福祉サービスを提供する非営利団体「ジャパニーズ・ ソーシャル・サービス」インタビュー
日本人・日系人が抱える現代社会の 問題や病に対して、専門家による福祉サービスを提供する非営利団体「ジャパニーズ・ ソーシャル・サービス」
ジャパニーズ・ソーシャル・サービス(JSS)は日本文化を背景に持ちながら異文化の中で生活している日本人・日系人のために、英語と日本語でカウンセリングとコミュニティープログラムを中心とした福祉サービスを提供しているNPO団体だ。JSSが向き合う問題は、離婚、ドメスティック・バイオレンス(DV)、メンタルヘルス、賃貸や仕事のトラブル、さらに日系コミュニティーの高齢化によって増加している独居高齢者へのサポート提供など多岐に渡る。
JSSはJapanese Canadian Cultural Centre(日系文化会館)の一室にあり、同団体のカウンセリングサービスの利用者は月平均55人〜60人で、時にはトロントだけではなくモントリオールやハリファックスなどのオンタリオ州以外からの相談も受けているなど、幅広く活動しており、その運営はトロント市からの補助金、同団体に賛同する組織・個人からの寄付および在トロント日本国総領事館からの支援などで成り立っている。
今回9月24日にJSSは、世界的に著名なピアニスト寺田悦子さんと渡邉規久雄さんを招き、 チャリティー・クラッシックコンサートを開催する。今回チャリティー・クラッシックコンサートが開催されるにあたり、JSSの活動意義を紹介すべく、同団体の理事で基金募集委員長を務める山本順子さんとカウンセラーの公家孝典さんにお話を伺った。
JSSの歴史やどのような相談に対して活動をされているのかを教えてください。
山本さん: 1987年に日系2世の方々が中心となり設立した団体Japanese Family ServiceがJSSの前身となります。1970〜1980年代は、日本から新天地を求めてカナダへ移住する方々や駐在員が増えてきた時代です。しかし、文化や言語の問題に加え、現在よりカナダでは日本をあまりよく知られていない時代でしたので、挫折する方や生活に問題を抱えてしまう方が多かったので、専門家がそういう同胞の相談を受け、サポートを提供するために設立されました。
設立から30年ほど経った現在も、JSSはトロントで生活している日本人、日系人およびその御家族のために英語と日本語の2ヶ国語でサポートしています。慣れない環境での育児、国際離婚による複雑な問題、高齢化による生活サポート、DV、精神疾患、認知症による生活や家族関係等、皆さんが抱える様々な問題があります。さらにワーキングホリデーの方々が遭遇するトラブルがあります。時にJSSはクライアント(JSSでは相談者のことをクライアントと呼んでいる)の出産に立ち会うこともあり、また身寄りのないクライアントが亡くなられた時はお葬式および埋葬までのサポートを提供することもあります。
公家さん: JSSのように日本語で様々な問題に対するカウンセリングを提供している非営利団体はカナダ東部ではJSSだけです。そのため、モントリオールやハリファクスなどオンタリオ州以外からでもネットで検索されて相談のご連絡をいただくこともあります。比較的日本人人口の多いトロントエリアにおいても、日本語の通じる専門機関や専門職従事者が極めて少ないため、JSSの守備範囲は非常に広いものになりますが、JSSで対応できるケースには全力で対応します。しかしながら、完全にJSSの専門外の分野に関する相談もあるので、持ち込まれるすべての相談に対応できるわけではないですが、それでも他の機関へ紹介することも含めて、出来るだけのサポートは提供していきたいと考えています。
どんな人材がスタッフとして関わり、どのようなプログラムを提供しているのでしょうか?
山本さん: 現在、理事がボランティアワークで10名おり、スタッフは修士課程のトレーニングを受けたカウンセラーが2名(フルタイムの男性カウンセラーとパートタイムの女性カウンセラー)、カウンセラーのサポートやプログラムを担当しているソーシャルワーカーが1名、事務全般を担当するオフィス・アドミニストレーターが1名の計4人で構成されています。これらのスタッフが中心となり、すでに困難な状況に置かれている相談者にはカウンセリングで対応するとともに、「予防」を目的とした様々なプログラムを提供しています。
公家さん: 最近特に人気のあるプログラムの例として、オンタリオ州の弁護士の方をお招きして、POA(代理委任状)や遺言状のセミナーを開催したのですが、その時には、約80名の参加希望がありました。また、日系コミュニティーの高齢化に対応するためのいくつかのプログラムは、“Momiji Health Care Society”と共同で行っています。
山本さん: シングルマザーや高齢者など様々な悩みを抱えている方々にJSSが長年提供しているプログラムは定期的なものや、訪問型のものなど多種あります。ホリデードライブという歳末運動は、11月になるとトロントの日系企業やお店、教会などに大きな段ボールを置かせていただき、クリスマスプレゼントという形で色々な品物を寄付して頂きます。
それらを集めて仕分けをし、トロントに住んでいるシングルマザーの家庭や生活保護を受けている家族、独居高齢者、体が不自由で外出できない人など、JSSのクライアントに配ります。それらはお米、お醤油、味噌、おもちなどの日本食品から、子供のお洋服、おもちゃ、スポーツ用品まで多種にわたり、それらを理事、スタッフ、ボランティアの有志達が自分たちの車に積んで、配っていきます。このようなプログラムもJSS関係者と寄付品を頂いた当人達しか知らないプログラムの一つだと思います。
時代の変化とともにどのような悩みや相談が増えてきていますか?
