カンヌに続き、カナダで商業映画デビュー作が注目!濱口竜介 監督 インタビュー|トロントを訪れた著名人
トロント国際映画祭で「寝ても覚めても(英題:Asako I&Ⅱ)」が上映。
寝ても覚めても(英題:Asako I&II)』は、ヒロインの泉谷朝子(以下、朝子)が、5年前に付き合っていた鳥居麦(以下、麦)と同じ顔をした丸子亮平(以下、亮平)に恋をし、2人の間で揺れ動く恋心を描いている。主演は東出昌大、ヒロインは唐田えりか。今回TIFFで上映されることを受け、映画祭を訪れた濱口監督にお話を伺った。
恋愛とはこういうものだと思わせる描写
ー今回の映画化のきっかけを教えてください。
これは単純に私が、原作である柴崎友香さんの小説『寝ても覚めても』が好きだったからです。この小説に惹かれたのは、全く同じ顔の2人の男が出てくる部分です。現代の世の中でありえないことが、小説の中では、普通に起きることとして描かれている。そのせいで日常生活が日常のまま歪んでしまう。そこはとても面白いし、それをそのまま映画の描き方に活かせる気がしました。
ー原作があっての映画化ですが、意識されましたか?
そうですね。やはり原作がなければ映画化はない話なので、意識することは心がけました。ただ、文学と映画というのは全く別物なので、あくまで映画として観客を楽しませるために、原作に手を加えていくことはあります。原作の核を保ったまま、どうやって映画に落とし込んでいくかという部分は常に意識していました。
ー揺れ動く心を描写する上で、心がけたことはありましたか?
私はどちらかというと、恋愛は揺れ動く心があって当然だと思っているので、その心に沿って撮影しました。ラスト30分でヒロインがとる行動は原作にも描かれていたことであり、一番読者を驚かせる部分でもあります。私自身は、朝子という人はこういう人だし、恋愛というのはこういうものなのではないかと思わせる描写だったので、ある程度そのまま映像にさせてもらいました。
ー主人公の東出昌大さんは同時に2人を演じていますが、撮影の際に監督として工夫されたことはありましたか?
まず最初に、2人の演じ分けをしなくていいということをお伝えしました。それは演じ分けを意識することで、ある程度観客に見透かされてしまう可能性があるからです。そのために演じ分けをしなくていいような環境作りは監督として工夫しました。
それは(何かと言うと)、原作に基づいて、方言で2人を区別することであったり、見た目だったりですね。髪型やそれぞれが放つ雰囲気を、衣装さんやメイクさんと相談して変化をつけました。
リハーサルでは「濱口メソッド」と呼ばれる手法で新鮮な演技を引き出す
ー濱口メソッドがあるとお聞きしましたが…。
そうですね。本読みというリハーサルの時に、ひたすらニュアンスを抜いてセリフを読むようにしています。例えば、電話帳には感情がないですよね。そのように、情報を読むような形で感情を抜いて、何度も繰り返し読みます。その状態で撮影に入り、あとは役者さんのやり方に任せます。
こうすることで、役者さん自身も、その次にどのセリフがくるかは全員分かっているけれど、どんなニュアンスでくるかは全員何も知らない状態になります。すると、こういうニュアンスだったんだという驚きが加わり、新鮮な演技が自然とできるのです。
そもそもこの手法は、ジャン・ルノワールというフランスの監督がイタリア式本読みというリハーサル方法をとっていて、そのやり方を踏襲している形になります。
師匠は黒沢清監督
ー何度かTIFFにも来られている黒沢清監督が師匠とお伺いしましたが、思い出などがあれば教えていただけないでしょうか?
黒沢監督は私の大学院の先生で、2年ほど講義やゼミを受けていました。私たちのゼミは監督コースで、ゼミ仲間とファミレスなどに行って、ただひたすら映画の話をしていました(笑)。でもその時間がとても楽しかったですね。
私がゼミに所属していたのは2006年と2007年だったのですが、ちょうど黒沢監督の作品(『LOFT(ロフト)』や『叫び』)が立て続けに公開された時期だったので、作品を観ては、どのように撮影したのか、どうやったら自然な感じに見えるのかなどを聞いていました。
映画作家と呼ばれる人達は、〝あれは一体どうやったのか〟〝どうやったらあんなこと起こせるのか〟などと言わせてなんぼなんだということも黒沢監督のスタンスから学びました。
トロント国際映画祭は見識のある映画祭
ーカナダ人の俳優や監督、カナダ映画の印象はいかがですか?
