「もしトラ」が「まさトラ」になった今、カナダはどう変わる?|第二特集 #数字で見るシリーズ
米国大統領選挙で「もし」前大統領ドナルド・トランプが再当選したら、と騒がれていたところ、昨年11月5日に「まさか」の勝利を果たした。彼の勝利はアメリカ、そして世界中に大きな衝撃を与えた。選挙の結果がアメリカとカナダ、そして日本にどう影響していくのかをじっくり見ていこう。
#01.どうして彼が選ばれたの?トランプ氏の公約と勝利の要因
支持層の変化
今回トランプ氏が勝利することができた大きな要因はヒスパニック系の男性有権者で低所得、大学教育を受けていない人たちの支持が強かったことだ。もう一つは白人女性からの投票の多さ。前回は大学を出ていない白人男性からの支持が圧倒的に多かった。インフレと経済の安定を心配する人が多く、前任期でトランプ氏が2017年に成立させた「トランプ減税」と言われる米連邦法人税率と個人所得税を引き下げた政策の延長に期待がかかっている。
有権者を騙した?関税政策
トランプ氏の経済政策の一番大きな目標は全世界からの輸入品に10%から20%の関税を命ずること。中国製品には60%の関税を約束している。もしこれが実現した場合、輸出する国がアメリカにお金を払うのではなく、海外から製品を輸入しているアメリカの会社がアメリカ財務省にお金を支払わなければいけないことになる。つまり、商品の値段を払っているアメリカの消費者がこの額を出すことになる。
前回の任期中の2018年にも中国からの製品に30%から50%の関税を命じたトランプ氏。これに中国は反発しアルミニウムや飛行機、車、豚肉、大豆などあらゆる製品の関税増加を促した。アメリカでのインフラはパンデミック中に始まったと見る人が多いが、実はパンデミック前から始まっていた。関税は国内の産業を守るためにあるが、これからトランプ氏の政策が実施されれば中流階級家庭の出費は一年あたり1,350ドルから3,900ドル上昇するだろうと考えられている。
人種と世代は別物
トランプ氏の公約で確実に実行されると考えられているのが不法移民1100万人の強制送還。オバマ政権時代、子供の頃に不法移民してきた「Dreamers(ドリーマーズ)」と言われる人たちの在留を認める「DACA: Deferred Action for Childhood Arrivals(児童期入国移民送還延期措置)」という制度が導入されたが、トランプ氏はこの制度を廃止しようとしてきた。今回彼らが強制送還の対象になるのかが注目されている。次の任期では米国で生まれた不法移民の子供に市民権を与える出生地主義の制度の廃止も目標の一つだ。
DACAの受益者の多くはメキシコ人、またはカリブ諸島を含む中南米人。トランプ氏を今回支えたのはヒスパニック系有権者。つまり、ヒスパニック系2世や3世らの考えは民主党を支えてきた彼らの祖父母の世代とは全く異なるようだ。自分と同じ人種の人らが強制送還されても構わない、と読み取ることができる。
#02. カナダで1番の注目は「関税」、25%に引き上げの目的は何?
トランプ氏の唐突な発言には「反応」ではなく「応答」すべき
11月末、トランプ氏はカナダとメキシコからの輸入品の関税を25%に引き上げると突然発表した。報道直後、カナダでは一時期混乱が見られたが、カナダ放送協会(CBC)のニュース番組に出演した元政治家ジェームス・ムーア氏はまだ心配するのは早いと場を落ち着かせた。「もちろん、実現されればアルバータ州の石油とガス業界、そしてオンタリオ州の自動車産業に影響が出る。しかしこれはトランプ氏の気まぐれな発表であり、12月と1月の間カナダにじっくり考えて応答する時間をくれていると見た方が良い」と説明した。
「反応」してしまった州首相と「応答」した州首相
カナダ中の企業がトランプ関税にどう応えるか悩んでいた12月中旬、オンタリオ州のダグ・フォード首相は「トランプ氏が関税を取りやめないならアメリカに住む150万人へのエネルギーの供給をストップする」と脅かした。フォード首相は新しく引き上げられた関税がほぼ100%実現されるだろうと信じた上でこの発言をしたと報道されている。
ちょうど同じ週にアルバータ州のダニエル・スミス首相はアルバータとアメリカとの国境の警備に2900万ドル投資することを発表。不法移民及び麻薬や銃の密輸を食い止めることが目標だ。スミス首相はフォード氏のようにアルバータの資源の供給をストップすることはないとコメントし、関税問題に対して彼より外交的な姿勢を見せた。
トランプ氏はなぜ関税にこだわるのか?
