カナダ・日本・世界を見つめる8人組 4月(2014年)
16. 日本のポップカルチャー情報をアップデート!
by 広瀬直子(2014年04月)
作家の村上春樹さんが以前、日本のカルチャーを「文化的焼き畑農業」と形容していたが、私は、最近「焼かれた畑」を見る機会があった。
私は語学書の著者で、『日本のことを1分間英語で話してみる』(KADOKAWA中経出版)という本を2008年に出版したのだが、去年、その文庫版を出してもらうことになって、2013年版に内容をアップデートして出版した。(タイトルは『1分間英語で日本のことを話す』に変更)
宣伝になって恐縮だが、この本は「歌舞伎」「みそ汁」「漫才」といった日本独自のトピックをそれぞれ英語の約100語、読んで1分間程度の簡単な英語で外国人に説明する趣旨のものである。
たとえば、「歌舞伎」のセクションの最初の段落はこんな具合:
見出し:It’s a colorful, dynamic theater(派手でダイナミックな舞台)
Kabuki is a form of classical Japanese theater. It is a spectacle of action, song, and dance. It uses many tricks such as a revolving stage and a trapdoor…
(歌舞伎は日本の古典舞台です。演技、歌、舞踊のスペクタクルです。回り舞台やせりなどさまざまなトリックを用います。)
このセクションは、2013年に新しく編集するにあたって、訂正するところはなかった。能や文楽を説明した文章ももちろん、時代に合わせて修正する必要はなかった。いずれの演劇芸術も何百年もの年月に耐えてきただけの普遍性な価値を持つからだ。
では、2008年には登場したものの、2013年には焼畑式に消されたトピックとは?そしてその代わりとは?
まず、駅の自動改札機(Automatic ticket gates)というセクションが、ICカード(IC passenger cards)となった。なるほど、私のような海外在住日本人は、最近日本に一時帰国する際、いちいち券売機の上の地図で値段を確かめ、券を買い、その小さな紙切れを大事にポケットに入れてもって歩いているが、今はこんなことをしている人は珍しい。しかし一時滞在者にとってICカードの購入は、残額を残したまま日本を去ることになって、もったいないことが多い。
次に「ギャル」という大見出しが「AKB48」に変わった。小見出しは It’s an all-girl idol group. (女の子だけのアイドルグループです)。本文には、
The group is marketed as the “accessible “ idol group that fans can casually see and even shake hands with… They are popular among male fans and children.
(ファンが日常的に見て握手さえできる「身近なアイドル」としてマーケティングされています。男性ファンと子どもに人気です。)と書いた。テレビのネットワークもグローバル化している今、AKB48を見て「この子どもたちは何だ?」と思う外国人は多いので、こういう説明も必要であろう、と編集者と私は読んだのだ。外国人と英語で話す機会のある日本人には便利なはずだと思う。下線のamong male fans(男性ファン)というところはけっこうキーワードで、大人の男性が真剣にこの子どものような女の子たちを見て目をハートマークにしている、という感じ。日本人として恥ずかしくても、本当のことだから仕方がない。
実は、自分でアップデートしておきながら、寂寥感にさいなまれたトピックがひとつあった。「Jポップ」のセクションで、「SMAP」を「嵐」に変えたこと。ジャニーズのグループの説明を英語でするには boy band(男の子のアイドルグループ。ワン・ダイレクションなどがこれにあたる)が手っ取り早い。しかし・・・SMAPを今も「boy」と呼ぶにはどうしても抵抗があった。
「かつてはAKB48みたいに若い女の子だった私も、今は中年のおばさんだもんな。SMAPだってboyじゃなくなるよね・・・」としみじみと考えた。そして身を切る思いでテキストのSMAP部分をハイライトして「あ・ら・し」とタイプして文を更新した。
今月の著者
広瀬直子 (Naoko Hirose)
1968年京都生まれ。ライター、翻訳者。トロントで翻訳・語学サービス会社 KAN Communications Inc. を共同経営。カナダの公認翻訳者資格を保有。トロント大学の継続学習スクールで翻訳の講師を務めた経験をもつ。語学教師の経験は20年以上前に遡る。
著書に『35歳からの「英語やり直し」勉強法』(日本実業出版)『日本のことを1分間英語で話してみる』(中経出版)。など。航空会社の機内誌、語学誌、英文の雑誌などに語学、旅行、文化関連記事を執筆。
同志社女子大学卒(英文学科)。トロント大学院修士課程修了(比較文学)
The Group of 8
2011年夏、カナダ在住の翻訳家や通訳、活動家、物書き、研究家、学生などの有志が集まり、それぞれの分野で築き上げてきた仕事や研究、日常について語り合ったのがG8の会の発足のきっかけとなり、月に2回ほどカナダ・日本・世界についてのコラムを発信している。
http://thegroupofeight.com