カナダ映画と言われて頭に浮かぶのは、俳優のグザヴィエ・ドラン氏や映画作家のガイ・マディン氏です。以前、ガイ・マディン監督がセレクトした映画特集を観に行ったことがあり、すごくいい特集だったなという記憶があります。
ートロント国際映画祭の印象はいかがでしょうか?
昨日到着したばかりなので、印象まではっきりとは答えられませんが、とても見識のある映画祭であり、ここで上映作品に選ばれるということは、大変名誉であると聞いています。
ーカンヌでも上映されたそうですが、現地での反響はいかがでしたか?
カンヌの反応は、基本的には好意的なものだったと思います。ただ、映画の特性だと思いますが、好き嫌いが分かれるという印象もありました。ヒロインのとる行動が不合理だと感じる人にとっては、この映画は破綻していると思われるかもしれないし、ヒロインの行動に対して恋愛とはまさにこういうものだと思う人にとっては、非常に真実味のある映画に思えるのではないかと思います。
これはカンヌに限らず日本国内でもそうなので、結局はその人が持つ価値観によって左右されるし、その振り幅が大きいように感じます。
ーメディアや評論家の方などの反応はいかがでしたか?
海外で反応を聞いているのが、カンヌと台湾とここトロントになるので、まだ自分の中でサンプルがない感じではあります。これは東出昌大さんが仰っていたのですが、裏切りを描写している部分について、日本人は人に裏切られたらあんなに怒るの?とフランスの方に聞かれたようです。
怒るか怒らないかは性格によるかとは思うのですが、相手を許せるか許せないかに発展すること自体がそもそもおかしいと感じる人が普通にいるというのは素晴らしいことだと思いましたね。
プロデューサーの懐の広さと役者の演技に生かされている
ー先日東京で行われた上映イベントで、主演の東出昌大さんが「(本作は)傑作だと思います」と仰っていましたが、監督自身はどのように感じていらっしゃいますか?
傑作かどうかを監督である私が判断するのは難しいことなので言及は避けますが、展開が分かりきっているにも関わらず、観入ってしまうことに驚くことはあります。全く同じ顔の男が現れることはあり得ないわけで、言ってみたら茶番みたいな話なわけですから、それは役者さんの演技の深さに驚かされるということなのかもしれません。
ありえない設定であるにも関わらず、何か信じさせる力を主演の東出昌大さんとヒロインの唐田えりかさんが放っているので、観ていて何度も驚かされてしまいます。
ー商業映画デビュー作となる本作が、海外の映画祭で注目されている心境はいかがですか?
それは本当に嬉しいです。プロデューサーの方達が私の過去作品を見て声をかけてくださり、どういう風に演出し、物語を運んで行きたいかについて最大限尊重してくれました。なので、このような結果が出たというのはプロデューサーの懐の広さのおかげなのではないかと感じています。
来年モントリオールで濱口作品の懐古上映を企画
ーこの『ASAKO I & II』を見て、監督の過去作品の中で、特にこの作品を観て欲しいという映画はありますか?
私のフィルモグラフィーを観る機会は、カナダの方にはなかなか無いと思いますが、来年モントリオールで、私の作品の懐古上映を企画してくださっていることを先ほど伺いました。そこでぜひ、『ASAKO I & II』を作っていた人はこんな作品も過去に作っていたんだなと思っていただけると、とてもありがたいですね。
ーこのインタビューを読んで映画をご覧になりたいと思った方に注目ポイントを教えてください。
役者さんを観ていただきたいですね。商業映画とはいえ、潤沢な予算があった映画ではないのですが、役者さんを観ていると監督の私でも本当に胸を打たれる瞬間があります。役者さんがそれぞれの役をどう演じるかにぜひ注目していただきたいと思います。