トロントを動かす、TTC。|特集
毎日のように使っているはずなのに、どこか“知っているつもり”で済ませてしまっている存在、トロントの公共交通「TTC」。その歴史は19世紀の乗合馬車にまでさかのぼり、街の拡張とともに地下鉄やストリートカーへと姿を変えながら、今の都市の輪郭をつくってきた。今回の特集では、その始まりから現在、そしてこれからへと続く流れをゆるやかにたどっていく。延伸が進む新路線やLRTの話題、日々感じる遅延や混雑の裏側にある事情、そして思わず手に取りたくなるグッズや、知られざるトリビアまで。移動手段としてだけではない、「TTC」という文化と日常の風景を、少し違う角度から眺めてみたい。
All photos ©︎TTC Shop
今すぐ集めたい!かわいすぎる「TTC」グッズ
おうちをカラフルにしてくれる雑貨

路線地図が描かれたマグカップや駅名とタイルをフィーチャーしたコースターはトロント土産や卒業プレゼントにぴったり。特に思い出深い駅がある人には「Station Sign」と呼ばれる駅の標識のレプリカもいいかもしれない。「TTC」のポスターも写真からイラスト系まで色々ある。子供へのプレゼントには木でできた地下鉄のミニカーがある。しかしかわいいので子供がいなくても飾っておきたいアイテムだ。



パソコン・アクセサリー

学校や仕事で使うものに個性を持ちたい人には「TTC」路線地図を用いたパソコンのスキンシールや地下鉄車両のUSBフラッシュドライブがおすすめ。最近はクラウドばかり使っている人でも、これは絶対に見せびらかしたくなる一点。

ファッショングッズ

「TTC」の着られるグッズではレトロシリーズがおすすめ。フーディーはマルーンカラーと文字のフォントがマッチしていて、まるで大学のオリジナルグッズのよう。冬用の帽子とマフラーにはマルーンと黄色がかったベージュが使われている。「ハリー・ポッター」ファンの人、または映画グッズを見たことがある人なら、「グリッフィンドール」カラーを連想させるようなデザインだと思うはず。シックに決めたい男性なら駅のタイルデザインとカラーを用いたネクタイがおすすめ。「TTC」をよく知っている人でないと気づかれないデザイン内容だが、知っている人にはきっとその価値を分かってもらえるはず!

トロントを動かす「TTC」の秘密
トロント生活に欠かせない公共交通機関「TTC」が開通されたのは1921年9月1日。今年で105年目を迎える。市民の足である「TTC」の歩んできた歴史とこれからの注目ポイントを紹介していこう。
「TTC」とは?

「Toronto Transit Commission(トロント交通局)」は市内と近郊の街を結ぶ地下鉄やバス、路面電車、ライトレール、パラトランジットなどを運営している交通機関。2024年9月の統計によると、1日の利用者はおよそ266万人だった。平日のバスの利用者はどの交通手段よりも一番多いおよそ130万人で、地下鉄は113万人、路面電車は23万人だった。
トロント公共交通のはじまり

トロントで初めて公共交通の概念が生まれ、試されたのは1849年のこと。H.B. ウィリアムスという家具職人が自らの作業場でオムニバス(乗合馬車)を造ったことがきっかけだった。乗合馬車は6人の乗客を乗せることができ、その運賃はイギリス通貨の6ペンスだった。
運行ルートはSt. Lawrence MarketからKingとYongeの交差点、そこからYongeを北にBloor Stへと向かった。当時YorkvilleにあったRed Lion Innが折り返し地点となっていて、そのホテルは1837年にイギリスの植民地支配に対するレベリオン(反乱)を起こした者たちの集合場所として有名だった。
線路のある時代へ

乗合馬車の人気は高く、ウィリアムスはオムニバスの台数を8台まで増やすこととなった。
しかしそこに馬車鉄道(Horsecar、またはHorse-Drawn Tramとも呼ばれる)が登場。路面にひかれた線路の上を小さいトラム車両が走るようになっており、馬がその車体を引いて歩くというものだった。

線路と鋼鉄の車輪が使われることで運転が円滑になり、より早く安定した走行が可能になった。
1862年には馬車鉄道が主流になり、ウィリアムスのオムニバス事業は「Toronto Street Railway(TSR)」 に買収されてしまった。
彼の作業場があった140 Yongeのあたりは、今ではおしゃれなカフェやレストランが並ぶ。


