カナダ・日本・世界を見つめる8人組 8月(2014年)
20, 理系型の英語、文系型の英語 by 広瀬直子

ベストの英語学習法は人によって異なる。 「これが一番」のメソッドなどというものは、 実はないので
派手なタイトルに騙されないで。
何かの技能を向上させようとするとき、料理人なら味覚を磨き包丁さばきの技を鍛える、スポーツ選手なら瞬発力や筋力を鍛えることなどが必要で、そのための特化したトレーニングを積んでいくことで上級者になる。そして個人個人に有効なトレーニングはさまざまだ。
私は25年以上語学関係の講師をしてきたが、大人の語学学習ほど個人差が異なるものを他に知らない。
また、酔っ払うと「間違うと恥ずかしい」という気持ちが減るのか、外国語に妙に「流暢」(?)になる人がいるぐらいだから、語学と性格の問題は、深遠な謎に包まれている。
第二言語習得に有効とされてきたトレーニングメソッドは、主流、マイナー、実験的、裏技的なものを含めると枚挙に暇がなく、心理学や社会学も関わってきて、考えるだけで気が遠くなるほど果てしないものだ。そして、「このメソッドが万人に適している!」という証明された唯一のものはない。私は、どんな学習法が自分に一番合っているかは、アスリートのトレーニングと同じで、その時々の気分や体調にさえ左右されると思っている。
ただひとつ、私の分野である英語学習の場合、「理系型」と「文系型」になるのではないかと思ったことが何度かある。身に付ける能力は最終的には同じようなものだが、それにいたる段階、特に英語表現を理解するまでの段階の違いである。
私がこれまで担当した生徒さんで、工学部卒のエンジニアなど「理系型」の典型の方は、英語の文章をまず「問題」と見立て、線の上を辿るように段階を立てて単語を知り文法を理解して、解答に至ろうとした。場合によってはいくつかの可能性を考え、その中から消去していく消去法を取る、「線上段階的解決型」だ。
この段階のプロセスが脳で進行中に、私が手助けしようと「この文法はですね・・・」などと途中で口を出そうものなら、思考計画が乱れるのか、相当なストレスを感じるようだ。おそらく、すでに知っていることを言われたか、後の段階で聞こうと思っていたことを早々と言われてしまったので段階の組み換えが必要になるかのどちらかで、むっとされ、私が思わず「すみません」とあやまってしまう。
一方、文系方の人は英語を読んだり聴いたりしたらざっと全般的に概念やイメージを思い浮かべようとし、英語力不足でそれができなければ、単語を調べ、それでもできなければ仕方なく構文と文法を知ろうとする「全体的ふわふわ解決型」。こういう人は、「この文法はですね・・・」と私が口出ししても、ぼんやりしていた概念に論理を与える手助けになるようで、「なるほど」と言うことが多い。
理系型は、問題を解決したことに尋常ならぬ喜びを感じる傾向があるので、それを動機付けに使うといいかもしれない。その一方で「正確な」解答に至らないことが続けばひどく落ち込んだり、コツコツ粘り強くがんばってきたのにある日ポッキリ挫折し、これを経験すると、再度学習を開始することをガンコに拒絶しがちであるようだ。
「全体的ふわふわ解決型」は少々わからなくても「まあいいか」となんとなくあきらめることができるので、簡単に学習を休んだり、また始めたりする傾向があるように思う。ある日「私はもう英語なんてやらん」と宣言した人が、次の日には機嫌良く英文を聞いてリピートしたりしている。
理系型は系統立てて学習しているので、知識に漏れができにくい、文系型は全体にふわふわと「理解」しているから全体像を「なんとなく」つかむスピーが速い。どちらも一長一短だが、言語の解釈や定義にはひとつの答えがないことが多い、と言う意味では文系型の人の方がストレスが少ない可能性はある。
たとえばPeriodically という単語は文系型の人は「時々」、理系の人は「周期的に」という意味で使う。ここで、文系型の人が理系の意味を知ったら、「ああ、数学的にはそうなのね」で終わるが、理系の人は「時々はOccasionallyだろう、紛らわしい」となりがちだ。どちらがストレスが少ないかは明らか。
私の経験では「理系」型は少数派で、全体的には「文系」型の人の方が多かった印象だ。
もちろん、両方の要素を持っている人もたくさんいる。おそらく理想的なのは、文法学習では理系型アプローチを取り、時間のないときの読解では文系型アプローチを取る・・・などと、使い分けることだ。しかしこれは性格やそれまでの教育の問が絡むので、変えるのは難しいもの。大人にとっての語学学習では、どちらでもやり易いほうで英文理解に至れば良いわけで、いくつかのメソッドを知っておいて、それを臨機応変に組み合わせたり、使い分けるのが一番。
今月の著者
広瀬直子 (Naoko Hirose)
1968年京都生まれ。ライター、翻訳者。トロントで翻訳・語学サービス会社 KAN Communications Inc. を共同経営。カナダの公認翻訳者資格を保有。トロント大学の継続学習スクールで翻訳の講師を務めた経験をもつ。語学教師の経験は20年以上前に遡る。著書に『35歳からの「英語やり直し」勉強法』(日本実業出版)『日本のことを1分間英語で話してみる』(中経出版)。など。航空会社の機内誌、語学誌、英文の雑誌などに語学、旅行、文化関連記事を執筆。同志社女子大学卒(英文学科)。トロント大学院修士課程修了(比較文学)
The Group of 8
2011年夏、カナダ在住の翻訳家や通訳、活動家、物書き、研究家、学生などの有志が集まり、それぞれの分野で築き上げてきた仕事や研究、日常について語り合ったのがG8の会の発足のきっかけとなり、月に2回ほどカナダ・日本・世界についてのコラムを発信している。