「この25%という数字に対して冷静でいるなんて」と思う人もいるかもしれないが、トランプ氏の思考回路の裏にはフェンタニルという麻薬の密輸問題がある。フェンタニルは合成オピオイド(麻薬制鎮痛剤)の一種。これを作る原料の物質が中国で生産されており、バイデン政権では生産を阻止するよう呼びかけてきた。選挙当時中国への関税は60%と公言していたトランプ氏は、11月末には密輸が食い止められるまで10%の追加関税(つまり合計70%)を課すと脅かした。
中国で作られた原料はメキシコに密輸され、カルテルが合成ドラッグを製造する。その後アメリカに渡ってくるため大きな国際問題になっている。2023年度に米国の税関・国境取締局が押収したフェンタニルの量は27,000パウンド(およそ12,247キログラム)。アメリカでは年間約7万5千人がこのドラッグにより死亡している。トランプ氏はこの問題と不法移民問題を掛け合わせ、どちらも関税で解決しようとしているようだ。
ドラッグ問題にカナダはどう関係しているの?
2023年10月から2024年9月までの間にカナダ政府がアメリカとの国境で押収したフェンタニルの量は4.9キログラム。そしてアメリカ政府が北の国境で押収した量は19.5キログラム。だが南の国境では9,525キログラムが見つかっており、その差は明らかに大きい。不法移民問題においても、同期間中にカナダからアメリカに不法入国した人の数は20万人ほどだったのに比べてメキシコからアメリカへの不法移民は200万人以上だった。
トランプ氏の関税引き上げ発言の後、カナダ政府はこれらの数字を使ってカナダはメキシコほど悪くないと主張した。だがこれがメキシコのシェインバウム大統領を怒らせた。米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)という貿易協定を結んでいる3国だからこそトランプ氏はお隣の国たちを皮肉の意味で「平等」に扱って25%にしているのかもしれない。
#03. トランプ氏の勝利は企業の方針も変えてしまう?
Diversity
Equity
Inclusion
多様性の危機
大統領選挙の数ヶ月前から一部のアメリカの企業ではある大きな変化が起きていた。それはDEI(Diversity, Equity, Inclusion)の取り組みを縮小することだ。Diversity(多様性)とは個人や集団においての様々な違い。年齢や性別に関わらず、人種、宗教、セクシャリティ、障がいなどの違いがあっても差別しないこと。Equity(公正性)は公平な扱い。一人ひとりの能力の差を認め、それぞれに合う環境やサポートを提供すること。そして最後のInclusion(包括性)は個人それぞれの多様性が認められることで誰もが組織に迎えられ、貢献できることだ。
脱DEIムーブメントの始まりは昨年6月、農家の生活を応援する小売会社「Tractor Supply Co.」による脱DEIの発表だった。それまで2年続けて「Bloomberg」によるジェンダー平等指数が評価されていた企業だったが、一体何が変わったのだろう。
ロビー・スターバックの存在
このムーブメントの背景にあるのはロビー・スターバックという保守派ポッドキャスターの存在だ。彼は2022年にテネシー州議会議員に立候補しているが落選している。彼はここ数年、反コロナワクチンそして反LGBTQの活動家として有名だった。2024年に入ると彼はSNSを通じてDEIや気候変動対策、LGBTQへの支援に力を入れていた企業をボイコットする運動を始めた。以来、「Tractor Supply Co.」に続きオートバイメーカー「Harley-Davidson」、世界最大の農業機械メーカー「John Deere」、アメリカの住宅リフォームを応援する生活家電チェーン「Lowe’s」などが相次いでDEIを撤退した。
保守派の波は選挙後も続く
スターバック氏は2016年大統領選挙以来のトランプ支持者。彼は2024年2月にトランスジェンダーを反対するドキュメンタリー映画「War on Children」を公開。これがイーロン・マスク氏に気に入られ、大きな反響を呼んだ。そして選挙後の11月末、今度はアーカンソー州に本部がある世界最大のスーパーマーケットチェーンの「Walmart」がDEIを縮小することを発表。トランプ氏の勝利はスターバック氏の活動を裏付けるため、この先さらにDEIを見送る企業が増えるのではないかと考えられる。
脱DEIでアメリカはどう変わる?