Yonge Lineは地下鉄が存在する前からあった

「Toronto Street Railway(TSR)」は1861年3月、トロント市の要請で馬車鉄道を中心とする公共交通機関を立ち上げることとなった。
Yonge Lineと呼ばれる合計およそ9.6kmの路線は同年9月11日に開通。当時トロントには4万2000人が住んでおり、1日の利用者数は平均2,000人だったそうだ。
開通後、需要は一気に上昇し1884年までには線路が48kmに延伸された。路線もCollege StやSpadina Ave、Parliament Stなど東西南北全ての方角に延び、その便利さのおかげで市の人口も同時に10万5000人に膨れ上がった。
トロント市が路線の電化を要請

1891年、一時的にトロント市が「TSR」の管理を乗っ取ったが、再び民間企業に権利が戻された。改名して「Toronto Railway Company(TRC)」となった会社は、市から存在する馬車鉄道の路線を全て電化するよう要請された。そのため1894年までには馬車鉄道はなくなり、路面電車(ストリートカー)の時代が始まったのだった。

イノベーションがもたらす安全性と利便性

「TRC」のフランチャイズ期限が1921年8月末に迫ったところ、次に発足されたのが「Toronto Transportation Commission(TTC)」だった。現在の交通局と同じ略の「TTC」は、使い古された木製の車両のストリートカーを鋼製車体のピーター・ウィット・カーに買い替え、安全性を優先した。ピーター・ウィット・カーはアメリカで開発された路面電車車両で、2カ所ある扉が「前乗り・後降り」を後押ししたことが特徴的だった。線路の老朽化や三点方向転換が運行の遅延に影響していたことも問題だったため、新しい線路が導入された際にはループ線が折り返し地点に造られた。乗客のニーズに合わせてバスの路線も繰り広げられた。
「駅近」はいつの時代も人気

1920年代の交通の近代化はトロント市全体の成長につながっていった。働く人たちは仕事場のそばに住む必要がなくなったため、通勤者たちにとってアクセスの良い駅周辺に住宅が広がった。人口が密集する路線沿いには事業も次々に店舗を構えるようになった。公共交通機関が改善されたおかげで住宅の価値は60%も上昇し、人口も10年で10万人増加した。


ライバルは自動車と世界恐慌

トロントで公共交通が出来て70年経ったころ、最大のライバルが現れた。それは自動車の普及だった。最悪なことに、自動車の人気が膨れた頃に世界恐慌も起きたのだ。不況の中、「TTC」はストリートカーの線路の保線や延伸に力を入れることを決意。労働者たちは減給を受け入れながらも働き続けた。そのおかげで他の業界に比べてリストラ数は抑えられたものの、路面電車の車掌を2人から1人に減らすなど普段の運営への変化は避けられなかった。
自動車に立ち向かったのは新しい車両

「TTC」は、自動車の人気と戦うにはストリートカーの走行スピードを改善することが必要だと断定した。大事に保線された線路には新しく購入されたPCC(Presidents’ Conference Committee)車両が並んだ。PCC車両は1930年代後半、アメリカが路面電車を廃止し、バスに移行する動きがあったため140台という大量を購入することができた。この車両デザインは早いスピードが出せるだけでなく、座席にクッションがついており、暖房も完備されていた。騒音や振動も抑えられていた。このような特徴や機能は今では当たり前だが、当時では最先端。利用者の心をすぐに掴むことができた。ループ線や変電所も増設され、PCC車両に相応しい交通システムが作られていった。
一度は忘れられた地下鉄建設の夢


当時のトロント市長候補に地下鉄建設を目標にする政治家が1人だけいたが、彼以外は誰も興味を示さなかった。結局彼は当選できず、その夢は何十年も忘れられてしまったのだった。
経済復活とともに誕生したトロントの地下鉄

File 179, Item 7
再びトロントが地下鉄建設の話をしだしたのは1942年、今度は「TTC」からの提案だった。第二次世界大戦が終わるとともに経済が回復するとし、交通の需要が増えると見込んだためだった。面白いことにYonge Lineが建てられた位置は1910年に交通コンサルタントたちが地下鉄を開通すべきだと勧めた場所と全く同じだった。長い間Yonge Stの重要さが変わっていないことが伺える。Line 1の人気が安定した1959年11月にはUnion StationからBloor StまでUniversity Aveを北に上るUniversity Subway Lineの建設工事が開始され、1963年の2月に完成された。その間にも1962年にLine 2の名で知られるBloor-Danforth Subway Lineの工事が始まるなど、一気に増設されていった。


