紙切り芸一筋57年 紙切り師 林家今丸師匠 インタビュー
日本伝統芸能の一つ「紙切り」芸を極め、世界各国で活躍する紙切り師、林家今丸師匠がカナダで巡回公演を行った。10月10日から10日間かけてモントリオール、オタワ、トロントの三ヶ所を訪問。今丸師匠は日本をはじめ、アジアから中東、欧米諸国など様々な国で紙切り芸を通じて日本文化を世界へ発信している。今年でキャリア57年目を迎える今丸師匠に、これまでの道のりや紙切りで大切にしていることなどのお話を伺った。
今丸師匠が紙切りを始められたきっかけを教えてください。
私は昔から図画工作や美術が好きだったので、絵を描いたり、何かを作ったりすることへの興味がずっとありました。もともと父は7代目林家正蔵師匠の弟子で、後に鈴本演芸場の事務員になったことにより私は小さい頃から芸を見る機会に恵まれました。そうして次第に寄席芸に興味を持ちはじめ、1960年、18歳の時に初代林家正楽師匠の元に入門しました。
日本の寄席での公演はもちろんの事、30年ほど前より、この業界のパイオニア的存在として積極的に海外公演を行われていますね。
カナダ以外にもインドやヨーロッパ、中東などこれまで様々な国で公演を行ってきました。お客さんは日本の盆栽や舞妓、歌舞伎などをリクエストされる方が多いです。パリ公演では生の三味線演奏により「オーシャンゼリゼ」が流れる中で紙切りを行い、お客様は本当に喜んでくれましたね。また2010年にはTED東京で紙切りを披露し、世界中にその動画が配信されました。TEDはプレゼンテーションをする側も観る側も大変な競争率のようです。約4割のお客様が外国の方でしたので、英語で全てパフォーマンスを行いました。海外では日本のシャレは通用しませんし、紙切りという芸もありませんので、そこが難しいところです。しかし、紙切り芸とはお客様が我々出演者と一緒に楽しんでいただくものですから、目の前のお客様に楽しんでいただくということ、それを一番大切にしています。
今丸師匠は語学が堪能でいらっしゃいますが、英語やフランス語はどのように習得されたのでしょうか?
入門後間もなく、師匠は度々「今日はどこの国の大臣や大統領と会った」という話を私にしてくれましたし、当時はオリンピック間近でしたから、多くのお客様が海外からいらっしゃることは目に見えていました。ですので、これからは英語を勉強しなくては、と18歳の時より津田英語会で学びました。フランスへは4代目柳家小さん師匠の娘さんがフランスに住んでいて、ぜひフランスへ来なさいと言われたことをきっかけに、3ヶ月間日仏学院でフランス語を学び、渡仏後にはパリで語学学校へ入学。実は私と家内とは、当時日仏学院で隣の席になったことで運命の出会いを果たしたのです。
公演だけではなく、お子さん向けのワークショップも日本をはじめ世界で行われていると伺いました。
東京都では3年前から日本の伝統文化や芸能を国内外に発信する伝統文化事業が始まっており、私のワークショップは小学生から高校生までを対象に行われます。その際、私は必ず最初にハートを作ってもらいます。子供達に世界中誰でも一つ持っているものは何?と聞くと、みんな喜んで心臓やハートと答えてくれるのです。また、世界に一つしかない日本のものは?と聞くと、みんな個性豊かな富士山を作ってくれます。人はみんな違い、それぞれの考えやイマジネーションで作っていく、これが大切です。またワークショップでは一つ一つのテーブルを回ります。そして引っ込み思案の子がいたらその子の作品を褒めるのです。そのように子供に自信を持たせることも大切だと思います。今回もカナダの現地校で行いましたが、みんなの笑顔を見ていると、こちらも幸せになりますよ。
今丸師匠が紙切りの際に使用されているハサミの秘密を教えてください。