企業がDEIを重視しなくなるということは、差別をなくすための社員の研修が削減され、商品を納める取引先の多様性にも考慮しなくなる。これまでウォルマートでは女性やマイノリティー人種によって立ち上げられた会社と仕入れの取引をするよう心がけていたが、その努力は過去のものとなる。子供向けに作られたトランスジェンダーを応援する商品などの販売も終了する。2020年以来、ウォルマートはアフリカ系アメリカ人への差別を教育、健康面、犯罪などの観点から根本的に見直すための善意活動に1億ドルを費やしてきたが、そのプログラムにも終わりが来る。企業が今まで支援してきた多様性や公正性、包括性がなくなるということは取引先の経営に影響が出ることはもちろん、子供たちの将来の就職や生き方にも影響が出てくることが懸念される。
#04. 政治の変化は芸術文化の世界にまで影を落とす
今後危ぶまれる政府の助成金の有無
アメリカのアート界や演劇界の多くは政府の助成金で支えられている。助成金を出す機関でもっとも有名なのがNEA: National Endowment for the Arts(国立芸術基金)とNEH: National Endowment of for the Humanities(全米人文科学基金)。文化や芸術の団体は非営利団体(NPO)が多く、毎年、何千もの団体が助成金をもらうためにNEAやNEHに申込書を送り、お金の使い道や目標などを具体的に説明しなければならない。それでも希望の額が支払われるとは限らず、助成金に加えて大きな寄付金集めをしなければいけない。政府が与えられる額は大統領の方針によって上下するのだが、トランプ氏は第一任期中、この二つの機関を排除しようとした。
幸い、アメリカ連邦議会が芸術文化団体への支援を優先していることと、それらの団体がローカル経済を助けているデータもあることからトランプ氏の願いは叶わなかった。
トランプ氏はアートに関してはケチ!?
第一任期中、トランプ氏は高所得層に対しての減税を施行し、お金持ちはさらにお金持ちになることができた。そこでお金持ちの有名な趣味というと美術作品を集めることだが、実はトランプ氏はアートに興味がないことでよく知られている。建築やインテリアで富を見せつける程度で、1980年代にポップアートの巨匠アンディ・ウォーホルが彼のために8枚もの作品を用意したにも関わらず全く買わなかった話はアート界で有名だ。この一件の後ウォーホルの日記にはトランプは「ケチ」だと記されていた。
富裕層のお金の使い方も芸術文化の世界を変える
アートに興味のないトランプ氏は2017年、美術品コレクターたちに不利な事をしてしまった。それまでコレクターや投資家の間ではある税金の抜け道が存在した。具体的には、作品を購入してから売る時までに上がった分の価値を支払う義務から抜け出す方法。だが第一次トランプ政権中にこの抜け道が使えなくなり、売って得することは少なくなってしまった。そしてそれまで売っては買う行動を続けていたコレクターたちは自然と買わなくなってしまった。アートオークションは売られる作品だけでなくその時代や画法の作品全体の価値を影響する。これからのトランプ政権が富裕層の間でのお金の動きをどう変えるのかが注目される。
トランプ氏とテロリストとアートの意外な関係
トランプ政権の影響はお金の問題だけに留まらない。トランプ氏は2017年1月末にアメリカを「テロリストから守るため」という理由でイスラム人口の多い国(イラン、イラク、リビア、ソマリア、など)からの渡航者に対して米国入国禁止令を出した。この禁止令で意外にも影響されたのは美術館やギャラリーだった。特別展示会を開くはずだった現代イスラム芸術家たちは入国できず、研究や発表会、展示会に伴うイベントなどができなくなる危機に陥った。もし次期政権でも同じようなことが起きればアートを通じた文化の共有や学習、研究にも制限がかかってしまうかもしれない。
次期政権で全米の芸術文化系NPO団体が恐れていること
そしてもう一つトランプ氏とテロリストとアートが関係する事を紹介したい。現在、芸術文化のNPO団体を脅かしている法案がある。それはHR 9495という法案で、可決されればトランプ政権にNPOステータスを奪い取る権利を与える。さらに非営利団体を「テロ組織」と指定することもできてしまう。さまざまな人種や宗教、政治トピックを扱う芸術の世界だからこそこの法案は脅威である。11月末に下院で可決されたため、もし上院でも可決され、大統領が署名してしまえば芸術文化における表現の自由が失われてしまう。
#05. 米国人はカナダに逃げたい!