公家さん: うつ、パニック障害、アディクションなどメンタルヘルスに関する相談は年々増えています。DVや離婚、子育ての問題や雇用の問題などでコンタクトされてくる相談者がうつなどのメンタルヘルスにかかる問題を抱えていることも多いです。また、ワーキングホリデーの方が、転地治療目的で精神疾患を抱えたままカナダに渡航し、悪化するケースも見られます。中には、希死念慮(いわゆる自殺願望)がある重篤なケースも少なくありません。
また、日系コミュニティの高齢化に伴い、高齢者や高齢者の家族や友人からの相談数も急激な増加傾向にあります。認知症を抱える高齢なクライアントも増えています。1960年代に来加された方が高齢になり、認知症が発症すると、英語をだんだんと忘れて母国語である日本語しか出来なくなり、しかし、ご本人の家族は英語しか話せないというケースが多々あり、家族間でコミュニケーションが取れなくなってしまう問題が発生します。
カナダと日本での文化の違いでもあるのですが、親子関係が比較的ドライで、日本のように、子が親の面倒をみるという概念が一般的に薄い一方で、親としては子供に世話をしてほしい、という思いがあり、それを伝えられずフラストレーションが溜まり、当人を含めた家族間の問題に発展していくようなこともあるようです。
山本さん: 私がJSSの理事になってから6年になりますが、その間でもっとも大きな変化のひとつが日本が2014年にハーグ条約に加入したことであると聞いています。これにより国際離婚にかかる情勢がより複雑になった部分もあり、この時期に国離離婚に関する相談数が激増したことを覚えております。それ以降も国際離婚に関する相談は非常に多いようです。兎にも角にも、年々、JSSの役割は非常に大きくなってきていると感じています。
長年カウンセリングされている専門家の公家さんのプロフィールを教えてください。また、JSSはどのような役割がこの日系社会にあると思われますか?
公家さん: 私は同志社大学で心理学を専攻後、2004〜2006年にノバスコシア州Acadia Universityでカウンセリングを専攻しました。2006年からJSSで働き始め、心理療法とカウンセリングによるメンタルヘルスに対するサポートに力を入れてきました。
異国の地であるカナダの日系社会の中で、本当に苦しい状況の人たちにサポートの手を差し伸べられる有意義な機関で、そこがJSSの一番の大きな力ではないのかと思っています。今までも現在も、JSSの活動内容上、世間ではあまり多くを知られず、影のサポーターとしてやってきていましたが、サポートの手を必要としている人がJSSにたどり着けない場合もあるので、もっともっと知名度が必要だと感じています。
山本さん: 日本人の特性上、自分の問題はなるべく表に出さないでいたいと思うでしょうし、当然ですがサポートを受けている方々は自分の状況を周囲に話したがりません。JSSは〝秘密厳守〟の主義を掲げています。長い人生、誰にでも困ったことや苦しいことはあります。それは決して恥ずべきことでは無いと思います。そんな方々にぜひJSSの存在を知っていただきたいと常々思っております。
JSSの活動を通じてこういった部分をもっと皆さんに知ってもらいたいということはありますか?
公家さん: JSSは困っている人のための組織ですので、その方たちに知ってもらいたい、ということです。本来であればJSSで悩んでいる方々に対して早くからサポートできるはずの事例が、どうしようもない状態や事態になってから相談されるケースが非常に多いです。JSSが関わることで自殺を防げているケースが毎年いくつかあります。しかし、誰にも相談できずに苦しんでいる人たちも少なくないでしょう。そんな方々へ支援の手を伸ばすためにも、ある程度の知名度が必要だと感じています。
現状でも相談数は非常に多く、3人の専門スタッフでカバーするにはギリギリなので、さらに相談数が急増したりすると、対応しきれないのでは?というジレンマもありますが、それでもJSSの存在意義は、困っている方々の問題がより早く、より良く解決できるようにサポートしたい、というところにあるので、これからもスタッフ、ボランティアが一丸となってコミュニティーに貢献できればと思います。
山本さん: 基金募集という点から申し上げますと、JSSの活動内容が企業や団体のマイナス・イメージになってしまうと考えられている方もたまに見受けられます。JSSは小さな組織で、知名度も低く、公表をできない事柄を多く取り扱いますので、あまり良い印象を持ってもらえないのかもしれません。けれど、JSSで取り扱う問題は、確かに目に触れにくいものですが、誰でも直面しうる可能性のあるものばかりです。トロントの同じコミュニティで生活をしている者として、 理解がさらに深まればと思い活動をしております。
9月に行われるJSS主催のチャリティーコンサートなど、山本さんは理事として基金募集委員長の役割に非常に力を入れております。どのような活動をされているのでしょうか?