「Toronto Transit Commission (TTC)」発足

1953年4月、Municipality of Metropolitan Toronto Actにより、「TTC」はメトロポリタン・トロントが運営することに。
メトロポリタン・トロントは1954年から1997年までトロント市やタウンシップ制のエトビコやスカボロなどを含むトロントエリアの地方行政を管理していた。
この新しい法律では「TTC」がHollinger Bus LinesやDanforth Bus Linesなど市外のバスルートも任されるようになった。「TTC」の名前が「Toronto Transit Commission」に変わったのもこの頃だった。
進化続ける「TTC」

「TTC」はストリートカー、地下鉄、およびバスの路線を何十年にも渡り延伸してきた。最近トロントを大きく変えた成長の中には昨年開通したライトレール(LRT)の路線Line 6 Finch West Lineや今年2月に開通したLine 5 Eglinton Crosstown LRTがある。
Line 5はすでに延伸プロジェクトが進んでおり、2030年にはRenforth Stationまで繋がる。Line 2も7.8km地下鉄が延伸される予定で、これは2023年8月に脱線事故が起きたのちに廃止されたLine 3 Scarboroughの建て替えとなる。この工事、ともに新しい地下鉄のOntario Lineは2030年に完成予定。





気になる「TTC」の今後の計画は?
予定通りに完成してほしい!
Ontario Line
Ontario Line とは「Metrolinx」と「TTC」が提携して進行している新しい地下鉄プロジェクト。2030年までに15もの新しい駅が作られ、その6つはGO Trainへの乗り換えが可能に。
旧Ontario Science Centreの旧所在地(現Don Valley Station)から移転先のOntario Placeまで逆L字型の路線を走行する。
Line 1のU字の下の部分を東西に通るので、Queen StまたはKing Stのストリートカーやバスが混み合うのを回避できることが期待されている。Line 5のように完成が何年も遅延されないことを見守っていきたい。
ライトレールは終電が繰り下げられる
Line 6 Finch West LRTは今年3月15日から平日、休日、祝日問わず夜中の1時まで運行することになった。これまで晩遅くの運行はシャトル任せだったのが全て通常のLRTになる。
Line 5 Eglinton Crosstown Light-Rail Transit lineも運行時間が延長される。日曜日から金曜日は夜中の1時20分まで、そして土曜日は0時30分まで利用できる。本数の増加も期待されており、通勤ラッシュ時には4分間おき、それ以外の時間帯には6分から10分おきに電車が来るようになる。車両も増やされるので、混み合う時間に利用する人にとっては朗報だ。
Line 1が 8km北のリッチモンド・ヒルまで
Yonge North Subway Extensionと呼ばれるこのプロジェクトでは、Yonge University Lineの終点が8km北まで延伸される。現在の終点、Finch駅からヴォーンとマーカム、リッチモンド・ヒルを通る。それらのエリアからダウンタウンに向かう場合、車を使うより22分は早く着くようになると推定されているので、ぜひ期待したい。
「TTC」の不思議:なぜよく遅延や閉鎖が起きるの?

