国立博物館には1972年にキラーキチョック(Qilakitsoq)で発見されて有名になった古代イヌイット(1475年代)の女性と子供のミイラが展示されている。世界一古い皮のボート、その他イヌイットの祖先チューレ文化を語る資料が多く展示されており一見の価値がある。ギフトショップにはデンマークかノルウェーの製品が置いてある。
氷山が残る夏のビーチでシーカヤッキングの準備をしている若者たちがいた。一人の青年に聞くと近々レースがあるのだという。アザラシの皮でできた装具を身にまとい、自作のカヤックを担いでいそいそと海に向かった彼の笑顔がとても新鮮で印象に残った。長さ10メートル以上もあるシーカヤックは生き物のように水面を突き進み、青年を追う私のカメラに彼がVサインで応えた。
ヌークからグリーンランドの西海岸を航海しながらクレイジーなアクティビティーが始まる。度胸試しだ。腰に救命ロープをつけて海に飛び込むのだ。見るだけで体が凍える。約200人いる船客のうち20人は飛び込んだだろうか。ゾディアックに一人一人掬い上げられ、船の甲板にある温水プールに飛び込んで終了。
早朝ゾディアックボートでエヴィグヘッズフィヨルド(Evighedsfjord)のアイスクルージングに出かける。海面からみる氷塊の数々。接近して見ると溶けてガラスアートのような形相をしている。目の前でまた新しい氷塊が大きな爆音を立てて氷壁から離れ、漂流し始める。温暖化は秒読みで進んでいるのだ。ニューファンドランド、ラブラドール、そしてこのグリーンランドの船旅も終盤に近づき船は北の集落、カンガムイット(Kangaamuit)に向けて出発する。
石原牧子
オンタリオ州政府機関でITマネジャーを経て独立。テレビカメラマン、映像作家、コラムライターとして活動。代表作にColonel’s Daugher (CBC Radio)、Generations(OMNITV)、The Last Chapter(TVF グランプリ・最優秀賞受賞)、写真個展『偶然と必然の間』東京、雑誌ビッツ『サンドウイッチのなかみ』。3.11震災ドキュメント“『長面』きえた故郷”は全国巡回上映中。PPOC正会員、日本FP協会会員。
www.nagatsurahomewithoutland.com