TORJA東北復興通信
「復興の森」と「森の学校」の歩み●第7歩
―「アファンの森財団」大澤 渉氏より
HP: www.afan.or.jp FB: www.facebook.com/cwnicol.afan.revival
●第7歩 「うまのひづめ展望デッキ」が完成!
2013年10月の構想から1年後の2014年10月、「復興の森」に「うまのひづめ展望デッキ」が完成した。早稲田大学古谷誠章研究室が構想・設計し、学生達が中心になって9月の下旬から2週間仮設住宅に泊まり込み、施工を行った。「復興の森」の頂上、標高65m、東松島市の街と海を一望できるビューポイントに、子ども達や地域の人々にとって「ふるさとを想い、未来を展望できる」「森の学校」の教室の一部になることを願って設置された。

車の通れない山道での木材の運搬を担ったのは馬だ。運搬器具を馬に繋げ、十数本ずつ運ぶことを繰り返した。「ホーッ、ホーッ」というかけ声と一緒に馬達が頼もしく山道を駆け上がってゆく。この馬達の活躍とその形状にちなんで、「うまのひづめ展望デッキ」と命名された。木杭を打ち込み、木枠を組んでゆく。その上に一本一本木材を並べ、鉄釘を使わず、木ダボという木で作った長い棒を使って固定していった。たとえ朽ちてもすべてが自然に還る素材で作られた。現場の地形に合わせて、学生達が話し合いながら調整を繰り返し、仕上げにヤスリをかけ、遂に、馬のひづめをかたどった展望デッキが美しく完成した。
幅約6メートル、奥行約7メートルの展望デッキは、しっかりと安定し、子ども達が何人も登ってもビクともしない。出来上がったばかりの「うまのひづめ展望デッキ」に子ども達が笑い声をあげて飛び乗ってはしゃぐ。2014年10月26、27日両日に、完成披露式が執り行われ、地域住民と支援団体、企業合わせて約30名が参加した。阿部秀保市長とニコル氏は協力し合って復興への取り組みを少しずつ形にしてゆく最中、披露式でもそれぞれに想いと決意を述べた。
東松島市とアファンの森財団が取り組む「復興の森」が緑豊かな森に成長するまでの長い年月、ツリーハウス「ツリードラゴン」や「うまのひづめ展望デッキ」は、子ども達や地域住民の人々に森を訪れてもらうための大切な場所。第3弾として、昨年11月にはサウンドシェルターが完成した。今後、「森の劇場」の設置と2017年にはいよいよ「宮野森小学校」の設立が予定されている。子ども達の成長ともに「復興の森」が成長してゆくことを楽しみにしている。
次回●第8歩 5年間の取り組みを振り返って、思い描く未来(仮)をご紹介します。


NOZOMI PROJECT(のぞみプロジェクト) マネージャー 佐々木 ゆうこさんより
HP: nozomiproject.com(ドル・英語サイト)/ nozomiproject.jp(円・日本語サイト)
身に着ける人にも「希望の光」を届けたい
彩とりどり、柄様々の素敵なアクセサリーを見つけた。やや小ぶりの控えめな大きさのネックレスだった。それが東日本大震災の津波で流されて壊れた陶器のカケラからつくられたアクセサリーだと、わかって驚いた。宮城県石巻市でソーシャルビジネスとして2012年10月立ち上げられた「NOZOMI PROJECT」が制作したものの一つだった。オンラインショップには、ネックレスを中心にピアス、指輪、ブレスレット、カフスなどが販売されている。壊れた陶器のカケラから作られたアクセサリーだとはとても思えないほど、センスの良いデザインに仕上がっている。
宣教師、高本スーさんがボランティアを通して繋げた石巻の女性の自立のためのビジネスは、今では総勢15人のスタッフが働いている。「何かはじめたい。一緒に集まって、希望を見いだせるような、時間に制約のある女性が働ける、そんな場所を作りたい。」心に芽生えた想いを根気強く育てていった。たくさんの人々の協力に恵まれ、LAからはプロのジュエリーアーティストがレクチャーをしに訪れてくれた。ゲストハウスの一角からスタートしたプロジェクトは、2013年6月、新工房「のぞみハウス」に移るまで成長した。
スタッフはみんな初心者だった為、今の量産体制を確立するまで、様々なシステム変更を要した。限られた時間の中で、効率を上げるため、工程の細分化し、分担作業にし、お互いをカバーすることで、安心して休める職場環境をつくった。震災により激減した雇用を生み出すことに貢献しただけでなく、女性達が集うコミュニティの創出と製品である『希望のカケラ』を通して、世界中の人々との繋がりを生んだ。アクセサリーは、26か国の人々の手に渡った。集うスタッフ達は仕事を通して、自分の新しい一面に気づいたり、製作にイマジネーションを膨らませたりと楽しんでいる。
設立以来年間売上の10%を「のぞみプロジェクト」の理念のままに、「希望」の連鎖を繋ぐプロジェクトや団体に寄付している。金銭的な援助の他、培ったノウハウを新規起業団体へ提供し、サポートしている。また、プロジェクトを通して、東北で同じく復興に取り組む団体とも連携している。
スタッフは脱被災者を目指して日々奮闘し、それでも未だ拭いきれない部分を持つ。「起こった事実は消えないけれど、世界中の人との繋がりを通して、たくさんの恵みと希望を頂きました。次は自分達がNozomiのアクセサリーを通して、たくさんの人を笑顔にできたらいいな、希望を伝えられるといいな、と思っています。」(佐々木さんより)


3月の定点カメラ
@リアスNPOサポートセンター事務局長 川原 康信
HP : kickoff-rias.com/fukkocamera
FB : www.facebook.com/fukkocamera
「あの街並みは、もうない」 あれから5年が、過ぎようとしています。復興工事は、着実に進んでいます。しかし、街並みの急激な変化に心がついて行きません。浦島太郎が、現実の世界で起きているのです。津波で街並みを流され、今度は復興で記憶を流されています。復興とは、街の記憶を消し去ることなのでしょうか?心の復興は、まだ先のことのようです。

そこには、平穏な日常がありました

建物と共に、多くの命が流されました

自宅のあった場所には行くことができません