でもトルドー政権も苦境に立たされている
ネットに託す「カナダ移住」の夢
アメリカでは大統領選挙の投票が締め切られてから24時間以内で「カナダへの移住」に関するグーグル検索が1270%増加。ニュージーランドへの移住についても2000%、オーストラリアについても820%増える大きな動きが見られた。カナダの移民弁護士事務所へも問い合わせのメールが殺到しているという。トランプ支持者らが勝利を味わう傍ら、人種やジェンダー、生殖の権利などを心配するハリス支持者及び民主党支持者らは将来の不安をどうにか紛らわそうとしていた様子だ。
移民が増えすぎたのはアメリカもカナダも同じ
現実的に、カナダ移住は難しくなっている。今年から永住権を取得できる人の数が昨年よりおよそ10万人減る。カナダが移民数を制限する事情は人口の急増で起きた住宅不足や社会福祉の混雑などが原因だ。アメリカからスキルや知識、資金などが揃って足りている人材がカナダの移民条件を満たしたとしても、国が移民に住んでもらいたい州や市を指定しなければ主要都市での混雑は変わらない。
トルドー首相に高まる国民の不満
現在カナダではトルドー首相の移民政策に対してバッシングが続いている。昨年9月、与党の政権運営を支えてきた新民主党との協力協定が崩壊。11月半ば、首相は「YouTube」で国民にパンデミック後移民を増やした理由は人手不足だったと説明。しかし国民は反発。賃金が上がらないまま家賃が高騰したほか、移民が安い賃金で働きカナダ人の仕事を奪ったと主張している。そして米大統領選挙後には関税の危機が押し寄せた。12月16日にはトルドー氏の側近、クリスティア・フリーランド副首相兼財務相が電撃辞任した。彼女は関税への対処法をめぐり意見が対立していたことなどを首相宛の書簡で語り、それをX(旧ツイッター)にて公開。以来トルドー首相には辞任を求める声が止まらない。野党保守党の党首ピエール・ポワリエーブル氏の勝利が有力視されている。
次期首相はトランプ氏に似た存在が有力
保守党のポワリエーブル党首はトランプ氏に似て減税を重視し、政府にコントロールされないライフスタイルを有権者に約束している。そして彼はパンデミック中にコロナワクチンの義務化に対してデモを起こしたフリーダム・コンボイの支持者だった。トランスジェンダー権利においてもトランプ氏と同じく保守的な姿勢を保ち、スポーツ大会などでは女性用の競技、更衣室、及びトイレなどにトランスジェンダーの女性が入るべきではないなどと述べている。
トルドー氏、次期トランプ政権に「友」はおらず
次期大統領補佐官のマイク・ウォルツ下院議員は昨年の初めにX(旧Twitter)にてカナダ野党保守党のポワリエーブル党首を支持し、トルドー政権を皮肉るコメントを投稿している。彼だけでなく、トランプ氏の側近イーロン・マスク氏も「トルドー氏は次の選挙でいなくなる」と発言。国境担当責任者に任命されたトム・ホーマン氏や国務長官候補のマルコ・ルビオ上院議員らも以前からカナダの国境警備の弱さを指摘し、「アメリカにテロリストを送り込んでいる」とトルドー氏のリーダーシップに対して批判的なコメントをしている。
#06.もしカナダがアメリカの州になってしまったら!?
トランプ氏にとってカナダは51番目の州
12月初め、トランプ次期大統領と会ったトルドー首相は関税がカナダの経済に悪影響を及ぼす懸念を持ちかけたところ、トランプ氏は「カナダがアメリカの51番目の州になるべきだ」と発言。さらに、彼はトルドー首相を「カナダ州知事」と呼んだ。カナダの官僚によればこの会話は冗談であり、からかっているが真剣ではなかったと説明。しかしこれは侮辱であり、あたかもカナダを国として見ていない、馬鹿にしたような発言だった。
その「もし」を少し真剣に考えてみる
トランプ氏が揶揄したようにカナダがアメリカ51番目の州になるとしたら、というシナリオが12月12日に投稿された「National Post」のニュース記事で描かれている。もしカナダ全体または国の一部がアメリカの州になりたいと言い出した場合、上院、下院、そして州政府が承諾しなければならない。これは簡単なことではないので実現する可能性はまず低い。
そこで考えられるシチュエーションは「買収」または「侵略」だ。アメリカでは他国にお金を出して州を増やしたケースがいくつかある。ルイジアナ州はフランスから、そしてフロリダ州はスペインから、アラスカ州はロシアから、といった歴史がある。トランプ氏は第一任期の際はグリーンランドを買収したいと発言し世を唖然とさせた。もちろんカナダを売却するなんて予定はないが、お金持ちのトランプの言うことには近い将来また驚かされるかもしれない。
トランプはカナダのどの州を狙うだろう
もしトランプ氏がカナダを一部アメリカのものにしたいと言い出したら、どの州を欲しがるだろう?経済力を持ったオンタリオ州や自然が大事にされているブリティッシュコロンビア州はもちろん魅力的だが、トランプ氏目線で考えるととにかく面積の大きさが1番で人口が一番少ないヌナブト準州あたりが考えられる。しかし今回は化石燃料に特に興味を示しているトランプ氏。アルバータ州やサスカチュワン州、ノースウェスト準州やヌナブト準州では化石燃料が使われているのでこのどれかを選ぶのではないだろうか。
アメリカ人の生活はカナダなしでは成り立たない
アメリカは国の65%の原油をカナダから輸入している。電気も天然ガス、スチール、アルミニウム、農産物などもカナダの力なしでは成り立たない。マニトバ州で行われている20.7億ドル分の薬の製造でさえも、その73.4%はアメリカに輸出されている。「つまり米国民がこれらの値上げ全てを負担せねばいけないと気づく日は遠くないだろう」とトルドー首相は12月初めに述べた。
#07. カナダに住んでいる私たちの生活はどう影響される?
