トロント大学卒業 大手総合商社勤務 藤原妃奈子さん インタビュー|特集「学びは人から。 経験を成長につなげる。」
トロント大学を卒業後、現在は東京の大手総合商社に勤務する藤原さん。日本のインターナショナルスクールを経て海外大学進学への道を選んだ彼女は、トロントで就職活動を行い、自分自身と向き合うなかで日系企業へ就職することを決めた。海外生活を経て日系企業へ就職した彼女が、実際に働くなかで感じたことや1年目の時の葛藤について等身大の声を聞くことができた。
〝日本を出たかった〟
ーバックグラウンドについてお話をお伺いします。なぜ海外の大学へ進学することを決めたのですか。
日本を出たかったからというのが正直なところです。私は、小学1年生から3年生までの間、父の仕事の都合でカタールにいました。現地の学校に通うなかで友達にも恵まれ、カタールで沢山の素晴らしい思い出が出来ました。帰国後は、小学4年生から高校3年生までひと学年30人という小さなインターナショナルスクールに通っていました。次第に、狭いコミュニティーの中で過ごすことに飽きてきてしまって、早く新しい環境に行きたい、そして海外の良い思い出から大学は海外へ進みたいと思うようになりました。
ーインターナショナルスクール生は、日本の普通の中学、高校に通う学生と比べて価値観の違いなどがあると感じますか。
話題に上がるトピックに違いがあると感じます。関係の近さや過ごした時間の長さもあるので一概には言えませんが、インターナショナルスクールの友人は、人生観だったり、将来どういう生き方をしたいかなど先を見据えた価値観の話がよく出てくる印象があります。それに対して日本の学生は、芸能や今、興味があるものなど流行やトレンドにまつわる話が多い印象を受けます。
インターナショナルスクール生が深い話をしたがる理由として、どこにも属さない人が多いことがいえると思います。インターナショナルスクールは、ハーフの人や日本人だけれど生まれも育ちも海外といった人たちが多くいます。そのため、彼・彼女らは「私って何なのだろう」という問いを常に考えています。私も、日本人だけれど日本社会に属すのかと聞かれたらちょっと違うなと思ったり、英語の方が流暢に話せる時もあります。
常に本質的な感覚や悩みを抱えているからこそ、話題に上がるトピックも自然と深い内容になってくるのかもしれません。
トロント大学生活
ー数ある都市、大学の中からなぜトロント大学を選んだのですか。
実際、トロントとバンクーバーどちらの都市にするかで悩みました。バンクーバーの方が、日本人が多い印象があり、日本人同士で固まるのは嫌だったため、日本人以外にも様々な国籍、人種が暮らすトロントを選びました。カナダの大学は、リベラルアーツといって教養科目を受けてから自分が興味のあるものを見つけ、専攻する形が主流です。そのため、学問よりもそこに行ったらどういう人と関わるかということを大切にして大学を選びました。
ーどのような学生生活を過ごしていましたか。
大学では、スペイン語を学んでいました。スケジュールとしては、午前9時から12時まで授業を受けてランチを食べた後、午後にいくつかセミナーを受講します。午後4時には学校が終わり、自由時間になるため、家に帰って勉強するか、友達とカフェに行ったり、クラブ活動やアルバイトをしている時期もありました。また、学業だけだと息詰まってしまいそうだと考え、1年生の冬からは、TORJAで編集記者をしていました。
編集記者の経験を通して培った、当たって砕けろ精神と新規・既存のお客さまへの対応の仕方は、今の仕事でも生きていると感じます。今の仕事でも新規のお客さまに対して恐れずに対応できているのは、この経験が糧になっているからだと思います。一方で、既存のお客さまの担当に自分がジョインすることになった際は、それまでに築いてきた関係を壊さないように慎重になり、対応の仕方も変わります。いずれも学生時代の経験が、今の私を作っていると感じます。
トロントの魅力
多国籍文化が特徴のトロントには、マジョリティが存在しません。それぞれが、ひとりの人間としてお互いを見ています。そんな性別、国籍、体型、顔、体の色など様々な違いを認め合うトロントの文化が好きです。日本は、人口の大半を日本人が占めています。例えば、電車に乗ってくる外国人とかを目にすると、周りの日本人がジロジロ見ることがよくあると思います。日本に在住する友人も当事者として幾度となく経験し、とても不愉快だと言っていました。