これは日本橋人形町「うぶけや」の特注品で、林家正楽師匠と先代のご主人がデザインや寸法を考えて作りました。これを所持しているのは師匠と私だけです。私の使っているハサミは特別な物ですが、世界中どのご家庭にもハサミと紙はあると思いますので、ぜひみなさん気軽に紙切りにチャレンジして欲しいですね。
ハードスケジュールの中、国内外で元気にお仕事を続けられているその秘訣を教えてください。
よく食べて、よく寝て、身体を動かすことですね。シンプルですが、これが一番だと思います。そして国内外問わず様々な人と話すことがいいと思います。沢山の人と話すと違った意見を聞くことができ、勉強になるでしょう。老化防止にもなり、いい刺激になりますね。また私は写真を撮ることが趣味なのですが、オフの時間には散歩をしながら写真を撮って楽しんでいます。
今後の目標を教えてください。
まずは生涯を通じて現役でやっていきたいということ、そして弟子たちをしっかり育てていくことですね。10年ほど前にデビューを果たした弟子の林家花は300年続く紙切りの歴史の中で初めて、女性紙切り師として活躍しています。2年前に17歳で弟子として入門した林家喜之輔は、現在とても頑張って修行しています。本来ならば、師匠は弟子に対して練習をするように言うものですが、私の弟子は練習をしすぎて腱鞘炎になってしまいましてね。カナダへ来る前にもあまり稽古をしすぎないようにねと言ってきたのです。腱鞘炎になってしまっては、これから40年、50年と紙切りを続けられませんから。喜之輔は来年の3月に寄席デビューを果たす予定です。
最後にトロントに住む日本人の方々にメッセージをお願いします。
今回はトロントへ14年ぶりの訪問となりましたが、すっかり変わってモダンな都市になりましたね。旅は人を育ててくれるものです。海外へ来られるというのは、人生における旅の一つだと思いますが、まずはその国の人々の考え方、発想の仕方を学ばれると良いと思います。同じ国でも、地域ごとにそれらは異なるものです。そこを意識しながら生活してみれば、よりその地域や人に溶け込みやすくなると思いますよ。
林家今丸
18歳の頃より初代林家正楽師匠の元に入門。現在その紙切りのキャリアは50年以上に及ぶ。巧みな話芸とその驚くべき紙切りの技術で多くの人々を楽しませており、活動の場は国内外を問わない。海外公演の際には英語やフランス語を操り公演を行い、海外でも今丸師匠の伝統芸能は高く評価されている。
TORJA編集部潜入取材!
神業のような芸にカナディアンが驚く
紙切り師 林家今丸師匠 トロント公演 @ジャパンファウンデーション
10月18日、トロントジャパンファウンデーションにて、紙切り芸の林家今丸師匠による公演及び、ワークショップが行われた。開演時間前にも関わらず、会場はカナディアンやトロントに住む日本人で満席となった。子供からご年配の方まで、幅広い年齢層の方々が公演を心待ちにしており、出囃子が鳴り始めると来場客は割れんばかりの大きな拍手で今丸師匠を迎えた。
公演は舞妓の紙切り芸から始まり、お客さんからのリクエストで動物や桜、紅葉狩りの紙切りが披露された。なんとリクエスト作品はお客さんの元へプレゼントされる。今丸師匠は紙切りをしている間も、流暢な英語を使い観客を絶えず楽しませ、会場中が今丸師匠のトークと作品に夢中になった。中盤にはワークショップを行い、お客さんを舞台へ招き共に富士山とハートを作成。皆それぞれに思い思いの作品を作っていく。
そして、同イベントに参列していた新トロント総領事の伊藤恭子総領事には、ポートレート(横顔のシルエットを切り抜いた物)がプレゼントされた。他にも男性・女性のお客さんを舞台へ招き、それぞれのポートレートを作成。眼鏡やまつげ、髪の毛の細部まで忠実に再現されたそれは、まさに職人技と言えるものであった。1時間の公演だったが、あっという間に時間が過ぎ、会場全体が熱気に包まれたままイベントは終了。カナダの人々が日本の伝統芸能に触れる大変素晴らしい機会となった。