イタリア(12)シエナ(Siena) -1|紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第37回
シエナがこれほど自尊心の強い街だとは知らなかった。13〜14世紀フィレンツェ、ジェノヴァ、ヴェニスと並ぶ交易や軍事の中心都市だったことを考えれば競争心は衰退したいまも民衆のDNAにあるのかもしれない。賭けに負けてワインの生産で有名なキアンティ(Chianti)地域をフィレンツェ側に取られてしまった(6月号)という苦い歴史もある。フィレンツェが13世紀に巨大な大聖堂の建築を始めるとそれに負けじとシエナは世界で一番大きな大聖堂を企画するが土地の広さの限界、加えて疫病の伝播で人口の3分の1を失うという惨事に遭い、サイズは縮小された。私はフォトセミナーでシエナ住民の中に入って行くことになるが、彼らの誇りに関しては後の記事でまた触れることにする。
トスカーナ州(州都はフィレンツェ)に属しシエナ県の県都であるシエナは現在人口約5万4千人というこぢんまりした街だ。50キロ離れた人口38万の大都市フィレンツェとは比較にならないほど交通量も少ない。観光客に溢れていても大都市で感じるストレスはない。シエナの衰退が結果として後世に愛される街として脚光をあびることになるとは当時の民衆は夢にも思わなかったであろう。
私はセミナーのためシエナ大学のすぐ横の小さなホテルに移動。忘れ物をすぐ取りに行ける距離であるのと同時に休憩時間のカフェにも近い。それにシエナの中心、カンポ広場(Piazza del Campo)は目と鼻の先という好条件。通称イル・カンポ(Il Campo)と呼ばれるこの広場は貝の形をしていて市役所と博物館も貝の殻頂側にある。晴れていれば寝転んで日光浴をしようが、仲間と座っておしゃべりしようが自由だ。ベンチはない。緩い傾斜で雨水は殻頂から地下に流れるようになっている。
貝の周りにはレストラン、カフェ、ホテル、土産物屋が立ち並ぶ。この街をパブリコ宮殿(Pubblico Palace)こと市役所のタワーから眺めるとどこもかしこも赤煉瓦一色で中世の眺めが再現されているかのよう。シエナで絶対に食べたいのがご当地発祥のパンフォルテ(Panforte di Siena)と呼ばれるお菓子だ。ナッツとフルーツをスパイスとシロップで固めた丸いキャンデイ風スイーツ。しっかりラップしておけば6ヶ月は持つと言われるからお土産には最高。
さてセミナー/ワークショップはSIPA(Siena International Photo Awards)の市のイベントの一環として設けられ、ナショナル・ジオグラフィックで活動中の写真家二人が講師。受講者は主にヨーロッパ各国からと私の合計10人ほど。参加の条件で出発前に送っておいた各自10枚の写真が順に映し出され、まずは講師によるクリティックから始まる。写真家たちの専門は動物、植物、人間、環境、景色とそれぞれ異なり写真家としての年数もまちまち。
1日目はグループ意識の向上に充てられ皆でディスカッション。実はいい写真をとる中国人の写真家がいたが言葉のハンディのせいか、二日後に抜けてしまったのはとても残念だった。13世紀に建てられたシエナ大学は16世紀にシエナ軍がフィレンツェ軍に完敗した後も破壊されることなく継続され多くの有名な哲学者、経済学者、弁護士、ライターを生み出した。教室は日本やカナダの大学のそれとはまるで違い、歴史の重さを感じさせる空気が漂う。
独特の輝きを見せる夜のシエナは格別だ。1472年から550年近くも続く世界一古い銀行の一つ、モンテ・デイ・パスキ(Monte dei Paschi)本部がサリンベ二広場(Piazza Salimbeni)にある。私のお気に入りの場所でもある。照明でビルが金色の輝きを帯びてまさに銀行にふさわしい光景なのだ。カフェも夜遅くまでやっていて夜食用おつまみのようなフィンガーフードを出しているところもある。セミナーで知り合ったウェールズ(Welsh)の女性と夜の街に繰り出した。普段カメラはキャノンを使うことが多いがイタリア旅行中はソニーを使っていたため彼女のソニーと共通の話題で仲良くなった。課題写真を撮影しながら暇をみてはお互いの写真を取り合ったりして不真面目にも遊びながら時は過ぎた。
石原牧子
石原牧子 オンタリオ州政府機関でITマネジャーを経て独立。テレビカメラマン、映像作家、コラムライターとして活動。代表作にColonel’s Daughter(CBC Radio)、Generations(OMNITV)、The Last Chapter(TVF グランプリ・最優秀賞受賞)、写真個展『偶然と必然の間』東京、雑誌ビッツ『サンドウイッチのなかみ』。3.11震災ドキュメント“『長面』きえた故郷”は全国巡回記念DVDを2018年にリリース。PPOC正会員、日本FP協会会員。 makiko.ishihara@gmail.com