オンタリオ州議会選挙まで秒読み
ポワリエーブル党首に注目が集まっているように、トランプ氏の勝利はカナダの保守派政治家の成功を後押しするだろう。この波によってオンタリオ州のダグ・フォード首相も選挙を行い、自らの勝ちを狙いに出るかも知れない。
フォード首相は米大統領選挙の翌週、イーロン・マスク氏が率いる「SpaceX」が手がけている衛星通信サービス「Starlink」と1億ドルの取引を結んだ。ネット回線が不十分なオンタリオの地方の住民らのためにインターネットを提供するためだ。
マスク氏は次期トランプ政権「政府効率化省」のトップ。フォード首相は関税には断後反対している様子だが、これから時折「トランプ寄り」な政策が続くのかが注目される。
産業への危機=雇用の危機
オンタリオが今恐るべき点は自動車産業への打撃だ。11月半ばのニュースでは、トランプ氏は電気自動車(EV)の購入支援策の廃止を目指している。バイデン政権で適応されたEV購入者への税額控除が無くなるかも知れないのだ。
米国はカナダの輸出の75%を占めているため、関税はカナダの経済を大きく影響する。そして産業が苦しくなれば雇用も厳しくなる。ポワリエーブル氏や新民主党のシン党首らはトルドー政権が続投すれば失業率が高まると懸念している。
不法移民問題は「よそ」のものではなくなる
今カナダ全国で懸念が広まっているのがアメリカの不法移民の強制送還問題。プロセスが始まれば(またはその方針が決まれば)、彼らはまず一番近いカナダに押し寄せてくるだろう。前回トランプ氏が勝利した2016年にも10万人ほどの移民がケベック州モントリオール南部にあった非公式交差点ロクサム・ロードを通って入国し、亡命しようとした。
2016年に比べて今では「Safe Third Country Agreement(安全第三国協定)」という米国とカナダの間の合意の見直しにより、アメリカにいる人がカナダに亡命することは難しくなっている。ロクサム・ロードも2023年3月以来閉鎖されている。だがそこでホッとしてはいけない。なぜならば、厳しい冬の間でも森を歩いて国境を越えようとする人がいるからだ。これには警備にも国や州のお金がかかるほか、治安も悪化する可能性がある。
ケベック州フランソワ・ルゴー首相は「移民自体は問題ではないが、その数が問題だ。もうすでに手の負えない数がカナダにいる。増やすべきではない」と指摘している。移民急増で住宅の供給の減少や社会福祉への需要が高まったことは移民増加にストップをかける大きな理由となっているが、そのメリットは一時的なものでしかない。結局、住宅建設や福祉サービスを進めていくには人材、つまり移民が必要となる。これはカナダが直面しているジレンマだ。
トランプ氏の発言に振り回される危険性大
これからのカナダ産業への影響や移民問題はもちろんのことなのだが、トランプ氏が前回勝利した選挙以来「ファクトチェック」という言葉がよく聞かれるようになったのはまだ記憶に新しいだろう。これから4年間も「ファクトチェック」は彼の根拠のない発言に振り回されないためのカギとなりそうだ。
昨年9月、報道記者がトランプ氏にロサンゼルスの自然災害と干ばつ問題をどう解決するか聞いたところ、面白い答えが返ってきた。なんとカナダには「大きな蛇口」が存在し、それを1日かけてひねるとカナダの山々からあてもなく太平洋に流れ出ている水がカリフォルニアに流れ込む仕組み、だと。もちろん、そんなものは存在しない。90年代にブリティッシュコロンビア州から西海岸のオレゴン州まで流れるコロンビア川の水をロサンゼルスまで引こうという考えだけは実在したが、川の距離を伸ばす、またはそこから水道を引くなどといったことは一切実現していない。このような根拠のない発言によりニュースやSNSが混雑する日はまだまだ続きそうだ。