吉田大八 監督 舞台挨拶密着&スペシャルインタビュー|トロントを訪れた著名人
トロント日本映画祭GRAND JURY PRIZE BEST FILM受賞『羊の木』のほか、三島由紀夫小説を現代設定に脚色した『美しい星』の2作品で5年ぶりにカナダを訪問
ー5年ぶりのカナダ、そして映画祭への参加ですね。
昨日トロントに到着し、1日色々と観光をさせてもらいました。5年前に同じこの映画祭でお目にかかったジェームズ館長をはじめ、本日初めてお会いした方々を含め本当に親切にしてくださいます。以前この地を訪れた時と同じアットホームな気持ちにさせてくれる場所だなと感じました。
ー日本と海外での観客の反応の違いはどう感じますか?
双方にも言えることなのですが、例えば日本では笑わないシーンでも海外では爆笑が起こるといった現象は様々だなと感じます。昔は海外と日本で反応が違うだろうというシーンが予想できたのですが、今では日本でさえ上映する場所によって観客の反応が異なる時があります。特に今回の2作品は、そういった意味で色々な受け止め方をされる映画なのではないかなと思います。なので、どの国がよく笑って静かだったといったはっきりしたパターンが見出しにくいですね。
ー短期間に2作品撮影する上で、工夫された点や苦労されたことを教えてください。
2016年に『美しい星』を撮影して仕上げた後にすぐ『羊の木』の製作に取りかかりました。ほぼ1年かけて2作品完成させたということになりますかね。撮影を切り替えることは、むしろ期間をあけて製作するよりも色々な感覚が失われないような気がするので大変ではありませんでした。
ー英語字幕を用意する際、日本語の意味合いを英語に直すというのは時に難しいこともあると思いますが、英語翻訳を作る際に観客が理解できるよう工夫されている点はありますか?
海外の方で日本の作品を字幕付きでみようとしてくれている方々はきっと色々な映画を見て慣れていらっしゃるので、監督がどんなことを伝えようとしているのか上手く汲み取ってくれていると思います。
私は、今回の作品で7本目ですが初回から同じ翻訳の方に作成をお願いしています。自分のコンディションによって細かくチェックすることもあれば、お任せしてしまうこともありますが、基本的には毎回意見交換をするようにしていますね。
『羊の木』も『美しい星』も字幕付きで1~2度は鑑賞しましたが、映画の表現をうまく意図した英語になっていると思っています。
ー近年ではレビューサイトが増え、映画に対する善し悪しを付けることが当たり前な時代になってきていますが、映画の楽しみ方について考えをお聞かせください。
たしかに事前にあらすじやレビューを読み、どのような内容なのかを理解したうえで映画を鑑賞する人も増えています。これはあらかじめ答えを予想し、その結果の答え合わせに映画館に足を運ぶ人が多くなってきているのではないでしょうか。
それも一つの楽しみ方ですが、監督やあらすじを知らない映画を観る事で生まれる消化しきれないモヤモヤとした感情も大切にできれば良いですよね。
単純明快な映画は、理解しやすい点で「面白さ」や「想像力がある」といった感想を述べることは比較的容易ですが、一方で不明瞭な結末や答えの無い作品は理解が不十分なため時に腑に落ちず、どんな言葉が感想として相応しいのかと正解を探そうとしたりします。
しかし例え内容が完璧に理解出来なかったとしても、その時に抱いた感情と向き合って行くことで、生活シーンの中に様々な発見が得られるのではないでしょうか。
ー読者の方々へメッセージをお願いします。
『美しい星』は、私にとって約30年の思いが詰まった映画です。学生の頃から作りたいという気持ちを忘れず、幾つもの作品を生み出してきましたがその中には全て共通点がありました。
一つ一つの作品を思い返してみると、どの映画にも美しい星のラストを飾る「空飛ぶ円盤」が存在したということです。これは、エンディングに衝撃を与えるとても重要なシーンで、また正解の無い問いを考えさせられる内容に仕上がりました。隣り合わせた今回の2作品は、私にとって大きな区切りでもあり出発点とも言えるのではないでしょうか。『美しい星』は、私の長年の夢が現実になった1つの終着点でもあり、『羊の木』の全く新しいストーリー性は第2のスタートになっているような気がします。
様々な日本映画が存在する中で、このような映画祭に呼んでいただけるのはとてもありがたいことです。自分の作品には全て個性があると考えているので、それを自覚しながら今後も良い意味で観客を裏切るような作品を作っていきたいと思います。
『羊の木』舞台挨拶 観客Q&Aハイライト
吉田監督は「5年前にこの映画祭に参加させていただいた際、アットホームな歓迎をしてくださったのを覚えております。映画の後にはQ&Aもございますので、その時また皆様とお話できるのを楽しみにしております。」と観客に向け丁寧に挨拶の言葉を述べた。
Q&Aセッション
Q 数ある日本漫画の中で、なぜこの作品を選び映画化しようと思ったのですか?また、映画では原作の内容と変更を加えた理由も教えてください。
A 罪を犯した人々が刑務所から秘密に出所し、いつの間にか田舎町の住民となり暮らし始めるというストーリーにワクワクしました。そんな感情をベースに映画作りをしたら面白いのではないかと思ったのがきっかけです。
娯楽が少ない地方環境で人々がどのように時間を過ごすのかを考えた時、私自身若い頃同じような地方都市に住んでいた頃の経験を思い出しました。登場人物の設定を若くしバンドシーンを追加したのも、当時音楽に時間を費やしていた過去の自分と重ね合わせていたのだと思います。
Q 木に羊がなる訳がないので、「猿の木」や象でもいいのではないかと思ったのですが、今回のタイトルにはどんな意味があるのでしょうか?
A タイトルは原作と同じ名前ではありますが、冒頭に意味ありげに出した文章は映画のオリジナルです。実際に「羊の絵」というものが実在し、それが今もなおヨーロッパの地に残っているという話を聞きました。私は、何故そのような絵のイメージが生まれたのかをずっと考えていました。トロントでは目にする人も多いのではないかと思うのですが、コットンツリーからきたフワフワとした綿花が飛んでいるのを見た事がありますでしょうか。あるヨーロッパ人の方が、中央アジアでその綿花を「木に羊がなっている」と連想し絵にしたのだそうです。
私はその意味の分からないものをそのまま受け継いでいる人間の心の働きが面白いと思いました。理解ができないものと共存していくというところに関して、今回の映画のテーマと繋がっているのではないかと考えています。
Q 今回の映画のテーマは何ですか?
A そもそも本作を観た人それぞれが違う意見を持って帰ることがベストだと考えているので、監督の言うテーマが正しい答えだと思わないでいただきたいです。純粋に感じたことを忘れてほしくないと思っています。
これはあくまで私の意見ですが、今回の映画製作時に考えていたことは「人間の性(さが)」についてです。人間は、結局のところ変わることはできないと思っています。ですから、ありのままの状態で一緒に生きていく方法を探すこと自体が私たち人間社会なのではないでしょうか。
作り手としてはテーマに関して正解や不正解をジャッジするのではなく、時間をかけて一生懸命見つめ続けていきたいと思いながらこの映画を作りました。