利用者のわずか14パーセントしか時間通りに乗車出来ていないというデータもある。その原因はどこにあるのだろうか。
資金調達を妨げる州政府との摩擦

資金が足りないことで起きるドミノ効果

およそ90年前、自動車に対抗しようと良い基盤を目指した交通機関は今、自動車に確実に負けてしまっている。2014年以来、トロントでの自動車登録数は26パーセントもアップしている。道路工事もままならない市で、公共交通より車を選ぶ人が増えていることは人々の公共交通への不満を強く象徴している。
州首相や市長、「Metrolinx」にも頼られない
前トロント市長のロブ・フォード氏やジョン・トーリー氏も選挙では交通機関の改善を約束するも、当選すると「TTC」の拡張プランを切り捨ててきた。その結果「Metrolinx」と手を組むこととなった「TTC」は、現在彼らの管理下で新しい路線を増やしている。Scarborough Lineを甦らせることやOntario Lineの建設、そして今年2月に開通したEglinton Crosstown LRTなど大きなプロジェクトを手がけている。しかし大きな会社だからといってスムーズに物事が進んでいるとは限らず、現状は厳しい状態が続いている。Line 5 Eglinton Crosstown LRTは2020年に開通するはずだったが、利用者たちを6年待たせた。
これからどうなる?「TTC」の未来
2024年のデータを見ると、一年間に起きた地下鉄の遅延時間は合計で1090時間。これは45日分のロスタイムに相当する。遅延原因の半数以上は車内の急病人への対応から乗客による迷惑行為など客に関するもの。しかし、2番目に大きな原因はインフラの老朽化にある。それに対して資金調達が間に合っておらず、必要なメンテナンスが行き届いていないのだ。「TTC」の路線には「Reduced Speed Zones」と呼ばれるエリアが数カ所存在する。保線作業が必要なため走行スピードを落とさないといけないエリアだが、一時的な規制のはずが現状のままでは永久的なものになってしまうと懸念されている。
設備投資がカギ
資金不足問題を強調する出来事が今年4月に起きた。4月7日、夜中に行われていたメンテナンス作業中、作業車から油圧作動油が線路に漏れていたことが発覚。その騒動のわずか3日後にも再び漏れていた。この出来事の結果、Line 2は一時的に閉鎖され、計画されていたKeele駅からSt. George駅の保線作業はキャンセルとなった。実は2024年1年から2026年2月にかけて作動油漏れは21回も起きていたという。漏れた量は合計800リットル以上。この出来事を踏まえ市議会員ジョシュ・マットロー氏は「TTC」は設備投資を呼び込むことを優先すべきだと訴えている。資金なしには安全性も信頼性も保証できない。
あまり知られていない!「TTC」トリビア
ゴミ専用車両が存在した

戦時中の「TTC」を救ったのは女性たち

「Toronto Subway」というフォントがある

「TTC」の地下鉄を利用する際に必ず目にするのがプラットホームを彩るタイルと駅名だ。
「TTC」で使われているフォントは「Toronto Subway」という正式なフォントで、Line 1の建設と同時に考えられたそう。

誰が考案したデザインかは知られていないが、ドイツ人デザイナーが生み出した「Futura」フォントに似ていることが特徴的だ。
「Helvetica」または「Universe 55」で書かれている駅名もあるが、ほとんどは「Toronto Subway」だ。まさにトロントを象徴するフォントだと言える。
地下鉄のタイル選びは昔からこだわりが強かった

昔、地下鉄の駅に使われていたタイルは「Vitrolite」という特殊なタイルで、色は綺麗だったものの壊れやすいことが問題点だった。コストもそれなりに高く、割れるたびに注文し直すのは難しかった。そのため最終的には取り替えられ、「Vitrolite」タイルは幻のものとなってしまった。現在使われているタイルは元のものとは違うが、駅によってタイルが異なり、駅ごとにテーマがはっきりしていることが「TTC」の魅力だ。
「TTC」はフェリーも運行していた

トロント・アイランドを行き来するフェリーの運行はもともと民間事業が行っていたが、1926年にトロント市が事業を買収。だが翌年、状況は一変しフェリーの資金は市が調達しながらも運行は「TTC」が行うこととなった。当時は島民や島の飲食店のために食料を届けるため専用のフェリーなども運行されていた。「TTC」のフェリー事業は1962年まで続いた。
「TTC」のサービス、パラトランジットとは?

Ama McG
「TTC」には、一時的または恒久的な障がいによって公共交通機関が使いにくい人のためのパラトランジット・サービス「Wheel-trans」がある。パラトランジットとは交通機関と自家用車の間で、「Wheel-Trans」では電話かオンラインで予約するだけで、相乗りバスまたはタクシーが向かいにきて、行きたい場所まで連れて行ってくれる。コストは「TTC」の運賃と同じ。現在4万2000人が利用しているこのサービスでは介護士もSupport Person Assistance Cardを提示すれば1人一緒に無料で乗車が可能。利用する場合は「TTC」に申込書をまず送らないといけないので要注意。
おわりに
馬車鉄道の時代を経て、自動車に対抗すべく早くて便利な地下鉄を目指した「TTC」。今では市民に嫌なところばかりを見られているかもしれないが、良いところもたくさんある。格安で2時間内は乗り換えし放題で、地下鉄は2分から3分おきにくる。土地勘がなければストリートカーで景色をチェックしながら気軽に乗り降りできるのも嬉しい。欠点にとらわれず、良いところも広める人が増えればいいなと筆者は思う。





