トロントの友人とは、遠慮なしに意見交換をすることができます。公園で政治的価値観や社会問題について議論することも少なくありません。日本人は、そういう話に触れたがらない傾向にあり、タブー視していると感じます。実際、会社の同期と腹割って話したいなと思って「一つだけ絶対に譲れないものを挙げるとしたら何」と聞いたことがありました。その時、同期からは、「どうして就活ごっこをしているの。なんで真面目な話をするの」と言われてしまいました。私は、興味本位で質問したのですが、この温度差に驚いてしまいました。
就職活動
ー就職活動はいつごろから意識し始めましたか。
2年生の頃から意識し始めるようになりました。というのも、トロント大学に通う日本人正規留学生たちの意識が高くて、それに焦りを覚えたからです。自分の感覚が狂うくらい、多くの人が将来のことを見据えて早くから就職活動をはじめていました。トロントで就職することも考えていましたが、当時、就職難だったこともあっていい仕事は、院卒でないと厳しい状況でした。そのため、学部卒で就職することを考えていた私は、日系企業を中心にみていました。
ー海外大学から日系企業へ就職活動をするルートとしては、どのようなものがありますか。
様々なものがあるため、一概には言えませんが一般的には3つのルートがあると思います。
(1) 1つ目は、オンキャンパス・リクルーティングです。日系企業の人事担当者の方が、日本人正規大学生を探して大学を訪問してくれます。そこで、面接を行うこともあります。
(2) 2つ目は、日英バイリンガルのための就職活動として有名なボストンキャリアフォーラムです。
(3) 3つ目は、日本で開催される就活イベントへの参加です。私は、1つ目と2つ目に参加していました。
私の就職活動スケジュールとしては、2年生の間は、企業説明会を聞きに行ってどんな企業があるかを知り、3年生になるとインターンシップの募集が始まるため、その面接を4月から始まる本選考の練習台として受けさせてもらっていました。そして、4年生で本命企業の面接を受けに行くという流れでした。
これを聞くと日本のスケジュールと変わらないように思いますが、海外大の学生のスケジュールとしては、かなり遅いほうでした。周りの学生は、インターンシップからの早期選考へ参加し、3年生の時にすでに内定していました。私は、インターンシップ選考に落ち、内定ゼロのまま4年生で本選考に臨んだため、とても不安でした。
ー希望の業界など、どのような軸で就職活動をしていましたか。
業界を絞るのではなく、企業単位で見ていました。様々な業界から企業が説明会へ出展するため、そもそも業界別で見るということが出来ませんでした。説明会を聞いて、興味を持った企業を各業界1、2社程度受けていました。そのなかで私は、人々の毎日の生活をより豊かなものにしたいという軸を持って企業選びをしていました。
当時、学業が忙しいあまりに自ら命を絶ってしまう学生が身近にいました。この人たちは、きっと贅沢な体験を求めていたわけではなかったと思います。毎日の生活を少しでも豊かにすることができれば、心も豊かになり、このような人たちを救うことができると思うのです。毎日の生活が豊かになれば、人は幸せに豊かになれるのではないかと思い、それが実現できる企業へ行きたいと考えていました。
最終的に今の会社を選んだのも総合商社だからという理由ではなく、企業のビジョンや理念が自分の軸に合っていたために選びました。
ー海外と日本の視点を持ち合わせるAさんからみて日系企業の悪い点と良い点をそれぞれ教えてください。
悪い点でいうと海外の企業と比べて日本は、まだまだ手間のかかる作業が多いことです。書類には、ハンコを押印する必要があり、そのハンコをとる時にもハンコが必要な場合があります。海外進出している企業であっても、その点はまたまだ遅れをとっている印象を受けます。
良い点でいうと、一緒に働いている人の良さに尽きます。日々の仕事は、トラブルだらけで時に、何でこれをやらないといけないのかと思うこともあります。そんな状況であっても先輩や同期は、「これってこう意味があるからやらないといけないよね」と仕事に対して日頃から熱心に語る人ばかりです。歳を重ねても、どんな状況であっても夢や希望を持って働いている先輩や同期が大好きです。
社会人1年目
ー社会人1年目の時の葛藤など教えてください。
