TORJA東北復興通信
「復興の森」と「森の学校」の歩み
―「アファンの森財団」大澤 渉氏より
HP: www.afan.or.jp FB: www.facebook.com/cwnicol.afan.revival
●第2歩 日本の公立学校をここから変える

●自然環境を人間の本質的な人格形成に必要不可欠なものと位置づけ、地域本来の自然生態系の中で子どもたちを育む環境を整えることを目指す
●五感を育みながら、創造力豊かな心と不測の事態でも的確な判断と行動ができる“生きる力”を育む学校
私達は東日本大震災の教訓から、自然に逆らわず、森のチカラや海の恵みをいただきながら、ふるさとの自然を生かし、多様な種と共生することが「人間本来の学び」であり、「真の復興」ではないか、そして、未来を生きる子どもたちの教育こそ復興の目玉ではないかと考えました。そのためには子どもたちの学ぶ環境がとても重要です。子どもたちをコンクリートの学校に押し込めて詰め込みの授業をするのではなく、地域にある自然を最大限に活かし、自分で考え行動できる力、生きる力を育てる教育が大事ではないかと私達は考えました。
「森の中に校舎が点在し、授業は教室の外でしてもいいのではないか?」学校も生徒も森の一部、森が校舎であり、森が教室です。校舎は木造であることにこだわり、隣接する森とのつながりを大事にし、いつでも森の中で授業ができるように拠点を整備しています。
100年後の豊かな森を信じられなければ森づくりはできません。森づくりは未来を信じることです。地域本来の自然生態系の中で子どもたちを育む環境を目指します。(アファンの森財団大澤 渉氏より)
次回●第3歩 「心に希望の木を植える」活動をお伝えします。
熱く、楽しく、ファンキーに、三陸の海の復活に取組む!
石巻海さくら
HP: i-umisakura.com/about.html
FB: wwwhttps://www.facebook.com/i.umisakura

宮城県石巻市で三陸の海を復活させる支援活動を続けている「石巻海さくら」がある。2012年11月に立ち上げた。代表の高橋正祥氏が湘南海さくらの代表古澤純一郎氏と出会ったのがきっかけだ。湘南海さくらは2005年から江ノ島の海を奇麗にする活動を続けており、その活動と共に、震災後石巻市湊町の海を奇麗にする活動を始めていた。高橋氏が石巻市でダイビングショップを開業することがきっかけで、2人は熱いタッグを組んだ。
毎月1回のペースで続けられている活動では、毎回多くの瓦礫と遺失物が拾われる。常連はタイヤ、漁業用ロープ、流木、大きいものだと船や車、また、財布、免許証など身分もわかるものもいまだに発見されるそうだ。1回で多い時だと2tトラック2台〜5台分にもなる。潜水活動当初はまだ家がそのまま沈んでいたり、車が重なり合っていたりと、瓦礫だらけの海だったそうだ。活動を現在まで続けて見られる手応えは、海の環境が奇麗になってゆくこと。どんどん海藻など生えて来て魚なども戻ってきている。活動を行っていない場所でも瓦礫に海藻が生えてくるが、3.11のままの場所もたくさんある。
作業には危険が伴い、海中の撤去作業はプロが行う。しかし、活動の様子がアップされているHPとFBには、たくさんの素敵な笑顔が並ぶ。全国津々浦々からのボランティアが、たくさんの周りの人々のつながり、友達の友達などのネットワーク、口コミや紹介などで活動を知り、参加している。また、地元の人々や漁師さんの参加もある。活動のモットーそのままに、和気あいあいと作業は行われ、2年ぶりに遠方からはるばるリピート参加する人などもいることが、石巻海さくらのチームワークとムードの良さの証と感じる。
環境省調べによると、東日本大震災の震災瓦礫は約2500万t 、津波により海に流出した瓦礫の量は全体の20%程度と推定、70%程度は海底に,残りの30%程度は漂流ごみとして太平洋に流れ出たと見られている。活動を通して現状を把握している高橋氏は、4年や5年で海がすっかり奇麗になる、といったような楽観的な見方はできない。活動の度、新たなゴミが漂着して、なかなか減ってくれない。継続することが一番大事だと考えている。「10年、20年ちゃんと続けられるように団体の体制や教育なども行い、次世代の子供たちに綺麗な東北の海を残して行きたいです。」
●寄付金受付情報(熱い活動の様子はHP、FBに!ぜひご覧ください!)
七十七銀行 石巻支店 普通 5888549
石巻海さくら 高橋正祥
(イシノマキウミサクラ タカハシマサヨシ)
6月の定点カメラ
@リアスNPOサポートセンター事務局長 川原 康信
HP : kickoff-rias.com/fukkocamera
FB : www.facebook.com/fukkocamera


瓦礫となった車両が散乱していますが、鉄筋コンクリートの建物が多かったことから、改築して使用しています。一見、復興が進んでいるように見えますが、元の商業者の多くは現在も仮設店舗で営業を続け、未だに戻っていません。建物の裏側の多くは空き地になっています。この地に生活する被災者にとっては、まだまだ復興感を味わうことができないでいます。













