デロイト・セミナー:海外に拠点を置く日系企業をはじめとする多くの企業が課題とするトピック
6月12日、デロイトカナダのトロント事務所にて各企業のマネジメント・ポジション向けのセミナーが開催された。内容は主に三つ。「北米の移転価格税制の最新動向」、「ブロックチェーンの最新動向」、そして「人材の確保とそのリテンション」という海外に拠点を置く日系企業をはじめとする多くの企業が課題とするトピックが幅広く扱われた。
多くの国や企業の最優先課題である移転価格税制
はじめに登壇したのはDeloitte Tax LLPにおいてPrincipal & Transfer Pricing Economistを務めるダーム・薫氏。移転価格税制のスペシャリストであるダーム氏は、移転価格税制が多くの国の税務当局が最優先課題として扱っている事柄であると、その重要性を指摘した。
移転価格とは、複数の国々に拠点を置く企業の関連者同士が国境を超えて取引を行った際に発生するコストや価格のこと。例えば、日本の親会社がカナダの子会社にモノを売ったとする。当初関係会社間で合意された価格に変更があった場合、課税対象となる利益が価格の変更を通じて他国に「移転」される。
では、なぜこれがリスクになってしまうのか。ダーム氏は、リスクは複数あるという。その中でも一番典型的なのは「二重課税」だそうだ。変更した価格を外部から指摘され、元の価格に戻した場合、同じ利益に対して二重に課税されてしまう恐れがあるという。このため、多くの企業はこのようなリスクを未然に防ぐべく、様々な手段を取っているとダーム氏は語った。
移転価格を利用した脱税への国際的な対策
企業にとって様々なリスクがある移転価格税制だが、もう一方でこの移転価格税制を利用して課税の対象となる所得を操作することにより課税を一部逃れている企業もあるという。この問題を解決すべく、経済協力開発機構(OECD)とG20が先陣を切って2012年に始動したプロジェクトがBEPS(ベップス)プロジェクトだ。BEPSとはBase Erosion and Profit Sharingの略で、問題である税源浸食(Base Erosion)と利益移転(Profit Sharing)を意味する。これの対処法として各国で認識の齟齬が起こらないように基準を設けるなどして透明性を上げる取り組みも行なっている。
それではカナダにおいて移転価格はどのように扱われているのか。数々の国においてリスクとして懸念されている移転価格税制だが、カナダも例外ではない。カナダの国税庁であるCanada Revenue Agency(CRA)もコンプライアンスへの規制を強めるべく、予算を追加したと発表。先述のBEPSプロジェクトに対しても強いコミットメントが見られるとダーム氏は述べた。
カナダをはじめとした多くの国でリスクとして重要視されている移転価格税制。果たしてBEPSプロジェクトによってより厳重に取り締まることが可能になるのか、これからも注目される。しかしながら、ダーム氏は改めて企業が各々に前もってリスクを見出しそれに対する対策を練ることが不可欠だと強調。これからも移転価格税制を巡ってはさらに熱い議論が繰り広げられることだろう。
世界の金銭の動きに多大な変化をもたらしたブロックチェーン
続いて登壇したのはDeloitte LLPのパートナーであるスーマック・チャタルジー氏。ここ数年で大きな飛躍を遂げたブロックチェーンの誕生のきっかけ、そしてこれからの可能性について語った。チャタルジー氏はまず、ブロックチェーン誕生のきっかけを説明。2008年に起きたリーマン・ショックを機に、銀行の信用性が問われるようになった。その年より、銀行を介さずともお金を動かす方法としてブロックチェーンが注目されるようになったそうだ。
「ブロックチェーン」とは近年話題になっている「ビットコイン」を可能にしているテクノロジーだ。近年様々なテクノロジーが登場している中、ブロックチェーンが注目されている理由としてチャタルジー氏は「信用」に変化をもたらしたと指摘。ブロックチェーンの誕生によりその「信用」はプログラミングを可能にするコードへと移行したとチャタルジー氏は語った。
「信用」の移行による摩擦の軽減・透明性の向上
さらに、チャタルジー氏はブロックチェーンによって金銭や物品などが動く際の摩擦が減ったと同時に透明性が増したと指摘。このおかげで、ブロックチェーンは企業においても広く応用することが可能になる。
例えば、小売店で販売していた商品に欠陥があったことが判明するとする。その場合、今まではサプライチェーンのどの箇所において欠陥が生じたかを把握することが難しいため、全ての店舗で商品をリコールせざるを得ない。しかし、「モノ」を動かすサプライチェーンだからこそブロックチェーンを応用することが可能とチャタルジー氏は語る。これにより、原材料や商品の管理の透明性が増し、サプライチェーンのどの段階において欠陥が生じたか明らかになり、より効率的にリコールをすることが可能になるという。