正直、1年目は、悩むことが多くありました。私は、何のために夜遅くまで仕事をしているのかその答えを見出すことができず、苦しい時もありました。しかし、どんなに仕事が忙しくても周りの先輩は良い人だらけ。ある時、この人たちのためなら頑張れるなと思えました。商材のために頑張ることも大切ですが、チームの人たちが喜ぶことを私ができれば、結果として貢献できているのかなと視点をずらして考えてみることで心が軽くなり、仕事が嫌ではなくなりました。1年目に、辞めずに踏ん張ることができたのはこの人たちのためにという思いがあったからだと思います。
正直、就職活動の時に思い描いていたことを今、仕事で実現できているわけではありません。現実とのギャップはあります。その時、私は、原点に立ち帰ることを大切にしています。私の軸は、人々の毎日の生活を少しでも良くすることです。これは、仕事を通じてだけでなく、社内の人へ向けてもいえることだと思います。たとえば、私が書類作成をすることで上司の仕事を軽減し、上司がもっと重要なことに集中できるようなります。
たとえ面倒な作業であっても、私は今、誰かのためにこの作業をしているのだと考えると一気に心が軽くなりました。1点だけを見つめるのではなく、時には視点をずらして考えると今の状況に対する捉え方も大きく変わってくると思います。
今後のビジョン
5年は、今の場所で頑張ろうと思っています。それ以上先のことを考えると、遠すぎてピントがボケてしまいますし、立てた計画が上手くいかないとどうしよう、と不安になってしまうと思うので、5年先を見据え、その先は、目の前のことに取り組むなかで見えてきたものを選択していこうと考えています。ただ、一つ言えることがあるとすれば、将来、海外で起業するにしても日本との縁は切れないと思います。
そのためにも、今の日系企業での経験は今後も必ず生きてくると考えています。例えば、日本のお客さまと関係持つ際に、現在、仕事で取り組んでいるような国内取引先への電話対応や関係構築の基礎がないとそもそもお客さまは、こっちを向いてくれないと思います。この先、新しい企てをしていくにあたって社会人の基礎経験は必要になってくると思います。また、今後ライフイベントがあるなかでもキャリアを続けていきたいと考えています。女性の先輩を見ていても、結婚や出産が足枷になっている話はあまり聞きません。結婚しても旧姓のまま、男女肩を並べて、仕事をされています。
ひとりの人として
下記の“Success”は、「成功とは何か」について言及したRalph Waldo Emersonという作家の言葉です。今の自分にはこの言葉が一番しっくりきています。
訳にもある通り、何か大きなことをするよりも、人々がこの世界で生きていく中でちょっとでも息をしやすくなる世界を作ることができたら人生は成功だったといえるというという部分が、まさに自分がやりたいことだと思いました。
周りの人たちだけでもホッとできるような毎日を届けることができれば、それが自分とっての幸せであり、成功だと思っています。
ー最後に、将来日本でキャリアを考えて現在、トロントで頑張っている人へ向けてメッセージをお願いします。
今は、技術の発展によってどこへでも行くことができます。どこにいてもなんでも出来る時代だからこそ、自分を地理的にどこへ置くのかが重要になってきていると感じます。これからは、誰のそばにいたいのか、どういうことを自分の目で五感を使って感じたいのかということに尽きてくると思います。
ユーチューブで南の島や海の底を簡単に見ることができる時代ですが、実際にそこへ行き、空気を吸わないとわからないことってあると思います。だからこそ、五感で感じるものに、より大きな価値が出来ると思います。今後、ご自身のキャリアを描いていく皆さんにはそのような「自分にとって価値があるもの」「自分の譲れないもの」をより一層に大切にしてほしいと思います。
“… To leave the world a bit better, whether by a healthy child, a garden patch or a redeemed social condition; To know even one life has breathed easier because you have lived. This is to have succeeded.”
【訳】 元気な子供を育てることや庭を造ることでも、社会問題を解決することでもよい、この世を少しでもよいものにして去ること、そして、私の存在によって、この世でたった一人でも気持ちが安らいだ人がいることを知ること。それができたら、人生は成功だったといえる。