山本さん: JSSという組織は日系社会のために素晴らしい役割を果たしているのに、公家さんを始めとするスタッフの方々が、毎年の資金難によって、常にいつJSSの活動が終了になるか分からないという不安を背負いながら働いていることを知り、私自身も何かお手伝いをしたいと思いました。現在は、各日系団体からの寄付金募集活動や、6月の「トロント・チャレンジ」、10月に行われる「ウォーターフロントマラソン」に参加するなどして、定期的に基金を募る活動をしております。
最後にTORJA読者にメッセージをお願いします。
公家さん: カウンセラーとしての立場から申し上げると、一人で悩みを抱えすぎて問題が大きくなる前に是非一度ご相談ください。一人で悩んでいるより他の人のサポートがあった方が解決しやすい場合もあります。秘密厳守で安全に相談でき、オンタリオ州政府から認められているNPO団体ですので、ぜひ何かあれば安心してご連絡ください。
山本さん: 繰り返しになりますが、JSSで取り扱っている問題は誰にでも起こりうる問題です。それが、解決に至らないまでも、一緒に問題に向き合っていくのがJSSです。この組織は多くの方々のご支援によって支えられております。是非とももっとたくさんの方々や団体、企業にJSSの存在意義をご理解いただければ幸いです。
JSSのサービスを実際に受けた方からは、「私はJSSの豊富な『カナダで暮らす為の知識』と手厚いサポートにより救われた1人です。JSSが存在しなかったらもっと後悔の多いトロント生活を送っていたと思います。」(40代女性)との声もあるほどだ。これからの高齢化社会や国際結婚の増加による離婚問題など、文化の違いや言葉の違いなどで悩む日本人はますます増えてくるのは明白であり、同時に、現代社会が抱える病は誰にでも起きうることでもある。活動の性質上、世間の表舞台で目立つことは少ないが、その役割や成果は我々日系社会にとって実に重要であり、存在意義はとても大きい。一人でも多くの日系コミュニティーの方々にJSSの存在・活動意義を知ってもらえれば幸いだ。
9月24日開催 ジャパニーズ・ソーシャル・サービス主催
チャリティー・クラッシックコンサート
【チケット購入のお問合せ】 ジャパニーズ・ソーシャル・サービス
■ホームページ: http://jss.ca
■電話: 416-385-9200
■Fax: 416-385-7124
■E-Mail: general@jss.ca
■住所: 6 Garamond Court
Don Mills, ON M3C 1Z5
■オフィス時間:
月~金 午前10:00~午後6:00
(昼休み: 午後12:00~午後1:00)
JSSのプログラム
■ノーバディーズ・パーフェクト
1〜6歳までの子供を持つ親の為の子育て支援プログラム(Toronto Public Healthと共同提供)
■アムロを育てる会 発達障がいを持つ子どもを育てている親対象のサポートグループ
■若返りクラブ 55歳以上の方々を対象とした、唱歌、人生経験や近況のシェア、情報交換、俳句を楽しむプログラム
■歌の会 55歳以上の方々を対象とした、日本の唱歌を歌う会 (キャンセル待ちが出るほど人気のプログラムの一つ)
■こんにちはプログラム なんらかの理由で孤立した生活を余儀なくされている方々を定期的に訪問するプログラム
■ホットランチ ボランティアが中心となり、ウィンフォードシニアのミーティング出席者に手作りの日本食ランチを提供するプログラム
JSSでは活動に賛同いただけるボランティアスタッフを随時募集中(永住者・長期滞在者歓迎)
JSSではボンランティア・スタッフ不足が深刻な問題だという。ワーキングホリデーの方も長期で活動できる方は大歓迎だが、オンタリオ州の児童支援や母親支援プログラムのルールが変わり、カナダの警察から無犯罪証明を取り寄せなければならず、その期間が約2カ月程度かかるため、実質的に多くの場合、長期での活動が困難とのこと。そのため、永住権や長期滞在者でともに活動してくれる有志を募集しているとのこと。詳細はJSSホームページを参照。 jss.ca