このように、ブロックチェーンは応用の方法によって多くの企業が抱えている課題を解決するポテンシャルを抱えているとチャタルジー氏は強調。また、ブロックチェーンを活用することを考えている企業に対し、チャタルジー氏は、共有されたデータや様々な機関が携わっているプロセスだったり、そのプロセスにおいて自動化が可能な部分がある場合、ブロックチェーンが活用出来るのではないか、とその幅広い可能性を暗示した。
パネルディスカッション
「カナダにおける優秀な人材の確保とそのリテンション」
登壇したのは豊田通商カナダの多田秀俊氏、三井住友銀行カナダ支店の遠山達也氏、そしてカナダ三井物産の宮本史昭氏。カナダに拠点を置く日系企業の代表として、「カナダにおける優秀な人材の確保とそのリテンション」について議論した。
海外拠点における優秀人材の現地採用・リテンション
まず議論されたのは「現地の従業員の採用とリテンション」という議題。いかにカナダで採用した人材を採用し、留めるかが焦点となった。日本においては誰もが知る大企業でも、カナダではそのネームバリューが通じないこともあるという指摘があった上で、遠山氏はさらに報酬の面でも日系の銀行は欧米の銀行には敵わないと加えた。そんな中、ネームバリューや報酬ではなく、企業そのものの魅力を伝え共感を得ることが重要になってくると語った。
さらに、人材育成においても多彩なプログラミングが必要になることも明らかになった。三井住友銀行ではグローバルな研修、三井物産では部署の垣根を超えた横のつながりの構築、そして豊田通商ではカナダでの新卒採用と役員候補のための特殊な研修を設けるなど、各企業が様々な取り組みを行っていることが伺えた。
意思決定の場に携わる機会を与え、経営陣の一員に
二つ目の議論は「管理職の現地化」と題され、いかに現地採用の社員のポジションを高めていくかについて様々な意見が出された。その中で、宮本氏は三井物産での取り組みとして現地で採用した従業員を日本の本社に送り、意思決定の場に参加させる取り組みを行っていると語った。「0から1を創るようなプロジェクト」に参加することにより、現地に戻ってきた際に中心になるような人物になってもらいたいと大きな期待を寄せていた。
一方、豊田通商の多田氏は管理職候補を外部から取らず、敢えて社内から取るという動きについて言及。海外支社では外部から管理職候補を選出することが一般的だが、それでは企業の理念やフィロソフィーに共感しているかどうかが不確かになってしまうと指摘。
一方で、既に企業理念に共感している社員から選ぶことで、結果的に企業にとってより効果的な人材を選出することが可能になるのではないかと語った。
また、遠山氏は駐在員の経験の浅さについて懸念を示した。数年滞在しただけでは現地の市場や状況を把握するのが難しい一方、現地で採用された従業員はそこで生まれ育った場合が多く、より現地の環境や市場について知見があるのではないか。それにより、より現地に適した判断を下すことが出来るのではないかと遠山氏は指摘。このような理由から、現地社員を経営に携わるポジションに配属することがこの先さらに重要になっていくと遠山氏は結んだ。
日本と海外の中間に立つ駐在員の役割も欠かせない
そんな中、日本からの駐在員はどのように貢献していけるのか。議論を通して、社内的な役割と社外的な役割の両方を担う責任があるとの指摘があった。例えば多田氏によれば、本社レベルで意思決定をする必要がある際、本社と現地社員の間のコミュニケーションを、必要に応じて駐在員がサポートすることで、プロセスをスムースに進めることができるという。
また、現地の支社でもお客様が日本人である場合があるため、その際には日本からの駐在員が語学的、そして文化的なアドバンテージがあるという例もあった。
一方、遠山氏は現地社員がいかにその企業の理念や考え方に沿った仕事をしているかをしっかり見守ることが駐在員としての重要な役割だと指摘。
そんな中、宮本氏は駐在員と現地社員の間に情報格差が生じないことが最も重要だと指摘。社内では書類や会話を全て英語にするなど、駐在員と現地社員が入手可能な情報に差が無いことが最も重要であり、各社員が活躍するために必要不可欠であると語った。
日系企業の海外支社だからこそぶつかる課題は様々だ。移転価格税制やブロックチェーンなどをはじめとするオペレーション面での課題はもちろん、海外展開するにあたって必要不可欠である人材の育成やリテンションもまた、様々な課題がある。これから先、日系企業が海外でさらなる展開を続けるためにこのような課題にどのように立ち向かうのか、議論はこれからも続くことだろう。